メンバー全員でチラシを配布することが決まった。
明日の昼休みに決行する。
会長の太刀山先輩は主に一年生を、副会長の僕は二年生を担当する。他のメンバーもそれぞれ一年から三年まで満遍なく配布する。
「ということで、明日よろしくー。お疲れさま」
みんなが帰って行く中、僕と太刀山先輩だけが部屋に残り、チラシを整理した。
僕はさっき感じたモヤモヤがすっきりしない中、それでも太刀山先輩と二人になれることが嬉しかった。
「よし。チラシも分けられたし。帰ろうか」
「はい!」
太刀山先輩が僕の頭を軽く、わしゃわしゃした。
嬉しくて、その気持ちを満面の笑みで返した。
「可愛い」
そう言うと、指で僕の顎をつついた。
校舎を出ると、ごく自然に手を繋いだ。
教室に残っている生徒は、ほとんどいないはずだから。
「オックンは良いヒントをくれたと思うよ」
「え? 何がですか?」
「チラシを見てなかったってとこ」
「ああ、すみません」
自分が気まずくなったことを、さりげなくフォローしてくれる。
「謝ることじゃないよ。俺たちの気づきにもなったわけだし。そういう、人が見過ごしそうなことをちゃんとオックンは見てるんだよねー。すごいよ」
「僕は会長である太刀山先輩にフォローされるんじゃなくて、フォローする側になりたいです。そうなれるよう、頑張ります。だから……」
立ち止まると、いきなり太刀山先輩に抱きしめられた。
突然のことに、僕は棒立ちのまま先輩の胸に顔を埋めていた。
心臓の鼓動が早くて、重なった身体から先輩にも届いていたかもしれない。
僕に回した太刀山先輩の腕に力が入る。
それにつられて、僕の宙ぶらりんだった腕を先輩の背中に回す。
僕の鼻を、いつもの香水の匂いがかすめる。
「……オックン。ずっと俺と一緒にいて」
いつものような、余裕のある声ではなかった。
せっぱつまった、切実な声。
「……ずっと一緒にいたいです」
顔を胸に埋めたまま、僕はくぐもった声を出していた。
僕もそう思っていたから。
太刀山先輩が僕に回していた腕の力を抜くと、身体を離した。
僕の首筋に手を回すと、引き寄せ唇を重ねた。
僕は全身が震え、倒れないように必死に先輩の腕を掴んでいた。
ここが学校の敷地内だということを忘れていた。
🔸🔸🔸
木曜日。
昼休み、僕たちはチラシ配布を決行した。
教室でお弁当を食べている人、食堂で食べている人、グラウンドで遊んでいる人など昼休みの過ごし方は様々だ。
そのあたりの漏れを防ぐために、綿密に配布する場所を定めた。
僕は二年の教室に残っている人をターゲットに行動を開始した。
「来週の生徒会会長選挙に立候補している太刀山時です。是非、このチラシを読んで投票をお願いします」
誰、お前?
という顔を何人にされたかわからない。
だって、僕はついこの間までモブだったから。
でも、もうその時の僕じゃない。
チラシを渡すとすぐに、興味を示してくれる人もいた。
「太刀山時ってヒエラルキー上位の勝ち組の人だろ? え、お前知り合いなの? えーと、名前なんだっけ?」
「僕は奥和貴。一応副会長やってるんだ」
「へー、スゲーじゃん。投票する、する。したら紹介してくれる?」
「え! ああ、大丈夫」
「よっしゃー。俺も勝ち組に入れるかも!」
ちょっとズレてはいるけど、興味を持ってくれただけで嬉しかった。
他にも、中学以来話したと言われたり、声出せるんだねと言われたり、いったい今までの僕ってなにものだったんだ? と思わずにはいられなかった。
「オックン、頑張ってるね。巧のことでずっと落ち込んでるかと思ってた」
そう言ってくれたのは、巧とも仲が良かった白石だ。
遊んだりしたことはないけど、何回か一緒に帰ったこともある。
「うん。今は前向きになってる。巧の件も含めて、生徒会で実現したいことがあるんだ」
「そうなんだ。応援するよ」
「ありがと」
支持者が増えてる気がする。
僕のチラシ配りを見ていた遠野が、近づいてきて手を差し出した。
僕はその手にチラシを置いた。
「さすが、金の掛け方が違うね」
「別にお金払って作ったわけじゃないよ。三年の先輩が自分のパソコンで作成したんだよ」
「ふーん。でもそういうカッコつけている感じが苦手な人間もいるだろうな。結局、人気者で大事な生徒会まで回されたら、たまったもんじゃないけどなー」
遠野の言い方にカチンときた。
「そうやって選民意識を持っているのは、どっちだよ。勝手に人のこと選別して、自分は上から見下ろした気になっているのはどっちだよ!」
「な、なんだよそれ!」
「カッコつけても、人気あっても、みんな対等なんだよ! 自分たちだけ特別だなんて誰も思ってないよ!」
僕の声に教室にいた人たちの目が集まった。
僕はチラシを持っていた手をわなわなと震わせたまま、次の教室に向かった。
こんなに人に対して、声を荒げたのは生まれて初めてだった。
でも、手は震えていても、心の中は爽快感で満たされていた。
二年一組から四組まですべて回った。
教室にいた人にはとりあえず受け取ってもらった。
中にはゴミ箱に捨ててる人もいるかもしれない。でも、僕は確実に一人一人に手渡せた。
それだけで、やりきったという充実感に溢れた。
残ったチラシを、対策室に戻すために向かうと、昆野先輩が部屋から出てきた。
「よぉ、さっきカッコ良かったな」
「え? 僕がですか?」
「うん。選民意識がどうの~って声張りあげてただろ」
聞かれた!
どうして、いっつもそういう場に昆野先輩がいるんだよ!
「二年の教室回ってたんですか?」
「いや、グラウンドとか体育館とか一通り回り終わったから、各階を確認しに行ったら、お前が怒鳴っているのが聞こえたからさ。スゲーなあって、感心してたの」
「ちょっと、興奮しちゃいました」
知っている人に見られていたかと思うと、恥ずかしいというよりも、照れ臭かった。
「ああいうことを面と向かって言えるなら、期待できそうだな」
「はい。絶対に太刀山先輩を当選させます!」
「だな。頑張ろうや」
昆野先輩は僕の肩を軽く叩くと、階段を降りて行った。
「あ、まずっ! 授業始まっちゃう!」
僕は慌てて、部屋に残りのチラシを置くと、階段を二段飛びで降りた。
🔸🔸🔸
「今日はみんな、ご苦労様。チラシはほぼ全校に行き渡ったと思う。ポイ捨てされているのも、見ちゃったけど、まあそれは想定内だから。配布している中で、何か反応あったかな?」
放課後、チラシ配布の状況シェアが行われた。
各々、手ごたえを発表している。
「奥が、闘っていたのが印象的だったな」
ゲッ! 昆野先輩がみんなの前でそれ言うかー
「どういうこと? オックン喧嘩でもしたのか?」
「ち、違います! 柿谷陣営の奴がチラシのことでエラそうなことを言ってきたので、頭に来てちょっと声を荒げただけです」
「へー、温和なオックンが声を荒げることあるんだね。凪は見てたのか?」
「たまたまね。二年の階がどうなっているか見に行ったら、啖呵切っている奴がいた」
昆野先輩が珍しく、口角を上げて笑っている。
そんなに面白かったのかな?
「いいね、そういう闘争心を持っていると勝てる気がする。頑張ったね、オックン」
「はい。絶対勝ちたいです!」
「うん。絶対勝ちに行こう!」
「勝とうぜー!」
「いけるっしょ! あいつら潰そうぜー」
士気が上がるというのはこういう光景を言うのかな。
僕も自然と声を出していた。
全校集会で行われる、会長選挙の公約発表の原稿を太刀山先輩と昆野先輩と僕とでチェックをする。
他のメンバーは既に帰っていた。
「制限時間内に収まるとは思うけど、削るべきか、もう少し増やすべきか」
太刀山先輩が原稿を見ながら迷っていた。
「たった三分しかないんですね……」
「まあ、人の話を三分聞くのってわりと苦痛だけどなー」
昆野先輩の言葉に、言われてみればそうかもと思った。
授業だって、先生が一人で三分話していたら飽きるし。
「タチのアドリブもありだけどな。奥がみんなの前で決意表明した時みたいに。その時湧き出た言葉で話すのは効果ありだろ」
「……俺が石橋を叩いて、叩いて、叩き壊すぐらい慎重だって、わかっていてそれ言うか」
「だからさ。ここで一皮むける、タチを見たいなっていう、俺の願望」
「凪らしいね。その気にさせるのが上手い」
「今に始まったことじゃねーだろ」
「はは、そうやって照れた凪が好きだよ」
二人の会話を僕は黙って見ていた。
とても、僕が軽々しく口を挟める空気じゃなかった。
透明な板が僕と二人の間に立ちはだかるような。
「そうだね。凪の言うことに間違いはないからな……」
「奥もそう思うだろ?」
「え! は、はい……」
透明な板が一瞬にして、消え去った。
「オックンのスピーチは最高だったからね、俺もやってみるよ」
太刀山先輩の笑顔に、口元だけで微笑んだ。
でも、心の中はザラついていた。
明日の昼休みに決行する。
会長の太刀山先輩は主に一年生を、副会長の僕は二年生を担当する。他のメンバーもそれぞれ一年から三年まで満遍なく配布する。
「ということで、明日よろしくー。お疲れさま」
みんなが帰って行く中、僕と太刀山先輩だけが部屋に残り、チラシを整理した。
僕はさっき感じたモヤモヤがすっきりしない中、それでも太刀山先輩と二人になれることが嬉しかった。
「よし。チラシも分けられたし。帰ろうか」
「はい!」
太刀山先輩が僕の頭を軽く、わしゃわしゃした。
嬉しくて、その気持ちを満面の笑みで返した。
「可愛い」
そう言うと、指で僕の顎をつついた。
校舎を出ると、ごく自然に手を繋いだ。
教室に残っている生徒は、ほとんどいないはずだから。
「オックンは良いヒントをくれたと思うよ」
「え? 何がですか?」
「チラシを見てなかったってとこ」
「ああ、すみません」
自分が気まずくなったことを、さりげなくフォローしてくれる。
「謝ることじゃないよ。俺たちの気づきにもなったわけだし。そういう、人が見過ごしそうなことをちゃんとオックンは見てるんだよねー。すごいよ」
「僕は会長である太刀山先輩にフォローされるんじゃなくて、フォローする側になりたいです。そうなれるよう、頑張ります。だから……」
立ち止まると、いきなり太刀山先輩に抱きしめられた。
突然のことに、僕は棒立ちのまま先輩の胸に顔を埋めていた。
心臓の鼓動が早くて、重なった身体から先輩にも届いていたかもしれない。
僕に回した太刀山先輩の腕に力が入る。
それにつられて、僕の宙ぶらりんだった腕を先輩の背中に回す。
僕の鼻を、いつもの香水の匂いがかすめる。
「……オックン。ずっと俺と一緒にいて」
いつものような、余裕のある声ではなかった。
せっぱつまった、切実な声。
「……ずっと一緒にいたいです」
顔を胸に埋めたまま、僕はくぐもった声を出していた。
僕もそう思っていたから。
太刀山先輩が僕に回していた腕の力を抜くと、身体を離した。
僕の首筋に手を回すと、引き寄せ唇を重ねた。
僕は全身が震え、倒れないように必死に先輩の腕を掴んでいた。
ここが学校の敷地内だということを忘れていた。
🔸🔸🔸
木曜日。
昼休み、僕たちはチラシ配布を決行した。
教室でお弁当を食べている人、食堂で食べている人、グラウンドで遊んでいる人など昼休みの過ごし方は様々だ。
そのあたりの漏れを防ぐために、綿密に配布する場所を定めた。
僕は二年の教室に残っている人をターゲットに行動を開始した。
「来週の生徒会会長選挙に立候補している太刀山時です。是非、このチラシを読んで投票をお願いします」
誰、お前?
という顔を何人にされたかわからない。
だって、僕はついこの間までモブだったから。
でも、もうその時の僕じゃない。
チラシを渡すとすぐに、興味を示してくれる人もいた。
「太刀山時ってヒエラルキー上位の勝ち組の人だろ? え、お前知り合いなの? えーと、名前なんだっけ?」
「僕は奥和貴。一応副会長やってるんだ」
「へー、スゲーじゃん。投票する、する。したら紹介してくれる?」
「え! ああ、大丈夫」
「よっしゃー。俺も勝ち組に入れるかも!」
ちょっとズレてはいるけど、興味を持ってくれただけで嬉しかった。
他にも、中学以来話したと言われたり、声出せるんだねと言われたり、いったい今までの僕ってなにものだったんだ? と思わずにはいられなかった。
「オックン、頑張ってるね。巧のことでずっと落ち込んでるかと思ってた」
そう言ってくれたのは、巧とも仲が良かった白石だ。
遊んだりしたことはないけど、何回か一緒に帰ったこともある。
「うん。今は前向きになってる。巧の件も含めて、生徒会で実現したいことがあるんだ」
「そうなんだ。応援するよ」
「ありがと」
支持者が増えてる気がする。
僕のチラシ配りを見ていた遠野が、近づいてきて手を差し出した。
僕はその手にチラシを置いた。
「さすが、金の掛け方が違うね」
「別にお金払って作ったわけじゃないよ。三年の先輩が自分のパソコンで作成したんだよ」
「ふーん。でもそういうカッコつけている感じが苦手な人間もいるだろうな。結局、人気者で大事な生徒会まで回されたら、たまったもんじゃないけどなー」
遠野の言い方にカチンときた。
「そうやって選民意識を持っているのは、どっちだよ。勝手に人のこと選別して、自分は上から見下ろした気になっているのはどっちだよ!」
「な、なんだよそれ!」
「カッコつけても、人気あっても、みんな対等なんだよ! 自分たちだけ特別だなんて誰も思ってないよ!」
僕の声に教室にいた人たちの目が集まった。
僕はチラシを持っていた手をわなわなと震わせたまま、次の教室に向かった。
こんなに人に対して、声を荒げたのは生まれて初めてだった。
でも、手は震えていても、心の中は爽快感で満たされていた。
二年一組から四組まですべて回った。
教室にいた人にはとりあえず受け取ってもらった。
中にはゴミ箱に捨ててる人もいるかもしれない。でも、僕は確実に一人一人に手渡せた。
それだけで、やりきったという充実感に溢れた。
残ったチラシを、対策室に戻すために向かうと、昆野先輩が部屋から出てきた。
「よぉ、さっきカッコ良かったな」
「え? 僕がですか?」
「うん。選民意識がどうの~って声張りあげてただろ」
聞かれた!
どうして、いっつもそういう場に昆野先輩がいるんだよ!
「二年の教室回ってたんですか?」
「いや、グラウンドとか体育館とか一通り回り終わったから、各階を確認しに行ったら、お前が怒鳴っているのが聞こえたからさ。スゲーなあって、感心してたの」
「ちょっと、興奮しちゃいました」
知っている人に見られていたかと思うと、恥ずかしいというよりも、照れ臭かった。
「ああいうことを面と向かって言えるなら、期待できそうだな」
「はい。絶対に太刀山先輩を当選させます!」
「だな。頑張ろうや」
昆野先輩は僕の肩を軽く叩くと、階段を降りて行った。
「あ、まずっ! 授業始まっちゃう!」
僕は慌てて、部屋に残りのチラシを置くと、階段を二段飛びで降りた。
🔸🔸🔸
「今日はみんな、ご苦労様。チラシはほぼ全校に行き渡ったと思う。ポイ捨てされているのも、見ちゃったけど、まあそれは想定内だから。配布している中で、何か反応あったかな?」
放課後、チラシ配布の状況シェアが行われた。
各々、手ごたえを発表している。
「奥が、闘っていたのが印象的だったな」
ゲッ! 昆野先輩がみんなの前でそれ言うかー
「どういうこと? オックン喧嘩でもしたのか?」
「ち、違います! 柿谷陣営の奴がチラシのことでエラそうなことを言ってきたので、頭に来てちょっと声を荒げただけです」
「へー、温和なオックンが声を荒げることあるんだね。凪は見てたのか?」
「たまたまね。二年の階がどうなっているか見に行ったら、啖呵切っている奴がいた」
昆野先輩が珍しく、口角を上げて笑っている。
そんなに面白かったのかな?
「いいね、そういう闘争心を持っていると勝てる気がする。頑張ったね、オックン」
「はい。絶対勝ちたいです!」
「うん。絶対勝ちに行こう!」
「勝とうぜー!」
「いけるっしょ! あいつら潰そうぜー」
士気が上がるというのはこういう光景を言うのかな。
僕も自然と声を出していた。
全校集会で行われる、会長選挙の公約発表の原稿を太刀山先輩と昆野先輩と僕とでチェックをする。
他のメンバーは既に帰っていた。
「制限時間内に収まるとは思うけど、削るべきか、もう少し増やすべきか」
太刀山先輩が原稿を見ながら迷っていた。
「たった三分しかないんですね……」
「まあ、人の話を三分聞くのってわりと苦痛だけどなー」
昆野先輩の言葉に、言われてみればそうかもと思った。
授業だって、先生が一人で三分話していたら飽きるし。
「タチのアドリブもありだけどな。奥がみんなの前で決意表明した時みたいに。その時湧き出た言葉で話すのは効果ありだろ」
「……俺が石橋を叩いて、叩いて、叩き壊すぐらい慎重だって、わかっていてそれ言うか」
「だからさ。ここで一皮むける、タチを見たいなっていう、俺の願望」
「凪らしいね。その気にさせるのが上手い」
「今に始まったことじゃねーだろ」
「はは、そうやって照れた凪が好きだよ」
二人の会話を僕は黙って見ていた。
とても、僕が軽々しく口を挟める空気じゃなかった。
透明な板が僕と二人の間に立ちはだかるような。
「そうだね。凪の言うことに間違いはないからな……」
「奥もそう思うだろ?」
「え! は、はい……」
透明な板が一瞬にして、消え去った。
「オックンのスピーチは最高だったからね、俺もやってみるよ」
太刀山先輩の笑顔に、口元だけで微笑んだ。
でも、心の中はザラついていた。



