週明け、一年と二年の階では、北沢たちが奮闘していた。
休み時間の度に、各教室を訪れては、公約が書かれた模造紙を身体の前に貼り、後ろにはこの生徒会の『売り文句』を同じく模造紙に書いて貼り、人間広告塔として支持を仰いでいた。
その『売り文句』が気になった。
――太刀山時陣営には、この学校の学年ごとの成績上位TOP5が名を連ねてます! 一年の北沢、二年の奥、三年の神崎。頭脳集団です。太刀山先輩や昆野先輩はヒエラルキー上位の勝ち組! こんなに優秀な生徒会はありません! 是非、投票をお願いします!
太刀山先輩は、成績やヒエラルキーに関することを選挙の『売り』にはしないという話だったのに。
今は前面に押し出されていた。
少なくとも、副会長の僕はそれを推していくことは聞いていない。
「あの売り文句はいいんですか? 成績は言及しないはずじゃなかったですか?」
「北沢くんの作戦を聞いて、それアリだなって思ったんだよ。一年のヤル気を削いだらダメだろ」
「でも……エリートばかりじゃ、支持を得られないと言ったのは先輩です」
僕はこればかりは、譲れずに意志を通した。
これは、喧嘩じゃない、意見の相違だ。
「オックンは堅いなー」
「だから、僕に事前に話してくれなかったんですか?」
「え? あの残った時に散々話してたじゃん。オックンも聞いてただろ?」
聞いてない。
そもそも僕は、輪の外にいた。
「今更、止めろっていうのも遅いし。北沢くんたちが俺に媚びを売っても、俺はオックンを一番信頼してるんだから」
太刀山先輩が僕の肩に手を回す。いつもの、クセ。
『俺に媚びを売る』……その言葉が引っかかった。
僕は心の中に積みあがっていくわだかまりを、打ち消そうと努力した。
だって、あと三日で選挙が実施される。
ここで、内輪モメしている場合じゃない。
🔸🔸🔸
「選挙応援の演説は、一年の北沢くんにお願いした」
対策会合の開口一番に言われた。
やっぱり、僕は聞いてない……
「先週、こちらに参加した際に太刀山先輩には原稿を見ていただいていて、了承していただいたので頑張ろうと思います」
「うん。素晴らしい演説内容で、正直俺の公約演説が霞みそうで不安」
太刀山先輩の自虐的な発言で、部屋が一気に沸いた。
全員、ハイ状態になっているのが手に取るようにわかる。
でも、僕はやっぱり乗り切れてない。
「一年生は一生懸命、投票活動もしてくれていて本当にありがたい。一年生にチラシを配って良かったよ」
「太刀山先輩から手渡されたって、喜んでそのチラシをコーティングしている奴もいます」
「マジで? おい、タチ、お前に何の効果があるんだよ!」
「なんとかの神様にでもなればー」
僕は心の中は冷めきっているのに、表面上は楽しそうに取り繕った。
この盛り上がりを、僕個人の感情で下げるわけにはいかないから。
「でね、考えたことがあるんだけど」
太刀山先輩が、笑いを堪えながら、含むような言い方をした。
「俺が会長になったら、副会長は二名体制にしたいなと思っていて」
いきなり、ハンマーで頭を叩かれたような気がした。
頭がクラクラして、目の焦点が合わない。
椅子に座っていて良かった、じゃなければ僕は立っていることすらできなかった。
「どういうことだよ?」
後ろから声が聞こえた。
たぶん、昆野先輩だ……僕は後ろを振り向く力さえ残ってない。
「タチ、独断で決めたのか?」
「凪、そんな睨むなよ。可能性の話をしたまでで、まだ決まったわけじゃないよ」
「その意義は何だよ? 二人にする意義は?」
昆野先輩の話し方は、ぶっきらぼうだけど、でも今日はもっとキツい。
「運用しやすいだろうなと思ってさ。各学年に一人ずつ配置したほうが効率がいいだろ。別にウチの学校では二人にしても違反じゃないよ」
「……奥の意見は? 奥には相談済みか?」
太刀山先輩は座っている僕の顔を見つめる。
僕は視線を逸らしたら、負けのような気がした。
頭はクラクラするのに、意地でも視線は外さなかった。
「相談してない。だから、まだ可能性の話しだからさ。まずは、当選しないとな。ってことで、引き続き北沢くん、よろしく」
「任せてください!」
太刀山先輩と北沢の間を繋ぐ、細くキラキラ光る糸が見えた気がした。
僕は自分の身体に目を向けてみる。
どこにも、太刀山先輩とを繋ぐ糸は見えなかった。
🔸🔸🔸
それでも、僕は逃げるつもりはなかった。
ちゃんと、太刀山先輩と向き合いたかった。
自分に意見を求められない理由を知りたかったから。
会合が終わって、一人、また一人と部屋を出ていく中、北沢は太刀山先輩と楽しそうに話し続けている。
僕は、じっとそれが終わるのを待っていた。
「奥、帰ろう」
「え?」
昆野先輩から声を掛けられた。
「僕は、太刀山先輩と一緒に帰ります……」
「あいつらの話は終わらないよ」
「一緒に帰りたいんです!」
僕は意地になっていた。
だって、僕は太刀山先輩と付き合っているのだから。
恋人としての欲を出すのがいけないことなの?
昆野先輩は、僕をじっと見つめながら大きなため息を吐いた。
「タチ、奥と一緒に帰るから。お前ら、一生しゃべってろ」
「え!」
そう言い残すと、僕の腕を掴んで昆野先輩は部屋を出た。
あの時と同じように、僕は無理やり引っ張られている。
「ちょ、ちょっと放してください! い、痛い!」
昆野先輩の手が放れた。
僕が掴まれた腕を揉んでいると、後ろから誰かが走ってきて、今度は違う方の腕を後ろから掴まれた。
「へ?」
「話は終わったから、帰ろう、オックン」
太刀山先輩が僕と腕を組むと、昆野先輩の横を通り過ぎ階段に向かった。
僕の情緒は滅茶苦茶だった。
太刀山先輩と手を繋いで歩く。
嬉しさよりも、僕は面と向かって自分の気持ちを吐くことに緊張していた。
「先輩に聞きたいことがあります」
「うん」
「支援活動の件も副会長二名体制の件も、僕はいつも後付けで聞いてます。先輩と個人的に過ごす時間が多いはずなのに、僕は何も相談されない……」
自分で言っていて、自分を追い込んでいる気がした。
「……太刀山先輩にとって、僕は何ですか?」
「え?」
「僕は先輩と一緒に生徒会を盛り上げて、改革をしていきたいのに、先輩が掲げた公約に対して相違は何もないのに。でも、今先輩が実践していることは僕の中では相違だらけです。この矛盾を僕は、消化できない」
太刀山先輩の足が止まった。
じっと足下を見ている。
僕は先輩が口を開くまで、待ち続けた。
「オックンは俺を信頼してない?」
「信頼はしてます。だから……」
「でも、今の俺のやり方は違うと思ってるんだよね。それで信頼できなくなってるんだろ?」
「信頼してるから、矛盾を感じてるんです。僕は……」
「俺を愛してはいない?」
「え……」
「愛する人がやることを一から十まで信じようとは思わない?」
「それと、これとは話が違います。先輩だって自分で話していて矛盾を感じませんか?」
僕は話がどんどんズレていくことを、止められなかった。
自ずとそれは、僕と太刀山先輩の気持ちのズレにも通じていたから。
「……俺は、選挙に勝つためにオックンや北沢を利用した。そう言えば、しっくりくるかな?」
「……」
太刀山先輩は、無理に笑顔を作ろうとしていた。
でも、瞳が潤んでいるのを隠せなかった。
「とにかく、今週には決着がつくから……俺に不満があるなら、その後に言って」
そう言い残すと、僕を置いて歩き出した。
僕は体温が急速に下がっていくのを感じた。
繋いでいた左手も、氷を触った後のように冷たかった。
休み時間の度に、各教室を訪れては、公約が書かれた模造紙を身体の前に貼り、後ろにはこの生徒会の『売り文句』を同じく模造紙に書いて貼り、人間広告塔として支持を仰いでいた。
その『売り文句』が気になった。
――太刀山時陣営には、この学校の学年ごとの成績上位TOP5が名を連ねてます! 一年の北沢、二年の奥、三年の神崎。頭脳集団です。太刀山先輩や昆野先輩はヒエラルキー上位の勝ち組! こんなに優秀な生徒会はありません! 是非、投票をお願いします!
太刀山先輩は、成績やヒエラルキーに関することを選挙の『売り』にはしないという話だったのに。
今は前面に押し出されていた。
少なくとも、副会長の僕はそれを推していくことは聞いていない。
「あの売り文句はいいんですか? 成績は言及しないはずじゃなかったですか?」
「北沢くんの作戦を聞いて、それアリだなって思ったんだよ。一年のヤル気を削いだらダメだろ」
「でも……エリートばかりじゃ、支持を得られないと言ったのは先輩です」
僕はこればかりは、譲れずに意志を通した。
これは、喧嘩じゃない、意見の相違だ。
「オックンは堅いなー」
「だから、僕に事前に話してくれなかったんですか?」
「え? あの残った時に散々話してたじゃん。オックンも聞いてただろ?」
聞いてない。
そもそも僕は、輪の外にいた。
「今更、止めろっていうのも遅いし。北沢くんたちが俺に媚びを売っても、俺はオックンを一番信頼してるんだから」
太刀山先輩が僕の肩に手を回す。いつもの、クセ。
『俺に媚びを売る』……その言葉が引っかかった。
僕は心の中に積みあがっていくわだかまりを、打ち消そうと努力した。
だって、あと三日で選挙が実施される。
ここで、内輪モメしている場合じゃない。
🔸🔸🔸
「選挙応援の演説は、一年の北沢くんにお願いした」
対策会合の開口一番に言われた。
やっぱり、僕は聞いてない……
「先週、こちらに参加した際に太刀山先輩には原稿を見ていただいていて、了承していただいたので頑張ろうと思います」
「うん。素晴らしい演説内容で、正直俺の公約演説が霞みそうで不安」
太刀山先輩の自虐的な発言で、部屋が一気に沸いた。
全員、ハイ状態になっているのが手に取るようにわかる。
でも、僕はやっぱり乗り切れてない。
「一年生は一生懸命、投票活動もしてくれていて本当にありがたい。一年生にチラシを配って良かったよ」
「太刀山先輩から手渡されたって、喜んでそのチラシをコーティングしている奴もいます」
「マジで? おい、タチ、お前に何の効果があるんだよ!」
「なんとかの神様にでもなればー」
僕は心の中は冷めきっているのに、表面上は楽しそうに取り繕った。
この盛り上がりを、僕個人の感情で下げるわけにはいかないから。
「でね、考えたことがあるんだけど」
太刀山先輩が、笑いを堪えながら、含むような言い方をした。
「俺が会長になったら、副会長は二名体制にしたいなと思っていて」
いきなり、ハンマーで頭を叩かれたような気がした。
頭がクラクラして、目の焦点が合わない。
椅子に座っていて良かった、じゃなければ僕は立っていることすらできなかった。
「どういうことだよ?」
後ろから声が聞こえた。
たぶん、昆野先輩だ……僕は後ろを振り向く力さえ残ってない。
「タチ、独断で決めたのか?」
「凪、そんな睨むなよ。可能性の話をしたまでで、まだ決まったわけじゃないよ」
「その意義は何だよ? 二人にする意義は?」
昆野先輩の話し方は、ぶっきらぼうだけど、でも今日はもっとキツい。
「運用しやすいだろうなと思ってさ。各学年に一人ずつ配置したほうが効率がいいだろ。別にウチの学校では二人にしても違反じゃないよ」
「……奥の意見は? 奥には相談済みか?」
太刀山先輩は座っている僕の顔を見つめる。
僕は視線を逸らしたら、負けのような気がした。
頭はクラクラするのに、意地でも視線は外さなかった。
「相談してない。だから、まだ可能性の話しだからさ。まずは、当選しないとな。ってことで、引き続き北沢くん、よろしく」
「任せてください!」
太刀山先輩と北沢の間を繋ぐ、細くキラキラ光る糸が見えた気がした。
僕は自分の身体に目を向けてみる。
どこにも、太刀山先輩とを繋ぐ糸は見えなかった。
🔸🔸🔸
それでも、僕は逃げるつもりはなかった。
ちゃんと、太刀山先輩と向き合いたかった。
自分に意見を求められない理由を知りたかったから。
会合が終わって、一人、また一人と部屋を出ていく中、北沢は太刀山先輩と楽しそうに話し続けている。
僕は、じっとそれが終わるのを待っていた。
「奥、帰ろう」
「え?」
昆野先輩から声を掛けられた。
「僕は、太刀山先輩と一緒に帰ります……」
「あいつらの話は終わらないよ」
「一緒に帰りたいんです!」
僕は意地になっていた。
だって、僕は太刀山先輩と付き合っているのだから。
恋人としての欲を出すのがいけないことなの?
昆野先輩は、僕をじっと見つめながら大きなため息を吐いた。
「タチ、奥と一緒に帰るから。お前ら、一生しゃべってろ」
「え!」
そう言い残すと、僕の腕を掴んで昆野先輩は部屋を出た。
あの時と同じように、僕は無理やり引っ張られている。
「ちょ、ちょっと放してください! い、痛い!」
昆野先輩の手が放れた。
僕が掴まれた腕を揉んでいると、後ろから誰かが走ってきて、今度は違う方の腕を後ろから掴まれた。
「へ?」
「話は終わったから、帰ろう、オックン」
太刀山先輩が僕と腕を組むと、昆野先輩の横を通り過ぎ階段に向かった。
僕の情緒は滅茶苦茶だった。
太刀山先輩と手を繋いで歩く。
嬉しさよりも、僕は面と向かって自分の気持ちを吐くことに緊張していた。
「先輩に聞きたいことがあります」
「うん」
「支援活動の件も副会長二名体制の件も、僕はいつも後付けで聞いてます。先輩と個人的に過ごす時間が多いはずなのに、僕は何も相談されない……」
自分で言っていて、自分を追い込んでいる気がした。
「……太刀山先輩にとって、僕は何ですか?」
「え?」
「僕は先輩と一緒に生徒会を盛り上げて、改革をしていきたいのに、先輩が掲げた公約に対して相違は何もないのに。でも、今先輩が実践していることは僕の中では相違だらけです。この矛盾を僕は、消化できない」
太刀山先輩の足が止まった。
じっと足下を見ている。
僕は先輩が口を開くまで、待ち続けた。
「オックンは俺を信頼してない?」
「信頼はしてます。だから……」
「でも、今の俺のやり方は違うと思ってるんだよね。それで信頼できなくなってるんだろ?」
「信頼してるから、矛盾を感じてるんです。僕は……」
「俺を愛してはいない?」
「え……」
「愛する人がやることを一から十まで信じようとは思わない?」
「それと、これとは話が違います。先輩だって自分で話していて矛盾を感じませんか?」
僕は話がどんどんズレていくことを、止められなかった。
自ずとそれは、僕と太刀山先輩の気持ちのズレにも通じていたから。
「……俺は、選挙に勝つためにオックンや北沢を利用した。そう言えば、しっくりくるかな?」
「……」
太刀山先輩は、無理に笑顔を作ろうとしていた。
でも、瞳が潤んでいるのを隠せなかった。
「とにかく、今週には決着がつくから……俺に不満があるなら、その後に言って」
そう言い残すと、僕を置いて歩き出した。
僕は体温が急速に下がっていくのを感じた。
繋いでいた左手も、氷を触った後のように冷たかった。



