なにものでもなかった僕が選ぶ幸せになる条件について

 家に帰ると、ますます落ち込んだ。
 何度も太刀山先輩のLINEを開くけど、また既読無視されるのが怖くて何も打ち込めない。

『逃げる前に、自分の意見は面と向かって主張しろ』

 昆野先輩の言葉が頭の中で、エンドレスに回っている。
 でも、逃げたのは僕じゃない、太刀山先輩だ!
 僕は向き合おうとした、でも先輩は僕自身を無視した。
 僕は悪くない!
 そう思うと、怒りが沸いてきて、僕は枕を壁に何度も投げつけていた。
 ものに当たるなんて、生まれて初めてだ。

「はぁー!」

 大きな声を出しながら、ベッドに突っ伏す。
 つい、この間まではあんなに楽しくて、幸せだったのに。
 ずっと、太刀山先輩に抱きしめられていたのに……
『要』って何だよ!
 どこで、そんな急速に進展したんだよ!

「あー、頭にくるー!」

 僕は枕に顔を埋めると、足をバタバタと暴れさせるが、ただ、ホコリが舞っただけだった。
 怒りと、悲しみが、津波のように交互に僕を襲い、溺れそうになっている。
 LINEの着信音が鳴った。
 僕は飛び起きて、スマホを取り上げる。

「え、昆野先輩?」

――生徒会の初回はどうだった?

 僕はその文字を見ただけで、目尻がじんわりと熱くなった。
 溺れそうな僕は手を伸ばした。

――僕は遅れをとったみたいです

 ここで、昆野先輩にグチるのは違うと思った。
 だって、冷静に考えれば北沢は何も悪くない。
 副会長としての使命を果たしただけだ。
 ちょっとウザいけど。

――周回遅れになる前に、挽回しろ
――はい!
 
 僕が欲しい答えをくれるのは、昆野先輩だけだ。
 だから、僕は本音が話せる。

――昆野先輩にも生徒会にそのままいて欲しかったです
――甘えんな!

 おっしゃる通り……見抜かれているな。

――でも、自分で解決できないことがあったら、相談しろ。アイスラテのグランデ一杯で聞いてやる

「ぷはっ! トールじゃなくてグランデなのか。メモ、メモ」

――承知しました。次回はグランデサイズをお持ちします

 昆野先輩からグッドポーズのスタンプが送られてきた。
 僕の伸ばした手を、昆野先輩がしっかりと掴んでくれていた。
 
🔸🔸🔸

 僕は次回の生徒会会合までに、自分がやれることを率先してやろうと思った。
 文句を言うだけなら、誰でもできる。
 なんで、自分じゃないんだって怒る前に、行動で示せ! そう自分に喝を入れた。
 北沢が調べたWeb掲示板をすべて比較してみた。それぞれのメリデメを表にして、わかりやすく整理した。
 既に、北沢や太刀山先輩がやっていたとしても、複数の視点があって悪いはずはない。
 僕はエクセルで作った表を、生徒会のLINEに添付した。
 次に、一年から三年までの縦割りコミュニケーションについて、全生徒を対象にアンケートを実施しようと考えた。
 もちろん、全員の答えが返ってくるとは思えない。
 でも、生の声を聞くのはアリだ。
 早速、僕はアンケートの内容を作成してみる。
 短時間でさくっと答えられる質問と、匿名性は重視した。
 下書きを、同じようにLINEに添付した。

――オックンの掲示板比較、良いところ付いてるな
――デメリットにある、書き込みの日数制限って大事なポイントですね
――僕もURLを収集していて、気が付かないところがありました。オックン先輩、気づきをありがとうございます

 僕が添付した表から、各メンバーが活発に意見を交わしている。
 でも、太刀山先輩の書き込みはない……

――アンケートは良い案だと思うけど、手書きにするか、ネットでやるかによって返って来る数が変わるかも
――三年と一年だと考えていることは違うだろうから、学年ごとに質問を変えるのは?
――僕はこのアンケート答えてみたいです。生徒会のメンバーですけど、すごく質問の内容が的確で良いです
――オックン、副会長として頼りになるね。タチはどう思う?

 神崎先輩が太刀山先輩の名前を出した。
 確かに、誰もが太刀山先輩がまったくこの議論に入ってこないのは、不自然だと思うだろう。
 だって、既読の数は全メンバーの数になっているのだから。

――ちょっと、行き急いでるなーって印象

「え!?」

 太刀山先輩が、よく使う突き放した言い方。
 それが文字として浮かび上がってきた。
 僕に対して……

――どういう意味ですか?

 僕は挑発するつもりはない。
 ただ、本当にわからないから聞いた。
 この文字の意味も、太刀山先輩の僕に対する態度も。

――別に副会長同士で張り合って欲しいわけじゃない。それぞれの役割ってあるし。だから急いで提案しなくてもいいかな。特に掲示板のメリデメは僕と要である程度まとめてある。だよね、要?
――違う視点が入るのはありだと思いますけど……二度手間になりますかね?
――オックン、おつかれ。提案したのは悪くないと思うよ。実現するかは今度の会合で決めようよ。って、会長は言いたいんだよな?
――さすが、大木戸わかってるじゃん

『自分に同意する人数を増やしてから話すと、相手は反論すること自体が悪い事だと感じるようになる。外堀からじわじわ攻め立てられれば、意見を通すこと自体面倒になる』

 僕は正面から、これをやられている。
 でも、どうして……
 僕は、生徒会のLINEを閉じると、太刀山先輩に電話をかけた。
 僕は逃げたくない。

『もしもし』
「どうしてですか?」
『何が?』
「どうして、僕を無視するんですか!」
『……』
「時くん!」
『……副会長として聞いてる? それともオックンとして?』
「……時くんを好きな、僕としてです」

 僕は絞り出すように声を出した。
 本当は両方だ。
 でも、今、僕は太刀山先輩を失いそうになっている。
 無言が続いた。

『オックンは、俺の言う通りに副会長としての使命を果たしてくれれば十分だよ。北沢みたいに頑張る必要はない。俺が提案したことを実践してくれるのを望んでる』
「え、ちょっと待ってください。今は、生徒会の話はしてません。LINEをしても既読無視されている理由を知りたい」
『……ごめん、ちょっと余裕がなかった。それだけ』
「……それだけって」

 また、突き放された。
 僕は何かを言おうとしたが、何を言うべきかわからなかった。

『オックンさ、俺よりも凪が好きなんじゃないの?』
「は?」

 想像の斜め上の言葉に、返す言葉が見つからない。

『……まだLINEでは議論中だから切るね』
「ちょ、ちょっと待ってください、時くん!」

 通話が切れた。
 僕はずっと、スマホを耳に当てていた。
 
🔸🔸🔸

 翌朝、僕は熱が出た。
 風邪を引いたわけでもないのに、ただ熱が出ていた。

「休んだ方がいいわね。おとなしく寝てなさい」

 お母さんに言われ、僕はベッドの中にいる。
 僕の中に留まり切れなくなった限界が、熱として放出されたのか……
 自分でも情けなかった。

『オックンさ、俺よりも凪が好きなんじゃないの?』

 意味がわからない。
 でも、この言葉が僕の胸の中で暴れている。
 昆野先輩は好きだ。
 でも、それは的確なアドバイスをしてくれる先輩として。
 僕が好きなのは、太刀山先輩だけ。
 どうして、それを疑うのだろう……

「え……待って」

 もしかして、僕と昆野先輩が公園やファミレスにいたのを見て、誤解している?
 確かに、太刀山先輩が既読無視をし始めたのは、あの日以降だ。
 え、え! そんなことで?
 でも、太刀山先輩があの駅に降りる理由がない。
 ってことは、誰かがチクった?
 だから、拗ねてるってこと?

「な、わけないか……」

 僕は自分の楽観さに苦笑いしか出てこない。
 太刀山先輩と昆野先輩の仲は、僕と太刀山先輩の仲と比べること自体がバカげてるほど、深いはず。
 信頼し合っている二人だから、そんな誤解は簡単に解ける。
 じゃあなんで?
 答えの出ない問いがループ状態で、僕は完全に迷子になっていた。