なにものでもなかった僕が選ぶ幸せになる条件について

 ゴールデンウィークに、僕は太刀山先輩とデートした。
 遊園地に行く予定だったけど、天気が悪かったから買い物に出掛けた。
 先輩が僕に似合う洋服を選んでくれる。
 僕はファッションに関しては、全くもって興味がなかったけど、ヘアスタイルを変えて、生徒会の副会長になって、恋人もできた今、ちょっと欲が出た。
 少しでもカッコ良くなりたい。
 そう言うと、太刀山先輩は優しい笑顔を僕に向けた。

「じゃあ、俺好みのオックンにしていい? オックンは素材がいいから、あんまりカッコ良くしちゃうと、俺が心配になっちゃうけど」
「大丈夫です。先輩のセンスにお任せします!」
「りょーかい」

 傘をさしながら、渋谷を歩くのは大変だった。
 それでなくても、僕はあまり人ごみに慣れてない。
 先輩は傘をさしながらも、さりげなく僕の腰に手を当てたり、車道側をあえて歩いてくれたりと、お姫様を守る王子様みたいだった。
 僕は、そういう些細なことにいちいち感動して、その度に傘越しに先輩の顔を見上げていた。

「オックンのその癖、好きだよ。見上げてる顔が可愛い」
「ひぇっ! いや、だって先輩の顔がカッコ良すぎて目が自然と追っちゃうんです」
「あー、傘が無ければ手を繋げたのになー」
「いや! それはさすがに……」
「そのリアクションが見たくて、言ってみた」
「先輩!」

 他愛のない話をしながら、先輩が好きなブランドのお店に入る。
 私服姿の太刀山先輩は、モデルかアイドルみたいに見えて、僕は自慢したくなる。

「時くん、久しぶりー。あれ、今日は凪くんは一緒じゃないの?」

 お店の人が先輩に声を掛けた。
 昆野先輩と一緒に来てるのか。

「ええ。今日は後輩を連れてきました」
「こ、こんにちは」
「いらっしゃいませ。え、イケメンじゃん。時くんとは違った可愛い路線だね」
「可愛いんですよ。なので、今日は彼に合う服を探しに来ました」
「ごゆっくり。なにかあったら声掛けて」
「はい」

 太刀山先輩が、僕に次々と洋服を当てては戻す、を繰り返す。
 僕はただ、されるがままだけど、でもそれが嬉しい。
 だって、先輩は僕に似合うものを、僕のために選んでくれているんだから。
 僕は鏡に映る自分自身ではなく、太刀山先輩ばかり見ていた。
 白のパーカーの上に、黒いジャケットを着て、だぼっとしたジーンズ姿の先輩は、どこから見ても格好良かった。

「俺じゃなくて、自分自身を見て。どう? 好みかな?」
「こういうの着たことないです。でも、大人っぽくて好き」
「うん。いいね」

 僕は試着室に入って、先輩が選んでくれたシャツや、長袖Tシャツ、ジャケットなどを着脱しながら、先輩の意見を聞いていた。

「衣装で化けるね、オックン。俺は好きだけど、どう?」

 紺地に黄色で大きな英文字のロゴが書かれたニット。その下にチェックの薄手のパーカーを着てフードを出す。ゆるめのジーンズに、シャカシャカした生地のジャケットを羽織る。
 鏡に映っている人は、雑誌の中のモデルみたいだった。

「これが、僕?」
「うん。オックン」

 太刀山先輩が腰をかがめて、僕の顔の横に自分の顔を寄せた。
 少し、頬があたっている。
 鏡に映る僕の口角は、最大限上がっていた。

🔸🔸🔸

 静かなカフェに入る。
 細長いビルの五階。
 外には看板も何もなくて、誰も気づかないような秘密の場所。

「ここは、パンケーキが美味いんだよ。オックン、甘い物好きだよね」
「はい。大好きです。うわー、こんなにあるんだ!」

 僕は興奮して声が大きくなっていたみたいだ。
 目の前の太刀山先輩は、手を口にあてて笑いを堪えているように見える。

「え、声大きかったですか?」
 
 僕は、声のボリュームを絞って、顔を先輩の方へ突き出して話してみる。
 先輩の手が僕のほほをつまんで、ぷりぷりと揺らした。

「そんなに顔近づけるなよ、我慢できなくなるだろ」
「は?」

 その言葉に、僕は秒で顔が赤くなったのがわかった。
 僕は翻弄され続けている……

「眼鏡、してきてくれたんだね。さっきの服にもバッチリだった」
「……先輩が眼鏡姿を好きって言ったんですよー。だから……」
「好きなものは好きなんだから、言ったまでだよ。いいよ、俺の好みにしなくてもー」
「します! 全然嫌じゃないです」
「素直でよろしい」

 僕は横に置いた、さっき購入した大量の洋服に視線を向ける。
 お父さんから、生徒会選挙で当選したことのお祝いとしてもらったお小遣いがすべて飛んだ。
 でも、嬉しくて、僕は服が入った紙袋を撫でていた。

「そんなに気に入った? ショッパー撫でてるからさ」
「し、ショッパー? ああ、はい。先輩が選んでくれたから余計に愛おしいです」
「これからも、選んであげるね。ずっと俺好みのオックンにしたい」
「はい……」
「あとさ……」

 先輩が何かを言いかけた時、注文したパンケーキが運ばれてきた。
 フルーツ盛り盛りに、フワフワしたホイップクリームも盛り盛りで、僕はすぐにスマホで写真を撮った。

「写真撮るほど気に入った? 食べて、食べて」
「いただきます!」

 厚みのあるパンケーキは柔らかく、ホイップクリームの甘さは、オレンジやキウイ、イチゴなどのフルーツの酸味で緩和されて、全然くどくない。
 僕はナイフとフォークを止めることができずに、次から次へと口に運んでしまった。

「食べっぷりがいいね。そういえば、この間の打ち上げのファミレスでもデザートにパンケーキ食べてるのが見えた。あの時も、可愛いと思ったけど。今日の方が倍可愛い」

 可愛いという言葉に、詰まりそうになった。
 いつでも、どこでも、先輩は僕を喜ばす言葉が無限に出てくる。

「楽しかったですよね、打ち上げ」
「うん。一年のパワーに負けた」

 ファミレスでの打ち上げは盛り上がった。
 対策委員会のメンバーのほとんどが集まり、一年生も五人ほど参加していた。
 神崎先輩が個室を予約してくれて、大きなテーブル二つに分かれて座った。
 会長と副会長は別れて座れと言われ、僕は太刀山先輩とは違うテーブルに座った。
 横には、昆野先輩がいた。
 一年生の五人は、太刀山先輩のテーブルに座って、ずっと先輩に質問していたらしい。
 比較的、僕たちのテーブルは静かで、それでも楽しく会話をしていた。
 その時、昆野先輩にGW中に話そうと言われた。
 それは、僕が未だに心の中でくすぶっている、三人目の副会長の件だ。
 正直、もう聞かなくてもいいと思っていた。
 僕は、太刀山先輩を信頼しているから。
 でも、真実を知りたいという欲求も抑えられない。
 だから、会うことにした。昆野先輩と。

「どうでもいいことから、鋭いことまで色んなことを聞かれたなー。一年に」
「そうなんですか。確かに声の大きさがこっちのテーブルと全然違った」
「でも、北沢くんは鋭いね。頭のキレが違う。あいつは有望株かも」

 先輩がコーヒーカップを手に取ると、窓の方に目を向けた。
 雨粒で濡れた窓から、外は見えない。

「有望株?」
「うん。俺はやっぱり副会長の二名体制でいきたいんだ。GW明けには先生にメンバーを確定させて提出しなくちゃいけないから。オックンは嫌か?」

 デートの中で、この会話はしたくなかった。
 だって、せっかくの二人だけの時間なのに……

「嫌って言ったら、先輩はどうしますか?」
「え……」

 今までの僕だったら、『そうですね』とか『いやー』とか、即答せずに逃げていた。
 でも、もう僕は太刀山先輩と対等だと思っている。
 いや、対等でありたい。

「珍しく、挑発してきたね。びっくりした」
「……すみません」
「妬いてる?」
「え?」
「北沢に妬いてるの?」

 まただ。
 この前みたいに、また二人の会話がズレていくのを感じる。

「あとさ、さっき言いかけたんだけど」
「……はい」
「敬語止めようか。俺たち恋人同士なんだし、よそよそしく感じちゃうんだよねー」
「え! で、でも……。学校では敬語を使った方が良くないですか? みんな、ヘンな目で見ると思います」

 自分でも硬すぎるかなと思う。
 でも、皆に僕だけ特別だと見られたくはない。

「ヘンな目で見られるのは嫌?」
「嫌っていうか……」
「俺は、生徒会のメンバーには二人のことを話してもいいと思ってるけどね」

 太刀山先輩の奔放さに僕は付いていけない。
 だって……

「プ、プライベートなことを生徒会に持ち込むのはどうなのかなって……」
「それは、副会長として? それともオックンとして?」
「そ、それは……どっちもです」
「……ふーん」

 太刀山先輩は、表情を変えずにまた窓を見ている。
 さっきまでの暖かな空気が一変した。
 僕は、食べかけのパンケーキに目を落とした。
 山盛りだったホイップクリームが、無残に崩れ落ちていた。

🔸🔸🔸

 カフェを出ると、雨が止んでいた。
 
「ごちそうさまでした」
「うん。美味しかったね」

 パンケーキは太刀山先輩が奢ってくれた。
 あの後、僕たちは当たり障りのない会話に終始した。
 生徒会に言及することもなく、ラブラブな雰囲気になることもなく。
 それでも、僕は太刀山先輩と一緒にいたかった。

「井の頭線だっけ?」
「あ、あの……」
「うん?」
「もっと、一緒にいたいです!」

 太刀山先輩が一瞬、目を見開くと、口元が緩んだ。

「うん。俺も」

 先輩は視線を下げると、傘で地面を突きながら、口を開いた。

「……俺の家に来る?」
「え?」
「ほぼ、一人だから」
「い、行きたいです」

 先輩は僕の手を握ると、歩き出した。
 僕は人目を気にしながらも、放したいとは思わなかった。