それでは、多数決をとります。


「それで? 夏森はなんで仕切ろうと思ったわけ?」

 スクリーンに表示された新たな質問を一瞥してから、明梨は怪訝そうに尋ねた。

「やっぱこの殺人女を殺すため? だから、立候補したわけ?」
「……まあ、そんなところ」

 未蘭は居心地が悪そうに視線を逸らす。少なからず、自分の行いによって人ひとりが死んでしまったことを悔いているように見えた。
 しかし、明梨は構わず愉快そうに身体を揺すった。

「あはっ。へえ~意外。大人しそうに見えて、夏森にもそういうところあるんだ? なに? もしかして、殺人女が殺そうとしたのが夏森の友達だったとか?」
「関係ないでしょ。それより、次に行かないと時間なくなるよ?」
「ふうん? 誤魔化すわけね」

 そこで、良いことを思いついたとばかりに明梨はさらに口角をあげた。

「あ、そーだ。次の仕切り役はアンタが決めなよ」
「は? なんで?」
「不平等だから。今回はたまたま夏森が仕切り役に立候補したけど、どうせ他にしたい人もいないだろうし。いるならその人でいいけど、誰かいるー?」

 当然、明梨の問いに手を挙げる者はいない。そもそも、一回目の時に明梨が言った通り、仕切り役は少数派に属してしまった人から恨まれる可能性があるのだ。未蘭のような理由でもなければ、わざわざ自分からデスゲームを仕切ろうと思う人はいない。

「やっぱいないでしょ。こんなの決めるために時間を使うのはもったいないし。かと言ってウチらが交互にやるとかも不平等だし。ってわけで、ウチが提案したんだから、選ぶのは任せた夏森」
「……っ」

 未蘭は忌々し気に明梨を睨んだ。ここで仕切り役を指名するということは、すなわち指名された人から憎まれることを意味する。次の質問で自身が少数派に属し、指名された仕切り役の生徒が多数派になってしまえば、命が危うくなる。
 提案した明梨と、指名する未蘭。これ自体も、平等のように見えて実際は不平等だった。
 しかし未蘭は反論することなく、一度時計に目をやってから、「ごめん」と一言謝り、一人の女子生徒を指差した。

「え……あたし?」

 呆けた声で自身を指差すのは、凛堂瑠々花だ。瑠々花は戸惑い気味に視線を右へ左へ泳がせ、自分を指名した未蘭に食ってかかる。

「ちょっと、どうして、なんであたしが!」
「ごめんなさい。理由は、たまたま目についたからです」

 未蘭は深々と頭を下げる。そこには、ついさっきまで真鈴を責めていた時の冷徹な姿勢はない。ひたすらに謝る未蘭を、明梨は実に楽しそうに眺めている。

「ほらほら。指名されたんだから、凛堂仕切らないと。時間なくなるよ?」

 明梨にせっつかれた瑠々花は混乱しつつも前に出る。

「そんな、あたしが仕切るなんて……ゆ、唯奈」
「瑠々花」
「あー唯奈、ダメダメ。ひとりでやらせなよ。いつも頼りきりじゃ、いざという時自分の身も守れないんだからさあ」

 瑠々花をサポートしようとした唯奈を明梨が制止した。さらに明梨は隣にいたららに視線を送ると、ららは応えるように頷き、唯奈の手を引いて明梨の傍まで来させた。
 これで、瑠々花を助けようとする者はいない。
 独り前に立つ瑠々花は、今にも泣き出しそうになっている。
 しかし、時間は刻一刻と過ぎていく。一度の質問に許された時間は、20分だ。

「ちょっと、凛堂」
「わ、わかった、わかったから。えと、じ、じゃあ……皆さん、質問への回答を、お願いします……」

 か細い声ながらも、瑠々花は回答を促した。
 今回の質問は、『悪気のない行為は、人を傷つけたとしても許されるべきか?』だ。
 気の毒そうに瑠々花を遠巻きに眺めていた生徒たちも、回答するとなると空気は変わる。前回は多数派になったとしても、今回も多数派になるとは限らない。
 一分ほど沈黙の時間が流れた後、スクリーンが切り替わった。

『全員の回答が終わりましたので、独自世論調査の結果を公表します。
 1 許されるべき……37.1%
 2 許されるべきではない……62.9%
 よって、「1 許されるべき」に回答した生徒の中から死ぬべき人を多数決で決定してください』
「あ、あ……」

 スクリーンに少数派となった回答者一覧が表示されるや、仕切り役である瑠々花自身が泣きそうな声をあげた。

【「1 許されるべき」に回答した生徒一覧】
 黒瀬唯奈
 小立野優弥


 *


「な、なんで……唯奈、が……」
「へえ? 良かったね、唯奈。望み通り、友達のサポートができそうじゃん」

 明梨は前に出ないようにしていた唯奈の背を、今度は強めに押し出した。
 つんのめるようにして、唯奈が教室の中央に躍り出る。

「る、瑠々花」
「唯奈、どうして……」
「わ、私はただ」
「あ、ちょっと凛堂」

 唯奈の言葉を遮るようにして明梨が声をあげた。

「言っとくけど、友達だからってわざと小立野のほうにヘイトが向くようにするのはナシだからね? 公平公正に、仕切ってよ?」
「……っ、久瀬、さん」

 憎々し気に瑠々花は明梨を呼んだが、小さすぎたためか明梨には届かなかったらしい。薄い笑みを浮かべる明梨を一度だけ睨んでから、瑠々花は細く長く息を吐き出した。

「……わ、わかった。唯奈、ごめん」
「あ、謝らないで……。私が、ミスしただけだから……」

 唯奈は血の気の引いた顔をしていた。
 無理もない。ここへきて少数派の人数が一気に減ったのだ。今回に至っては、優弥と唯奈の二人しかいない。
 そして優弥はというと、またもぼんやりとスクリーンに映った自分の名前を眺めていた。

「じ、じゃあ、唯奈。どうして、そっちを選んじゃったの?」

 瑠々花は優弥へ視線をやったが、どうしても唯奈が「1 許されるべき」を選んだ理由が気になったらしい。問われた唯奈は、視線を床へと落とす。

「私はただ……悪気なくしたことだったら、仕方ないことかなって思って……。人を傷つけようとしてしたことじゃないんだし……許しても、いいんじゃないかなって……思って」

 訥々と唯奈は理由を述べる。その発言に表立って反論する者はいない。ただ遠くから、触らぬ神に祟りなしとばかりに見ているだけだ。
 そして瑠々花は、唯奈の回答に頷きつつも口火を切った。

「唯奈の言うことも、わかる。でも、や、やっぱり人を傷つけちゃったら、ダメなんじゃないかな。悪気のないことでも、ちゃんと人を傷つけた罪は、償うべきだと思う」
「うん、そう、だよね……ごめん」

 唯奈が謝る。これまで多数決で死ぬべき人に選ばれた生徒のように、事を荒立てるようなことはしない。

「ちなみにさ、唯奈にはなんか、過去にしたことあるんじゃないの? 悪気なく、人を傷つけたことが、さ」

 むしろ今回、荒立てようとしているのは外野にいた。胸の前で腕を組んだ明梨が、探るような視線を唯奈にぶつける。

「私は、べつに」
「ほんとに~? だってさ、考えてもみてよ。今ここにいる20人弱の生徒で、『許されるべき』を選んだのは小立野と唯奈のたった二人だよ? 小立野はあんなだからわかるとしても、唯奈がそっちを選んだのは、何かもっと後ろ暗い理由があるんじゃない?」
「違う! 私はべつに」

 唯奈が咄嗟に声をあげると、明梨の横にいた華奈が思いついたように手を打った。

「もしかしてアレ? 浦中の王子横恋慕事件」

 何やらネットのフェイクニュースや漫画なんかでありそうなネーミングの事件名を口にした華奈に明梨が小首を傾げる。

「何それ?」
「いや、あたしね、最初の中学は浦中だったんだけど。そこにいた時に噂で聞いたんだ。テニス部のエースに草間王治ってイケメンがいたのね。通称、浦中の王子。その王子に恋してた女子はめっちゃいたんだけど、その女子たちを出し抜いて王子と付き合ったのが、その時にテニス部のマネージャーにいた『クロセ』っていう女子だったんだって」
「へえ?」

 明梨は意地悪く眉を上げた。

「まあ、当然王子を狙っていた女子たちは嫉妬するんだけど、王子は『俺が好きになった子を悪く言うな』って騒ぎを鎮めちゃったわけ。でも最後まで泣いて王子にダメ元で告白してフラれた幼馴染がいたらしいんだよね。そりゃあ傷つくよねっていう。
んで、その『クロセ』って女子が、もしかしてっていう」
「なるほどね~。で? どうなの? 黒瀬唯奈」

 華奈が話をしているさなか、唯奈は何かを堪えるように唇を噛み締めていた。それは今も変わらず、明梨の問いかけに対してもただ黙って口を引き結んでいる。その沈黙は雄弁に、華奈が語った噂が真実であると物語っていた。

「そ、っか……そうだったんだ、唯奈」
「瑠々花、私は、ただ……」
「わかってる、わかってるよ……唯奈。でも、今は、近づかないで……」

 苦し気に瑠々花は唯奈から距離をとった。
 意図的な迫害や殺害計画に比べれば、その噂の内容は大した内容ではなかった。これだけで「死ぬべきだ」と断罪する人は少ないだろう。
 しかし、今は状況が違った。
 僅かでも他人から不信感を抱かれれば、それが死に直結する局面だった。

「違う、違うの。確かに、王治くんと付き合っていたのは私だけど……私、私は、そんな、自分が許されるべきとか、思ってなんか……」
「あれえ? 唯奈~、ウチはべつに唯奈が、自分は許されるべきだと思っているから『許されるべき』に投票した、なんて一言も言ってないけどー?」

 明梨は我が意を得たりとばかりにツッコむ。気のせいか、唯奈を取り囲む生徒たちが一歩外へと後退った。唯奈は困惑した表情で、周囲を見回す。

「違う、違う違う! 私、私、私は……!」
「もうさ、多数決とればいいんじゃない? 小立野に一応聞いてみてもいいけど、どうせこっちが納得するようなこと言わなそうだし」

 華奈が煽る。数人がスマホを取り出した。明梨も、手に持っていたスマホを胸の前に持ってくる。

「まあでも、一応聞いておくのが公平公正ってものじゃない。おーい、小立野。アンタ、どうして『許されるべき』を選んだわけ?」
「え? まあ、悪気がなかったなら、仕方ないかなあ~って思って」
「ぷっ」

 小さく明梨が吹き出した。この状況において、多数決で投票されそうになっている唯奈と同じ理由をのんびりした口調で答えたことにツボッたみたいだった。

「マイペース過ぎでしょ」
「まあ、優弥らしいけどな」

 しかし、それも優弥なら許される。優弥の性格を知っているらしい生徒は、スマホを操作し始めた。

「待って、待って……! 私は、まだ、死にたくない……!」
「諦めなよ唯奈。まあ、そういう時もあるって。もしかしたら、ギリギリで唯奈が助かるかもよ?」

 明梨も自身の手元を操作し、スマホから多数決の投票を済ませたみたいだった。
 投票先の候補となる生徒が4名以上の時は挙手制だが、今回は唯奈と優弥の2名。つまり、多数決の投票はスマホかタブレットによる行うこととなっている。
 仕切り役であるはずの瑠々花は何も言わず、俯いたままただ場の流れに身を任せていた。スマホに視線を落とし、どちらかをタップした。
 唯奈も涙を流しつつ、スマホで投票を済ませる。言わずもがな、彼女は優弥に投票していた。
 やがて、甲高いチャイムが鳴った。

『それでは、全員の投票が終わりましたので、多数決の結果を発表します』

 黒い背景に、浮かび上がる白抜き文字。それが消えて、二人の得票数が表示された。

『黒瀬唯奈……8票
 小立野優弥……10票
 以上より、「死ぬべき人」に選ばれたのは小立野優弥さんです』
「……え?」

 スクリーンに表示された結果に、初めて明梨が頓狂な声を漏らした。


 *


「……なんで? 投票の内訳は?」

 明梨が半ば独り言のように問うと、それに応ずるようにスクリーンが切り替わった。

【黒瀬唯奈への投票者】
 小立野優弥、久瀬明梨、宇川らら、羽山華奈、荒科理人、前里慶介、浦戸蓮、多谷伸吾

【小立野優弥への投票者】
 黒瀬唯奈、凛堂瑠々花、夏森未蘭、玉角(たまかど)歩実、斉藤獏、波田未帆乃、白谷翔子、的屋(まとや)卓巳(たくみ)、涼川音、袴木奏

「マジ? ほんとに僅差じゃん」
「ていうか凛堂、近づかないでとか言っておいて黒瀬に投票したの?」

 ららが瑠々花に強い口調で訊くと、瑠々花はキッと睨み返した。

「混乱してて、ついあんなこと言っちゃって、それで、思ったの。今のあたし、悪気なく唯奈に酷いこと言っちゃったって。本当に、ただ自分を守りたいだけだった。だから、唯奈には投票しなかった」

 瑠々花は座り込んでいる唯奈の前にしゃがんだ。

「ごめん、ごめんなさい、唯奈。あたしが間違ってた。本当に、ごめん……」
「瑠々花……」

 ほとんと放心状態の唯奈は、良いとも悪いとも言わず、ただ瑠々花と寄り添い合っている。しかし、明梨はそれだけでは納得してない。

「……夏森と波田は、ウチらへの当てつけ?」
「いや。というか、私たちはみんな黒瀬さんよりも小立野くんのほうを嫌っている、ということだと思うけど?」
「なに?」

 未蘭の返答に、明梨が優弥に投票した生徒たちのほうを見ると、一様に目を逸らした。その中で、音が意を決したように前へ出る。

「私は、小立野くんのせいで身バレした。たくさんの人に弾き語りの動画を見て聴いて欲しいって言ったら、小立野くんは私の正体を含めてあちこちに喧伝して回ったの。私は、そんなこと頼んでない」

 音が投票理由を言うと、続いて未帆乃も口を開く。

「私は翔子と前に大喧嘩したことがあって、それを知った小立野くんが私と翔子を騙して視聴覚室に二人きりにしたの。しかも鍵までかけてね。気まずいったらなかったし、危うく大喧嘩がさらに悪化するところだった」
「しっかり話したいって、相談、しただけだったのに……あの時は、ほんとに困った」

 翔子も未帆乃に続く。
 明梨に萎縮していた他の生徒も言いやすくなったのか、次々と理由を口にした。
 優弥に道を教えてもらったら、全くべつの場所の道を案内された。後で、優弥が方向音痴だったと知ったこと。
 小学生の頃に優弥に消しゴムを借りたら、それは別の子の持ち物で又貸しだった。盗まれたと疑われて潔白を証明するのが大変だったこと。
 先生から頼まれ、重い持ち物を持っていた時に優弥が手伝ってくれたが、誤って優弥が壊してしまった。先生に謝りに行く時、優弥は一緒に来てくれず、先生には他人のせいにするなと怒られたこと。
 優弥の性格は、多くの生徒に傷を与えていた。
 しかし、次々と言われる理由にも関わらず、優弥はスクリーンを見続けていた。
 やがて、優弥に投票した理由が全て語られると、それを待っていたかのように優弥は振り返った。

「みんな、ごめん……」

 それが最後の言葉だった。
 乾いた音が響いたかと思うと、優弥は膝を折って前のめりに倒れた。
 短い悲鳴と、机や椅子が転がる音が響く。彼を心配する者の声は、ひとつもなかった。

『以上で、質問3を終わります。続いて、質問4に移ります』

 鐘の音が鳴る。
 未だに慣れないようで、何人かの生徒の肩がびくりと跳ね上がった。
 ゆっくりと、視線がスクリーンに集まる。

『質問4 いじめの傍観者は、共犯にあたるか?』

 息を呑む気配が、一際に濃く、教室内に満ちていた。