三人で校舎を出る。
何週間か前にも、同じ光景を見た。
でも、今は関係性が変わっている。
太刀山先輩は、昆野先輩がいても、普通に僕と手を繋いできた。
その行為に、僕は焦った。
「どうして? 凪は二人の関係を知ってるよ」
「で、でも……」
前を歩く昆野先輩は、僕たち二人を見ていない。
でも、僕は何故か昨日のような、何も怖くないぐらい幸せな気持ちにはなれなかった。
「嫌か……そっか」
太刀山先輩は手を放した。
僕は自然と、歩く速度が遅くなっていく。
太刀山先輩は前を歩く昆野先輩に飛びつくように、肩を抱いた。
「だから、イテーって」
デジャヴ?
同じセリフを聞いた。
太刀山先輩も昆野先輩も何も悪くない。
ただ、僕が勝手に距離を感じてしまっているだけ。
過ごしてきた時間が違うのに、何を比べようとしてるんだろう。
「奥、どうした? タチをどうにかしてくれよ!」
昆野先輩が僕を気遣ってくれているのがわかった。
勝手に拗らせている僕を。
「電車来そうだから、行くわ。また明日な!」
「お、おつかれさまです!」
挨拶だけはした。
昆野先輩は校門を出ると駅方面に走って行った。
残された太刀山先輩は、僕が来るのを待ってくれている。
僕は自分の行為が恥ずかしくて、なかなか足が進まない。
「えっ……」
太刀山先輩が近づいてきて、手を掴むと、校門の脇の薄暗い茂みに連れて行かれた。
お互いの顔がやっとわかる程度の明るさしかない中で、先輩にキスをされた。
僕は一瞬、抵抗しようとしたが、太刀山先輩の唇の柔らかさに、僕の頭を撫でる手の優しさに、脆くも崩れ去った。
「……ごめん」
僕はまだ暗さに慣れなくて、視界がぼやけている。
でも、太刀山先輩の息遣いはわかる。
「ごめんなさい。ヘンな態度取ってごめんなさい!」
そう言いながら、僕は先輩に抱き着いていた。
「……喧嘩はしたくない」
「はい……僕もです」
僕の背中に回された太刀山先輩の腕に力が入る。
僕は息をするのが苦しくなるほど、強く抱きしめられていた。
太刀山先輩の温もりを感じるだけで、不安なんてなくなるのに。
素直になれない自分が情けなかった。
🔸🔸🔸
「ただいまー」
「おかえり。ちょっとお父さんから話があるから来て」
「え! なに?」
家に帰ると、いきなりお父さんから話があると言われた。
僕の頭の中では、太刀山先輩との校舎でのあんなことや、こんなことが浮かんできて、学校から通報されたのか? と最悪な想像をして震えた。
恐る恐る、リビングに入るとお父さんとお母さんがソファに並んで座っている。
僕は冷静なふりをして二人の前に座った。
「どうして言わないんだ?」
「ホントにがっかりよ」
「え、え! 何、何が?」
冷静なふりが一気に飛び去り、僕はわかりやすいほどビビり散らしていた。
いや、ちょっと待って、だって!
「生徒会の副会長になったって、どうしてそんな大事なことをお父さんたちに言わないんだよ」
「へ?」
僕は腰が抜けて、ソファからずり落ちそうになった。
まるで、コントだ。
「まずは、お母さんたちに最初に言って欲しかったわ。和が学校行事にそんなに一生懸命になってたなんて」
「いや、それは……」
「エラいな。お父さん見直した。正直、成績が良くてもコミュ障じゃこの先、世知辛い世の中を渡っていけないと思ってたんだよ」
お父さん、僕は意味がわかりません。
「お母さん嬉しい。和が生徒会の副会長だなんて、自慢しちゃう。いつ選挙なの? 勝負飯作ろうか?」
「え、いや、大丈夫」
「もう、さっきから、いや~とかそれは~とかハッキリ言いなさい!」
いきなり、お母さんのカミナリが落ちた。
うん、そうだよね。
僕は軽く息を吸った。
「僕は三年生の太刀山先輩に誘われて生徒会の副会長になった。先輩が掲げた公約は僕がやりたいなって思っていたこととマッチしていたから。ずっと、勉強しかしてこなかったけど、違うことに挑戦することにした」
お父さんもお母さんも、うんうんと頷きながら聞いてくれていた。
「頑張りなさい。もし、選挙に敗れても和が携わってきた時間はとても貴重なものだから。将来、絶対に役に立つよ」
「うん。頑張ってみる」
お父さんの後押しを受けて、僕はより前向きになっていた。
『え、今頃ご両親に話したの?』
「はい、言いそびれて……」
『そういう天然なところが、オックンだよね』
ベッドに入ると、太刀山先輩から電話が掛かってきた。
僕はさっきの、校門脇での出来事が蘇ってきて、指で唇をなぞっていた。
「応援してるって言われました」
『うん。オックンが変わり始めてる証拠だもんね。はー来週には選挙か』
「早いですね。緊張します」
『オックン』
「はい」
『……どんな結果になっても、俺たちは一緒だから。別れるつもりはないからね』
太刀山先輩の言葉にスマホを持っている手が震えた。
そんな結果は望んでないけど、先輩の不安な気持ちがその言葉から漏れていたように感じた。
「僕も手をふりほどかれても、しがみつきますから!」
『うわっ、ちょっと脅迫入ってるね』
電話越しに先輩の笑い声が聞こえる。
ずっと、笑っていてほしいと心から願った。
🔸🔸🔸
金曜日。
「オックンちょっといい?」
放課後、対策室に向かおうとした僕を、昨日、言い合いをした遠野が視線を合わせないまま、声を掛けてきた。
正直、昨日の今日で話す気にはなれなかったけど、無視する勇気もなくて返事をした。
「何か用?」
「柿谷がオックンと話したいって、言っててさ」
「え?」
柿谷が廊下で立っているのが見えた。
僕は対戦相手と話していいものなのか、わからなかった。
――彼を知り己を知れば百戦殆からず
という孫子の言葉がある。
であれば、勝つためには相手を知るべし。
「何を話したいの?」
僕は柿谷に近寄って行くと、少し強い口調で口を開いた。
柿谷は表情を変えずに、僕を見ると細い声を出した。
「僕は喧嘩をするつもりはないんだ。生徒会長がそんなに気が荒かったら誰もついてこないし。そもそも僕は平和主義者だから」
僕の気負いは空振りした。
「だから、何?」
「……オックンが嫌な思いをしないといいなって思って」
「は? 何言ってるの?」
失礼な物言いに、また口調が強くなる。
嫌な思いって、何だよ!
「同じ二年として、オックンが三年生の使い捨てにならないといいなって思っただけだよ」
「だから、それってどういう意味?」
「ホントに知らないのか?」
柿谷はわざとらしく、息を吐いた。
「だから、何が?」
僕はイライラしながらも、心の中にポタポタと壊れた蛇口のように不安な気持ちが溜まっていくのを感じていた。
「オックンで三人目だよ」
「何が?」
「副会長と名乗った人が」
「え? どういう意味……」
「奥!」
いきなり名前を呼ばれて、肩がギュッとすくんだ。
振り返ると昆野先輩が立っていた。
待って、今の話を聞いていた?
僕は柿谷の言っている意味が理解できず、昆野先輩に対戦相手と話していたことを見られたことも整理できずに、汗が噴き出してきた。
「会合が始まってるのに、来ないから迎えに来た。行くぞ」
昆野先輩は僕の腕を掴むと、強引に引っ張りながら歩いて行く。
僕は半ば、引きずられながら、態勢を整えるのに必死だった。
でも、頭はまったく整理できてない!
「せ、先輩、今の会話聞いてたんですか?」
「……」
「昆野先輩!」
階段の踊り場で止まると、いきなり腕を離されて、僕は前のめりになり膝をついた。
「お前が、ライバルと話をしていたことは黙っておいてやる。誰も知ったところで得にはならないからな」
「それじゃなくて……」
「……知りたいなら教えてやる。でも、選挙が終わってからだ。行くぞ」
選挙が終わってから聞いても、意味がないんじゃないのか……
僕はさっさと階段を上がっていく、昆野先輩の後ろ姿を見ながら、太刀山先輩と顔を合わせることが怖かった。
何週間か前にも、同じ光景を見た。
でも、今は関係性が変わっている。
太刀山先輩は、昆野先輩がいても、普通に僕と手を繋いできた。
その行為に、僕は焦った。
「どうして? 凪は二人の関係を知ってるよ」
「で、でも……」
前を歩く昆野先輩は、僕たち二人を見ていない。
でも、僕は何故か昨日のような、何も怖くないぐらい幸せな気持ちにはなれなかった。
「嫌か……そっか」
太刀山先輩は手を放した。
僕は自然と、歩く速度が遅くなっていく。
太刀山先輩は前を歩く昆野先輩に飛びつくように、肩を抱いた。
「だから、イテーって」
デジャヴ?
同じセリフを聞いた。
太刀山先輩も昆野先輩も何も悪くない。
ただ、僕が勝手に距離を感じてしまっているだけ。
過ごしてきた時間が違うのに、何を比べようとしてるんだろう。
「奥、どうした? タチをどうにかしてくれよ!」
昆野先輩が僕を気遣ってくれているのがわかった。
勝手に拗らせている僕を。
「電車来そうだから、行くわ。また明日な!」
「お、おつかれさまです!」
挨拶だけはした。
昆野先輩は校門を出ると駅方面に走って行った。
残された太刀山先輩は、僕が来るのを待ってくれている。
僕は自分の行為が恥ずかしくて、なかなか足が進まない。
「えっ……」
太刀山先輩が近づいてきて、手を掴むと、校門の脇の薄暗い茂みに連れて行かれた。
お互いの顔がやっとわかる程度の明るさしかない中で、先輩にキスをされた。
僕は一瞬、抵抗しようとしたが、太刀山先輩の唇の柔らかさに、僕の頭を撫でる手の優しさに、脆くも崩れ去った。
「……ごめん」
僕はまだ暗さに慣れなくて、視界がぼやけている。
でも、太刀山先輩の息遣いはわかる。
「ごめんなさい。ヘンな態度取ってごめんなさい!」
そう言いながら、僕は先輩に抱き着いていた。
「……喧嘩はしたくない」
「はい……僕もです」
僕の背中に回された太刀山先輩の腕に力が入る。
僕は息をするのが苦しくなるほど、強く抱きしめられていた。
太刀山先輩の温もりを感じるだけで、不安なんてなくなるのに。
素直になれない自分が情けなかった。
🔸🔸🔸
「ただいまー」
「おかえり。ちょっとお父さんから話があるから来て」
「え! なに?」
家に帰ると、いきなりお父さんから話があると言われた。
僕の頭の中では、太刀山先輩との校舎でのあんなことや、こんなことが浮かんできて、学校から通報されたのか? と最悪な想像をして震えた。
恐る恐る、リビングに入るとお父さんとお母さんがソファに並んで座っている。
僕は冷静なふりをして二人の前に座った。
「どうして言わないんだ?」
「ホントにがっかりよ」
「え、え! 何、何が?」
冷静なふりが一気に飛び去り、僕はわかりやすいほどビビり散らしていた。
いや、ちょっと待って、だって!
「生徒会の副会長になったって、どうしてそんな大事なことをお父さんたちに言わないんだよ」
「へ?」
僕は腰が抜けて、ソファからずり落ちそうになった。
まるで、コントだ。
「まずは、お母さんたちに最初に言って欲しかったわ。和が学校行事にそんなに一生懸命になってたなんて」
「いや、それは……」
「エラいな。お父さん見直した。正直、成績が良くてもコミュ障じゃこの先、世知辛い世の中を渡っていけないと思ってたんだよ」
お父さん、僕は意味がわかりません。
「お母さん嬉しい。和が生徒会の副会長だなんて、自慢しちゃう。いつ選挙なの? 勝負飯作ろうか?」
「え、いや、大丈夫」
「もう、さっきから、いや~とかそれは~とかハッキリ言いなさい!」
いきなり、お母さんのカミナリが落ちた。
うん、そうだよね。
僕は軽く息を吸った。
「僕は三年生の太刀山先輩に誘われて生徒会の副会長になった。先輩が掲げた公約は僕がやりたいなって思っていたこととマッチしていたから。ずっと、勉強しかしてこなかったけど、違うことに挑戦することにした」
お父さんもお母さんも、うんうんと頷きながら聞いてくれていた。
「頑張りなさい。もし、選挙に敗れても和が携わってきた時間はとても貴重なものだから。将来、絶対に役に立つよ」
「うん。頑張ってみる」
お父さんの後押しを受けて、僕はより前向きになっていた。
『え、今頃ご両親に話したの?』
「はい、言いそびれて……」
『そういう天然なところが、オックンだよね』
ベッドに入ると、太刀山先輩から電話が掛かってきた。
僕はさっきの、校門脇での出来事が蘇ってきて、指で唇をなぞっていた。
「応援してるって言われました」
『うん。オックンが変わり始めてる証拠だもんね。はー来週には選挙か』
「早いですね。緊張します」
『オックン』
「はい」
『……どんな結果になっても、俺たちは一緒だから。別れるつもりはないからね』
太刀山先輩の言葉にスマホを持っている手が震えた。
そんな結果は望んでないけど、先輩の不安な気持ちがその言葉から漏れていたように感じた。
「僕も手をふりほどかれても、しがみつきますから!」
『うわっ、ちょっと脅迫入ってるね』
電話越しに先輩の笑い声が聞こえる。
ずっと、笑っていてほしいと心から願った。
🔸🔸🔸
金曜日。
「オックンちょっといい?」
放課後、対策室に向かおうとした僕を、昨日、言い合いをした遠野が視線を合わせないまま、声を掛けてきた。
正直、昨日の今日で話す気にはなれなかったけど、無視する勇気もなくて返事をした。
「何か用?」
「柿谷がオックンと話したいって、言っててさ」
「え?」
柿谷が廊下で立っているのが見えた。
僕は対戦相手と話していいものなのか、わからなかった。
――彼を知り己を知れば百戦殆からず
という孫子の言葉がある。
であれば、勝つためには相手を知るべし。
「何を話したいの?」
僕は柿谷に近寄って行くと、少し強い口調で口を開いた。
柿谷は表情を変えずに、僕を見ると細い声を出した。
「僕は喧嘩をするつもりはないんだ。生徒会長がそんなに気が荒かったら誰もついてこないし。そもそも僕は平和主義者だから」
僕の気負いは空振りした。
「だから、何?」
「……オックンが嫌な思いをしないといいなって思って」
「は? 何言ってるの?」
失礼な物言いに、また口調が強くなる。
嫌な思いって、何だよ!
「同じ二年として、オックンが三年生の使い捨てにならないといいなって思っただけだよ」
「だから、それってどういう意味?」
「ホントに知らないのか?」
柿谷はわざとらしく、息を吐いた。
「だから、何が?」
僕はイライラしながらも、心の中にポタポタと壊れた蛇口のように不安な気持ちが溜まっていくのを感じていた。
「オックンで三人目だよ」
「何が?」
「副会長と名乗った人が」
「え? どういう意味……」
「奥!」
いきなり名前を呼ばれて、肩がギュッとすくんだ。
振り返ると昆野先輩が立っていた。
待って、今の話を聞いていた?
僕は柿谷の言っている意味が理解できず、昆野先輩に対戦相手と話していたことを見られたことも整理できずに、汗が噴き出してきた。
「会合が始まってるのに、来ないから迎えに来た。行くぞ」
昆野先輩は僕の腕を掴むと、強引に引っ張りながら歩いて行く。
僕は半ば、引きずられながら、態勢を整えるのに必死だった。
でも、頭はまったく整理できてない!
「せ、先輩、今の会話聞いてたんですか?」
「……」
「昆野先輩!」
階段の踊り場で止まると、いきなり腕を離されて、僕は前のめりになり膝をついた。
「お前が、ライバルと話をしていたことは黙っておいてやる。誰も知ったところで得にはならないからな」
「それじゃなくて……」
「……知りたいなら教えてやる。でも、選挙が終わってからだ。行くぞ」
選挙が終わってから聞いても、意味がないんじゃないのか……
僕はさっさと階段を上がっていく、昆野先輩の後ろ姿を見ながら、太刀山先輩と顔を合わせることが怖かった。



