なにものでもなかった僕が選ぶ幸せになる条件について

「なんか、食べるか?」

 公園を出て、昆野先輩と並んで歩く。
 僕はまだ、さっき聞いた話を整理できてなかったけど、もう少し先輩と話がしたかった。

「おじさんの美容院の側に、ファミレスがあります」
「ああ、あそこな。行こうか」

 僕は頷いた。
 昆野先輩と僕の影が、地面に映る。
 大人と子供みたいな、背の違いに、可笑しくなる。

「何、笑ってんだよ」
「だって、この背の違いを見てくださいよ。大人と子供、巨人と小人みたい」
「確かに。お前小さいもんな」

 昆野先輩の大きな手が、僕の頭をポンポンと叩いた。
 言葉にできない不思議な気持ちが一瞬、浮かんだ。

「そうやって、子供扱いしますよね」
「俺から見たら、子供」
「一歳しか違いません!」
「俺から見たら、十歳は違うように見える」
「こ……これでも大人になったんです!」

 自分で言っておいて、ハッと口を押えた。
 いや、深い意味はない……っていうか、昆野先輩が気づかないといいけど。

「ふーん。そっか大人になったのか」

 そう言うと、僕の頭をわしゃわしゃした。
 やっぱり、太刀山先輩と何かが違う。
 不思議と、安心している僕がいた。

 GWでも、そのファミレスは空いていた。
 さっきまで、並んで座っていた昆野先輩と向かい合う。
 あらためて、先輩の顔や雰囲気は、大人の人みたいだ。
 落ち着いているだけじゃなく、何でも受け入れてくれるような。
 太刀山先輩も、そういうところを絶対的に信頼しているのだろうとわかる気がした。
 
「あ……」

 太刀山先輩からのLINE。
 今日は、ご両親と妹さんが帰ってくるという話を聞いていた。

「無事に、帰ってきたんだ……」
「うん? 何?」
「あ、太刀山先輩のご家族です。北海道から今日、帰って来るって」
「ああ、夢ちゃんも一緒か」

 太刀山先輩の妹さんの名前。

「昆野先輩は会ったことあるんですか?」
「うん。まだ、夢ちゃんが中学生の時にね」

 僕は昆野先輩が、太刀山先輩の一番の理解者だと知っている。
 だからこそ、相談したかった。

「……太刀山先輩はやっぱり副会長二名体制を考えているみたいです」
「そう」
「僕は理解してるつもりです。一年生と二年生がいれば、満遍なく情報も行き渡るし、一人の負担も軽くなるって」
「うん」

 僕はどう伝えればいいか、急に迷い始めた。
 昆野先輩は、僕が話している間は絶対口を挟まない。
 だから、誘導するような発言もせずに、じっと僕が言い切るのを待ってくれている。

「……でも、僕は納得できないんです」
「何が?」
「どうして、事前に相談してくれないのかってことが」
「副会長として?」
「はい……付き合っているからとかは関係ないです。でも、太刀山先輩はそこに話をすり替えようとします」

『北沢に妬いてるの?』

 そう言われた時、僕はいきなり落とし穴に突き落とされたような気持ちになった。

「……事前に相談されたらお前はどう答えたんだ?」
「え! そ、それは……」

 僕は、昆野先輩に答える前に、コップの水を一気飲みした。

「それでも、嫌だと言ったと思います」
「その理由は?」

 僕は昆野先輩に詰められている?
 いや、僕の答えを正しく導いてくれているんだ。

「副会長としての僕が、認められてない気がしたからです」
「うん。ちゃんと言語化できただろ」
「あ……」

 注文した料理が運ばれてきた。
 僕は今の会話を、反芻する。
 自分自身でも、どうして納得ができないのか、拒否したいのかについて、明確な答えを見ようとしていなかった気がする。
 そこを曖昧にしておきながら、太刀山先輩を責める資格はない。

「……昆野先輩はスゴイです!」
「何が? お前が自分自身で答えを出しただけだろ」
「僕の中で、ずっと拗らせていた物を、表に出してくれました。それってスゴイです!」

 僕は興奮した気持ちを抑えることができなかった。

「ほら、ツバ飛んでっからー。少しは落ち着け」

 相変わらずな言い方だけど、昆野先輩も思いっきり笑っていた。
 僕はその笑顔を見られたことが、サイコーに嬉しかった。

🔸🔸🔸

 GW明けの放課後、生徒会室に入る。
 対策委員会は解散したため、今後生徒会に参加するメンバーは限られる。
 まだ、誰も来ていない。
 僕は、昆野先輩と会った日以来、太刀山先輩から連絡が来なくなったことが気になっていた。
 ご両親と妹さんと久々に一緒になって、色々忙しいのだろうと思っていた。
 でも、毎日のようにビデオ通話していたことを思うと、心配になる。
 LINEの既読はつくけど、返信はない。

「おつかれさまですー」
「おつかれさま」

 北沢と矢代という一年生が入ってきた。
 それに続くように、神崎先輩、大木戸先輩。
 二年の松浦と堀。
 肝心な、太刀山先輩と昆野先輩が来ない。

「太刀山先輩と昆野先輩は一緒じゃなかったんですか?」

 大木戸先輩に尋ねる。

「ああ、昆野はもう参加しないはず。タチは教室にはもういなかったけどなー」
「え? 昆野先輩はもう来ないんですか?」
「うん。あいつは役職嫌がるから、お役御免って感じじゃね?」

 聞いてない! 僕は軽くショックを受けていた。
 ずっと、太刀山先輩の右腕として、一緒に活動していくのかと思っていたから。
 僕は、部屋の隅にあるロッカーを見ながら、そこに寄りかかって、皆の話を聞いている昆野先輩の姿を、思い浮かべていた。

「ごめん。遅くなった」

 太刀山先輩が紙の束を抱えて入ってきた。
 僕が手を差し出す前に、北沢が先輩から受け取った。

「みんないるかな? ってことで、今期からこのメンバーで生徒会を運営していきたいと思う。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますー」

 みんなで挨拶を交わした。

「早速だけど、先生に提出する今期のスケジュールと生徒会の執行メンバーについてパワポで作った。パソコン使うんだから、メールに添付で済むのに、紙に印刷しろってことでプリントアウトしてコピーしてきたよ。ったく、アナログもいいとこだよな」
「連絡いただいたら、コピー手伝うことできました」

 すかさず、北沢が言葉を挟む。

「うん、いいの、いいの。で、確認してもらえるかな」

 資料に目を通すと、副会長には僕と北沢の名前が書いてあった。
 書記は大木戸先輩、会計は神崎先輩、庶務は堀、執行メンバーは松浦と一年の矢代。
 副会長のみ、二名体制。
 僕は受け入れることにした。
 昆野先輩に相談したことで、僕の中では整理がついたから。

「北沢くん、よろしくね」
「よろしくお願いします。二人で会長を盛り立てましょう」
 
 北沢と固い握手を交わした。
 太刀山先輩は何も言わずに、その光景を見ていた。
 僕が太刀山先輩に視線を合わせようとすると、ふっと逸らされた。

「で、今後のスケジュールも確認してください。すぐに手掛けたいのは、縦割りコミュニケーションの件とWeb目安箱。一応、案は作ってきたから、各々確認して、LINEで質問あったら投げてくれる? で、次の会ですり合わせをしたい」

 いつ作成していたのだろう。
 休みの間は、ほぼ僕と一緒にいた。
 でも、生徒会の案についての話は一切しなかった。

(かなめ)、この件だけど。調べておいてくれた?」
「はい。今、LINEに送りますね」
「さんきゅ、助かるわー」

 ちょっと待って、か、(かなめ)って北沢のこと?
 生徒会のLINEに、北沢が調べた無料、有料のWeb掲示板のURLの一覧が並んだ。

「スゲーな、こんなにあるんだ」
「はい。怪しいサイトもあったので、運営会社がしっかりしているところだけをピックアップしました」
「いいね、さすが、副会長」

 僕はLINEの文字を追いながらも、息苦しさを感じていた。
 副会長の僕は、何もしていない……

「奥先輩は、どう思いますか?」
「え? な、なにが」
「既存のWeb掲示板を利用するか、自分たちで立ち上げるか。そういう話をしていたじゃないですか」

 知らない……生徒会のLINEのやりとりを遡っても、そんな話はされていない。

「あ、違った。太刀山先輩との個人トークでした」
「そうだよ、二人で練ってからこの場に持ち込もうと話しただろ」

 二人だけで……?
 僕は表情を変えずに、北沢に目を向けた。

「……北沢くんにだけ、押し付けちゃってごめんね」
「いいんです。副会長として、会長直々に頼まれるなんて、すごく光栄なので。ね、タチ先輩!」

 太刀山先輩が親指を上げて、グッドポーズをした。
 それに嬉しそうに答える北沢。
 どうして、僕じゃなくて北沢なんだろう……
 太刀山先輩と一緒に過ごす時間は僕の方が多いはずなのに。

 次回の会議の内容を確認して、解散となった。
 僕は太刀山先輩と話をしたかった。
 何かがおかしい……そう感じずにはいられなかったから。

「太刀山せんぱ……」
「タチ先輩! 遅れそうなので、急ぎましょう!」
「ごめん、もっと早く終わらせるつもりだったんだけど、じゃ、みんなお疲れ!」

 そう言うと、先輩と北沢は階段を駆け降りて行った。
 他のメンバーも部屋を出ていく。
 でも、僕の足はその部屋に固定されたかのように、一歩も動くことができなかった。