それでは、多数決をとります。


 合同補修が始まってから約1時間が過ぎた。
 優弥が多数決により死に、これで3人の生徒が倒れたことになる。遺体は今も教室の床に転がったままで、ピクリとも動いていない。最初の頃はドッキリか何かかもと期待していた生徒もいたみたいだが、現在に至ってはもはや全員がこの補修の意味を理解していた。

「いつになったら、終わるのかな……」

 翔子が思わずといった様子で呟いた。目の前で3人の生徒が亡くなって相当参っているらしく、顔は土気色になっている。
 そんな彼女の誰ともなしに尋ねた問いには、未蘭が答えた。

「確か、最初の説明で質問は全部で6種類あるって言ってたから、例題を除くとあと3つ?」

 これまで出題された問いは3つ。今出されている問いで4つ目だ。
 残り半分となった今で、各問につき1人が多数決で死んでいる。つまり、同じようにして進んでいけば、あと3人が死に、残りの生徒は生き残るはずだ。
 もしかしたら、最後まで生き残れるかもしれない。
 そう思って、半ば安心している生徒もチラホラといた。
 しかし、大半の生徒は未だ不安そうに顔を歪め、腫れ物の触るような視線をスクリーンに向けていた。

「で? ほら、さっさと次行こ。凛堂、次の仕切り役を選びなよ」

 明梨がイラつきをにじませた口調で言う。先ほど自身の思い描いたストーリーにならなかったことで、余裕がなくなっているらしい。隣にいる華奈やららは、八つ当たりされないようにと静かに縮こまっていた。
 一方、苛立ちの矛先を向けられた瑠々花は、覚悟を決めた表情で言い返した。

「今度はそっちが選んでよ、久瀬さん」
「なに?」
「だって、公平公正に行かないとなんだよね? だったら、この仕切り役の仕組みを作った久瀬さんにも、一度はちゃんと選んでもらわないと」
「はあ? アンタ、何様のつもり?」

 眉間に皺を寄せ、怒り心頭とばかりに明梨は瑠々花に詰め寄った。
 教室内に緊張が走る。
 しかし、そんな緊張を破るように未帆乃が口を開いた。

「確かにそう。この提案内容は、指名した側が恨まれやすい。提案者がそのリスクを背負わないのは不公平よ」
「私もそう思う。選んで、久瀬さん」

 未蘭も加わり、これまで相対した3人に逆に詰められ、流石の明梨もたじろいだ。ややあって、あからさまな舌打ちとともに隣にいる華奈を見やる。

「華奈。アンタがやって」
「えっ!? あたし!?」

 いきなり矛先を向けられた華奈は当然狼狽える。しかし、明梨は続けて何事かを小声で囁いた。すると、みるみる華奈の顔から不安の色が消えていく。

「なるほどね、わかった」

 大きく頷くと、華奈は今しがたまでの狼狽が嘘のように仕切り始めた。

「それじゃあみんな、時間もないから質問4への回答よろしく〜」

 暗くぴりついた空気に似合わない、陽気な声が響く。何人かが眉をひそめたが、すぐに自身の手元へと視線を落とした。
 回答の時間だ。自身の命運を左右する、運命の時間。
 4つ目の質問は、『いじめの傍観者は、共犯にあたるか?』だ。
 今回は、迷っている人が多いようだ。これまでの中で一番回答に時間を要した。
 5分ほど経ってようやく、スクリーンが切り替わった。

『全員の回答が終わりましたので、独自世論調査の結果を公表します。
 1 共犯にあたる……56.3%
 2 共犯にあたらない……43.7%
 よって、「2 共犯にあたらない」に回答した生徒の中から死ぬべき人を多数決で決定してください』

 今まで以上に、教室内がざわついた。
 次いでスクリーンに表示された少数派側の生徒一覧に、みんなが一様に目を見張っていた。

【「2 共犯にあたらない」に回答した生徒一覧】
 凛堂瑠々花
 前里慶介
 斉藤獏
 袴木奏
 白谷翔子
 的屋卓巳
 羽山華奈
 多谷伸吾
 浦戸蓮
 玉角歩実

「10人……」
「嘘……そんな、ことが?」
 
 現在、教室内にいるのは全部で17人だ。
 補修対象生徒の過半数が、世間で少数派となった瞬間だった。


 *


 これまで、運営側が提示する世間の少数派と補修対象者内での少数派は一致してきた。
 それは少なからず、生徒たちの心の支えになっていた。残りの質問数も少ない。ただ純粋に回答していけば、自身が多数決で殺される可能性は低い。なにせ、最初の段階で少数派に入ることがまずあまりないのだから。
 しかし今回、それがひっくり返った。

「ははっ、こりゃあいい!」

 騒めく室内に、ひと際大きな声が響いた。眼鏡を直し、歪んだ笑みを浮かべている理人だった。

「まさかこんなことが起こるなんてね。ようやく最初の質問の時に僕に投票したバカ共に教育ができるってもんだ」
「ち、ちょっと! 今の仕切り役はあたしなんだけど!?」

 理人がしゃしゃり出てきたことで、投票結果に呆然としていた華奈がようやく声を発した。理人は切れ長の目でゆっくりと華奈を見つめる。

「じゃあ、さっさと仕切ってよ。議論する時間、そろそろ10分切りそうだけど?」
「わ、わかってるし! じ、じゃあみんな、一人ずつ『共犯にあたらない』を選んだ理由を」
「バカか」

 理人が鼻で笑う。

「そろそろ10分を切りそうだと言っただろ? 10人全員に話を聞いていたらそれだけで時間切れだ。少しは頭を使え」
「は、はあ!? 何いきなり出てきてキモ! ド陰キャ眼鏡は引っ込んでてよ!」
「だ、誰がド陰キャ眼鏡だ! お前こそ」
「ちょっと二人とも黙って!」

 理人と華奈で言い合いが始まりそうになったところで、未帆乃が間に割って入った。

「時間がないって言ったばかりでしょ! 喧嘩なんてしてる時間ないの。わかってる?」
「うっ……」
「それは……」

 正論を言われて、華奈と理人は口ごもる。二人が黙ったのを見て、未帆乃は続けた。

「これまでのやり方じゃダメ。何か、ほかのやり方じゃないと……」
「他のやり方って?」

 すかさず明梨が訊いてきた。その口元には薄い笑みが浮かんでいる。未帆乃が代案を思いついていると知っていて、敢えて訊いているのが容易に見て取れた。
 未帆乃は忌々しげに明梨を睨んだが、今しがた自身が口にした「時間がない」という言葉を思い出したようで、仕方なく代案を提案する。

「気は進まないけど、告発。この人が、その、投票先に値するっていう理由がある人を、募るやり方」
「ふは、くくっ」

 未帆乃の回答を聞いて、明梨は堪え切れなくなったように笑い声をこぼす。

「ほんっと偽善者。最初はこんなことする必要ないとか言ってたくせに。いい性格してる」
「挑発には乗らない。そうやって敢えて議論の時間を無くして票を散らばらせるのがあなたのやり方だっていうのもわかってるから」

 嘲笑に体を揺すっていた明梨が、途端に冷めた目で未帆乃を見据えた。そして、感心したように肩をすくめる。

「さすが。まあ、いいよ。なら委員長のやり方に乗っかるまで。ウチが投票先候補に推すのは、凛堂」
「っ……!」

 名指しされた瑠々花は身構える。予想はしていたのだろう。額に汗こそかいているものの、慌てた様子はない。

「さっきの投票で、最後こそ唯奈の肩を持ったみたいだけど、本性は友達を信じられない自己中心的なヤツ。こんなヤツ、生きてる価値ないよ」
「久瀬さんこそ、恨まれやすい仕切り役を羽山さんに押し付けたけど?」
「そもそも投票先ですらないウチのことはどうだっていいんだよ。今はアンタのことでしょ? つーか、仕切り役だったのに友達がまさに投票されるその時まで庇うこともせずにただ黙って静観してただけとか、マジ最悪でしょ。ウチはこうして華奈にヘイトが向かないようにサポートしてんの。アンタと違ってね。アンタはまさに『いじめの傍観者』で、『共犯』。それなのに反省の姿勢もなくのうのうと『共犯にあたらない』に入れるとか、どの口が言ってんの?」

 明梨は容赦なく瑠々花を責め立てた。明梨は見た目こそ派手だが、進学校であるこの学校では成績上位に食い込む実力者だ。彼女の言い分には一定の理があり、瑠々花も反論できずに口をキュッと引き結んでいる。

「ほら。何か弁明があるなら言ってみろよ。ほら」
「あ、明梨……そんな強く」
「弱虫は黙ってろよ」

 唯奈が止めに入るも、ぴしゃりと押さえつけられる。唯奈はギュッと目を閉じ、身を固くした。

「唯奈わかってる? 自分を殺そうとしたヤツだぞ? 庇う価値ないってば」
「そ、それは……」
「僕も賛成~。ソイツ、さっき僕のことも殺そうと投票してきたからね。性悪女が」
「華奈も凛堂がいいと思う。時間もないし?」

 明梨の言い分を支持するように、理人と華奈も追随した。
 他の生徒は何も言わない。多数が瑠々花と同じ『共犯にあたらない』と回答している。瑠々花を庇うことで、「じゃあ代わりに死ぬ?」と飛び火することを恐れているようだった。
 だから、何も言わない。ただジッと、成り行きに身を任せている。人によっては、「私も賛成かも」「俺も」と小声で追従してすらいた。
 やがて明梨はまた唯奈を指差し、隣のららにこっちへ連れてくるように言いつけた。ららは大きく頷き、ひとつ前の質問の時と同じように唯奈の手を引く。

「やめて!」

 その時だった。鋭い声が、教室内を走り抜けた。

「瑠々花を、悪く言わないで!」

 声の主は、唯奈だ。ららの手を振りほどき、キッと周囲を睨みつけた。
 全員が呆気にとられ、静まり返る。

「わ、私を殺そうとした? 嘘だよ……る、瑠々花はそんなことしてない! だって、だって、瑠々花は私に投票しなかった! むしろ、明梨たちや荒科くんのほうじゃない! 私に、投票してたのは」
「は?」
「瑠々花は、謝ってくれた。だから、もういいの。私は、瑠々花を許す。私は瑠々花に投票しない。私は、共犯者になんかならない!」

 唯奈は目に涙を浮かべ、呼吸を荒くしつつ叫んだ。そこには迷いはない。真正面から、ふらつきながらも明梨たちに立ち向かっていた。

「唯奈……っ!」

 瑠々花が唯奈に駆け寄り、その身体を支える。「ありがとう……ありがとう……」と、涙声で繰り返しお礼を言っている。
 そんな二人を庇うように、今度は未帆乃が前に立つ。

「私ももちろん、凛堂さんに投票しない。私が投票するのは、あなた」

 ゆっくりと、彼女は指先を明梨の隣に向けた。向けられた当人は、驚愕に顔を歪める。

「あ、あたし!?」

 華奈だ。今回の仕切り役だったはずだが、すっかり明梨の背後に隠れていた。

「ど、どうしてあたしなの!?」
「どうして? どうしてあなたがそれを言うの?」

 未帆乃はわからないとばかりに肩をすくめた。

「いじめに関しては、10人の中だとあなたが一番詳しいでしょ? 高校ではもちろん、中学の時もよく気に入らない子をイジメてたそうじゃない?」
「は、はあ? いじめてないって。証拠でもあるわけ?」

 未帆乃の追及に華奈が言い返すと、後ろから一人の女子が前に出てきた。

「アタシ……いじめられてた」

 弱々しい声で手を挙げたのは、玉角歩実だ。未帆乃の背後にくっつくようにして隠れている。

「私もさっき知ったんだけどね。中学の時にあなたがやってたっていういじめの写真、いろいろ見せてもらった。多数決でどうしても死ぬべき人を決めないといけないっていうなら、私はあなたを選ぶ」
「は、はあっ!? 適当なこと言うなし!」

 華奈は大股で未帆乃のほうへ近づくと、その肩を思い切り突き飛ばす。

「痛っ」
「お前も、何適当なこと言ってんだよ!」
「きゃっ!?」

 さらに未帆乃の後ろにいた歩実をどついた。歩実が手に持っていたスマホが音を立てて床に落ちる。
 その時だった。

『あははは! マジサイコーじゃーん! 水も滴るいい女ってやつ?』

 歩実のスマホから、軽薄そうな高笑いが鳴った。続けて、バケツをひっくり返したような水音が聞こえてくる。

『ちゃんと録画してる? これ、後で編集してバズらせるんだから、しっかり撮っといてよ』
「ちょ、何これ!」

 動画だった。さらに先へ進もうとしている映像を、華奈が慌てて止めた。
 しかし、もう遅い。
 そこに映っているのは、制服こそ違えど間違いなく華奈だ。

「これと似た動画、少し前に私もSNSで見たから覚えてる。『拡散希望』とか『イジメ撲滅』とかってタグ付けされてた。でも、この動画じゃない。私が見た動画は、そのひとつ後に保存されてるもの」

 未帆乃は茫然自失としている華奈の手からスマホを奪い取り、次に保存されていた動画を再生した。

『あははは! マジサイコーじゃーん! 水も滴るいい女ってやつ?』

 全く同じ音声が流れる。バケツの水音も変わらない。

『ちゃんと録画してる? これ、後で編集してバズらせるんだから、しっかり撮っといてよ』
「え!?」

 近くで見ていた未蘭が驚いた声をあげた。未帆乃が動画を止める。
 動画内で振り返った顔は、先ほどと違っていた。
 そこに映っているのは、歩実だ。

「AIを使った合成と編集。あなたは、動画の加害者と被害者を入れ替えてネットに流した。イジメ撲滅とか、耳障りの良い言葉を添えてね。違う?」
「あ、あ、それ、は……」
「消えないデジタルタトゥーを、フェイクで仕立て上げた。最低最悪はあなたのほう。しかも、きっとあなたが『共犯にあたらない』を選んだ理由も、人と違うんでしょ?」

 未帆乃に問いかけられた華奈は、よろつきながら振り返る。その視線の先には、明梨が腕を組んで立っている。

「あ、明梨……」
「ん?」
「ど、どうしたら……」
「んー」

 明梨は暫し考える素振りを見せてから、ゆっくりと言った。

「知らね。ウチ、見てるだけだし」

 その返答がなされると同時に、甲高い鐘の音が鳴った。
 スクリーンには、『まもなく時間です。多数決で死ぬべき人をひとり、選んでください』とあった。

「候補は3人。凛堂、華奈、それとお前、玉角、だっけ。その3人かな」
「待って、待ってよ明梨! あたしを、見捨てないで! あたしの話を聞いて!」

 華奈が悲痛な声をあげるも、明梨は見向きもしない。淡々と、多数決の決をとろうとする。

「んじゃあ、凛堂が死ぬべきだと思う人」

 ひとりも手が上がらない。小さく、瑠々花が息をついた。

「玉角が死ぬべきだと思う人」

 ひとり、手が上がった。華奈だった。明梨はそこでようやく華奈を見やり、すぐに目を逸らした。

「最後。華奈が死ぬべきだと思う人」

 数えるまでもなかった。
 残り全員が、手を上げた。
 彼女と仲が良かったはずのらら、そして明梨自身も。

「んじゃ、華奈。ごめんだけど、そういうことで」
「待って、どうして! あたしは、明梨が、なんとかするからって、だから……!」
「なんとかしようとはした。でもダメだった。ごめん」
「そん、な……」

 華奈は絶望に打ちひしがれ、周囲を見回した。
 そしてすぐに、机にかけてあった通学鞄を狙いも定めずに振り回した。

「見んなよっ! あたしに投票なんかしやがって! 見んなよ! クソがあっ!」

 激昂し、鞄をぶん投げる。近くにあった教科書やノート、筆記用具なんかもところ構わず投げつけた。そして、翔子を庇っている未帆乃に近づくや、涙でぐしゃぐしゃになった顔に薄気味悪い笑顔を貼り付けて、自身のスマホを見せつけた。

「もうすぐあたしは死ぬ! でもただでは死なない! 最後に教えてやるよ! この動画を撮ったヤツ、そしてお前を貶めているヤツが、そこで震えている白谷翔子だっ……」

 言い切る前に、乾いた音が鳴った。と同時に、華奈は口元を押さえ、うずくまるようにして倒れた。
 鉄臭い臭いが充満する。
 華奈は吐血していた。
 そしてそのまま、動かなくなる。

『ちゃんと録画してる? これ、後で編集してバズらせるんだから、しっかり撮っといてよ』

 しかし、彼女の手元では編集前の元動画が流れていた。
 歩実のスマホに保存されていたものはこの音声の後、高笑いを響かせながら水をかけ続けている華奈の姿を最後に途切れている。
 しかし、華奈のスマホにはその続きがあった。

『とりあえずこんくらいでいいか。白谷、いつも通り編集してクラウドにあげといて、それ』
『うん、わかったー』

 たった二言。
 しかし、最後の一言の声は、間違いなく翔子の声だった。

「ど、どういうこと? 翔子」

 信じられないとばかりに未帆乃が問いかける。
 しかし、聞こえていないのか翔子は答えない。

「翔子、ねえ!」

 さらに未帆乃が追求しようとした矢先、甲高い鐘の音が鳴る。
 同時にスクリーンが切り替わり、『以上で、質問4を終わります。続いて、質問5に移ります』と定型文が表示された。
 そして、告げられる。

『質問5 親友と好きな人が被った場合、譲るべきか?』

 5つ目の質問が、淡々と、白抜き文字で回答を迫っていた。