なにものでもなかった僕が選ぶ幸せになる条件について

 生徒会会長選挙当日。
 体育館は熱気に包まれていた。
 僕も去年は、体育座りをして早く終わらないかなと思っていた、ただの生徒だった。
 でも、今年は当事者として選挙に関わっている。
 たった三週間の間に色んな感情に振り回されたけど、それも今日までの話だ。
 これが終われば、僕たちは変わるはず。

 まず、各陣営の応援演説が行われた。
 北沢の演説内容は、文句のつけようがなかった。
 客観性もありながら、太刀山先輩の付加価値をこれでもかとアピールした文言を聞いて、正直僕は悔しくもあった。
 こんな文章を僕は書けたかな……
 だから、大きな拍手を送った。

 次に、生徒会長候補の公約説明。
 柿谷は、文化祭や体育祭への企画、運営についてや、各教室に防犯カメラを付けて、学生生活をより安心で楽しく過ごせるような提案を軸に説明をしていた。
 正直、どれも既に実現しているものの焼き直しにしか見えなかった。
 でも、支援側の応援は熱く、その声援の大きさだけで、当選したかのような錯覚を覚えた。
 次に、太刀山先輩が登壇した。
 柿谷陣営に負けじと、声を張り上げて声援を送る。

「私が考える公約は既に、皆さんに配布済みですが、一番訴えたいのは……一年生から三年生の縦割りのコミュニケーションの充実です。この学校は他の学校と比べても、上下間の礼儀についてはそれほど厳しくありません。先輩が後輩にアドバイスをする、後輩が先輩にラフに相談する。そういう場を常にオープンにしておきたいです。その学年だけで解決できないことが、他の学年を頼ることできっと答えが導きだせます。皆で、一つになれる。そういう学校生活を送れるように、力を尽くしていきたいです」

 太刀山先輩は、アドリブを入れることなく、原稿通りに話した。
 でも、原稿に目を落とすことなく、聞いている生徒の一人一人の顔を見るように話す姿勢は、内容以上に説得力があった。
 身内びいきではなく、僕は感動していた。

 それが功を奏したのか、圧倒的な得票差で、太刀山先輩が生徒会長に選ばれた。
 僕も、他の対策委員メンバーも飛び上がって喜び、ハグし合った。

「やったな! 奥!」

 昆野先輩に肩を叩かれた。
 その力強さに痛さが増したけど、でも嬉しさの方が勝った。
 僕は思わず、昆野先輩に抱き着いて、ジャンプしていた。
 意図はない、ただ嬉しかったから。
 それだけだった……

🔸🔸🔸

 打ち上げは、日曜日に学校近くにあるファミレスで行うことになった。
 遠方に住んでいる一年生で、参加できない子も何人かいるけど、とりあえず集まれるメンバーでやろうという話に決まった。

 僕は高揚した気持ちのまま、対策室に向かった。
 今日は午後の授業はない。
 ほとんどの生徒はそのまま帰っていた。
 選挙が終われば、この対策室は開放しなくてはいけない。
 その片づけをするつもりで、向かった。
 扉についている小窓から太刀山先輩と北沢がいるのが見えた。

「あ、オックン」
「おつかれさまです! 奥先輩」
「北沢くんの応援演説すっごく良かった。僕感動しちゃった」
「マジですか! タチ先輩にもすごく褒めてもらいました。嬉しいな」
「え、俺の公約演説は?」

 太刀山先輩が少し拗ねたような声を出した。

「完璧です! 原稿も見ずに、座っている生徒の顔を見ながら訴えているところを見て泣きそうでした」
「やっぱり、オックンは言うことが違うな―。嬉しい!」

 そう言うと、太刀山先輩は僕に抱き着いた。
 え、ちょっと待って。
 北沢がいるんだけど……
 想像通り、北沢は口を開けて僕たちを見ている。

「ちょ、太刀山先輩!」
「ん? ああ、刺激強すぎたかな……」
「あ、いえ、いえ、大丈夫です」

 全然大丈夫に見えない姿に、先輩と僕は声を出して笑った。
 大人っぽく見えても、まだまだ中学を出たばかりの子供だ。
 部屋の中は、ほぼ片付いていた。

「太刀山先輩が片したんですか?」
「いや、凪がやってくれたみたい。当選が決まったら、速攻この部屋に来たらしい」
「え? そうなんだ……」

 さっき、昆野先輩とハグしたことを思い出した。

「さすがだよね。俺も長年一緒にいるけど、毎回感動する」

 太刀山先輩が昆野先輩のことを口にするたびに、他の誰かとは違う熱量を感じることがある。
 決して大袈裟な表現をするわけではないけれど……
 僕は少し嫉妬しているのかもしれない。

「じゃあ、僕帰ります。日曜日、楽しみにしてますね」
「うん。気をつけて帰って」
「おつかれさまー」

 部屋に二人きりになった。
 もう、選挙も終わったから、僕たちは普通の恋人に戻れる……はず。

「本当に、オックンありがとう。オックンが副会長になってくれて、俺の会長への道は完成したんだよ。付いてきてくれて嬉しかった、この間、あんなにヒドいことを言ってゴメン」

 僕は両手を握られながら、選挙前に、先輩と揉めたことを思い出していた。

『……俺は、選挙に勝つためにオックンや北沢を利用した。そう言えば、しっくりくるかな?』

 あの切羽詰まった太刀山先輩の顔は忘れられない。
 僕の中の矛盾が解決したわけでもない。
 でも、さっきの公約演説をする姿を見たら、先輩がどれだけ全力を注いでいたのかがわかるから。
 嫌いになんかなれるわけない。

「僕も先輩を煽るようなこと言って、ごめんなさい。先輩の思いを疑っていたわけじゃなくて……」

 恥ずかしくなって、身体をもじもじすると、抱きしめられた。
 え、待って、教室だよ……

「じっとして。大丈夫、ここには防犯カメラはないから。柿谷の全室に付けるって公約が通らなくて良かったよ」

 太刀山先輩の言い方に、笑ってしまった。

「確かに……。指導受けちゃいますね」
「うん。これから、時間を掛けてオックンの納得がいかない部分を一つ一つ、解決していきたい」
「……はい」
「あー、オックンを抱きしめていると、すごく安心するのはどうしてだろう?」
「僕の肉付きがいいからですか?」
「そうだね、ポヨポヨしてる」

 そう言うと、僕のお腹の辺りの肉を摘まんだ。

「や、止めてください! もっとダイエットしますから!」
「いいよ。このポヨポヨが可愛いんだから」

 ここが教室なのに、僕はそのことすら、忘れそうだった。
 目の前にいる先輩しか目に入らない。

「選挙が終わったら、イチャイチャしたいって宣言通り、イチャイチャしてる」
「はい。公約が通って良かったです」
「え、上手いじゃん!」
「それほどでも……」

 太刀山先輩の手が僕の頬を包んだ。

「これからは何も邪魔するものはないよ。だからずっとそばにいて」

 深くて長いキスをした。
 僕たちは普通の恋人同士だ。
 だって、選挙は終わったのだから。