それでは、多数決をとります。


 氷室木秀真が倒れ、その死がほぼ確実だとわかると、教室内は半ばパニックに近い状態になっていた。

「なんで、こんなことに」
「クソ、誰だよ! 僕をこんなデスゲームに参加させたヤツは」

 一度多数決の投票先にまでなってしまった未帆乃は泣き、理人は苛立たし気に壁を蹴っている。当然だ。もし一歩間違っていたら、床に倒れているのは秀真ではなく自分だったかもしれないのだ。
 そしてその矛先は、自分を投票した者たちへと向けられた。

「おい、お前ら! よくも僕の時に手を上げてくれたな! 絶対許さないから」

 殺気を含ませた、冷たく棘のある物言いに、瑠々花は身体を抱き締めるようにして縮こまっていた。その隣では、唯奈が「大丈夫。大丈夫だから」と瑠々花の背中をさすっている。

「これ、ほんとに続けるの? もう、やめたい……」

 瑠々花の呟きは切実なものだった。
 同じようなことを繰り返し唱えている生徒は他に何人もいた。
 けれど、終わらない。そうした生徒たちを憐れみ、補修を中断するような甘さは運営側にはないようだった。
 先頭に立って議論や多数決を主導してきた明梨はしばらくそうした教室内の様子を眺めていたが、やがて小さく息を吐いて言った。

「はい、とりあえずウチは一回やったから。二回目は、他の誰かが仕切ってよ」

 唐突な発言に、パニック状態だった教室内が静まり返った。おそらく、まさか明梨がそんなことを言い出すとは誰も思っていなかったんだろう。彼女の近くにいたららが戸惑いがちに口を開く。

「え、明梨。どうしたの、急に」
「急も何もない。仕切りとか、絶対嫌われるじゃん。でも誰かがやらないといけないんでしょ。だったら、とりあえず一番大変な初回にウチはやった。残りは誰かべつの人にやってもらいたいって思っても、特に不思議はないでしょ?」

 どこまでも正論な明梨の言葉に、ららは言い返せずに力なく肯くだけだ。他の生徒の口からも、非難の声があがることはない。
 でもそうなると、誰が進行役をするのか。
 突如として渦巻いた押し付け合いの空気を破ったのは、震えた女子生徒の声だ。

「じ、じゃあ、次は私がやる」
「え、未蘭?」

 テニス部に所属しているスポーツ女子、夏森未蘭が前に進み出ていた。未蘭と仲の良いバドミントン部所属の玉角歩実は目を見張っている。いや、歩実だけでなく全員の注目が彼女に集まっていた。

「ふうん? 夏森がするんだ」

 明梨は値踏みするように未蘭を眺める。

「そう。悪い?」
「いや、ぜーんぜん、悪くないけど」

 明梨は薄く笑みを浮かべつつもう一度未蘭を見やり、ついでに歩実にもちらりと視線を向けたが、それ以上は何も言わずに窓際へと引き下がった。
 さらに多くの視線が未蘭に集まる。肝の据わった仕切り方をした明梨とは異なり、どこか緊張や不安の色をにじませながら、未蘭は口を開いた。

「ちょっと思うところがあって。あんまり、気にしないでほしい。
 じゃあ、時間もないので、みんな回答してください」

 言葉少なめに言うと、未蘭は自分のスマホから回答を始めた。
 未蘭が立候補したことに怪訝な表情を見せる生徒もいたが、誰一人として反対の意を唱えることはなく、未蘭の指示通りに黙々と回答していった。谷水先生に続き、秀真も死んだとあっては、既に抗うという選択肢は誰の頭にもないようだった。
 今回の質問は、『SNSにおいて、裏アカウントやサブアカウントは持つべきか?』だ。先ほどの質問よりも身近であるためか、回答終了までにそこまで時間はかからなかった。
 やがて、全員の回答が終わると、スクリーンに映し出されていた文字が切り替わった。

『全員の回答が終わりましたので、独自世論調査の結果を公表します。
 1 持つべき……71.6%
 2 持つべきではない……28.4%
 よって、「2 持つべきではない」に回答した生徒の中から死ぬべき人を多数決で決定してください』

 前回と同じような文言の後に、今回も少数派である「2 持つべきではない」を選択した生徒の一覧表が表示された。

「そん、な……」
「なんで、どうして……!」

 悲痛な声が二つ、教室内に零れ落ちた。
 無理もない。
 まさか今回も少数派になるとは、思ってもみなかっただろうから。

【「2 持つべきではない」に回答した生徒一覧】
 波田未帆乃
 多谷伸吾
 小立野優弥
 三友真鈴


 *


「それじゃあ、申し訳ないけど、少数派になった4人は、順番になんで『持つべきではない』を選んだのか、教えてくれるかな?」
「そんなの、必要ないからに決まってるでしょ!」

 未蘭の問いかけに、2回連続の少数派となってしまった未帆乃は声を荒らげた。

「匿名なのをいいことに、あることないこと陰口みたいに書きまくって……。そんなことをするためのアカウントなんて、持つべきじゃない!」
「でも、趣味アカとかならいいんじゃないの~?」

 明梨が小馬鹿にしたような口調で反論した。

「本アカだと恥ずかしいこととか、普通誰でもあると思うけど?」
「じゃああなたは、そういう趣味アカがあるっていうの?」
「いや? ウチは持ってないけど。持ってるのは、今日も委員長ウザかったね~って話す愚痴アカとか」
「また……! ほら、そうやってすぐに……!」
「ま、待って未帆乃……!」

 今にも掴みかかりそうな未帆乃を、隣にいた翔子がどうにか押し留めた。未帆乃の顔は、怒りなのか恥ずかしさなのか、真っ赤に染まっている。
 未蘭はそんな未帆乃の言動を心配そうに見つめつつも、視線を壁際でうずくまっている伸吾へと向けた。

「多谷くん。ごめんだけど、教えてくれないかな?」
「……趣味アカとか、そういうのは考えてなかった。俺もどちらかといえば、波田さんと同じような考えで、悪口を言うための裏アカをイメージしてた」
「そっか」

 深くは追求せず、未蘭はすぐに伸吾の近くで呆然と立ち尽くしていた優弥へと矛先を変える。

「小立野くんは? どうして?」
「え? いや~なんていうか、裏アカとかサブアカって、自分の名前を出したくない時に使うアカウントだと思うんだけど、そういうの、ないほうがいいなあ~って思っただけで」
「え、あ、えと、それは、どうしてそう思ったのかな……って」

 要領を得ない優弥の返答に、未蘭は眉尻を下げる。
 優弥はしばし空中を見つめながら考え、やがて言った。

「なんとなく?」

 取り繕うでもなく、言い訳を考えるでもなく、素直に思ったと言わんばかりに優弥は小首を傾げた。自分が言ったことにまるで問題を感じていないふうだった。優弥の反応は予想の斜め上だったらしく、今度は未蘭のほうがポカンと口を開けて呆けている。

「ハッ、ほんと、昔からそういうヤツだよね、君は」

 今回は多数派に回った理人が見下すように鼻を鳴らした。

「何も考えてない。直感的に物事を判断して、直感的に動いてしまう。変わってないね」
「ははっ。幼馴染の理人にそう言われると、なんか照れるなあ」
「褒めてないし、笑う場面じゃないだろ。自分の状況わかってるのか?」

 忌々しげに理人は舌打ちをする。しかし暖簾に腕押し、優弥は慌てることなく「困ったことになったとは思ってる」と軽く眉を下げただけだった。
 感情的になっている未帆乃、無難に答える信吾、マイペースで掴みどころのない優弥。これで3人が理由を答えた。そして最後のひとりは、未帆乃、信吾と同じく前回の質問でも少数派に属していた真鈴だ。

「……じゃあ、最後。あなたは、どうして『持つべきではない』を選んだの?」

 極めて静かに未蘭は訊いた。
 真鈴は、自身がまたも少数派に属してしまったというのにあまり慌てた様子はない。かといって、優弥のように全く別の感性で考えているふうでもなかった。教室の後方で、スクリーンに映った自分の名前を見つめている。

「私は、裏アカとかサブアカに、あんまり良い印象がなかったから。だから、そんなものは持たないほうがいいと思った。ただ、それだけ」

 視線を留めたまま、真鈴は端的に答える。感情の読めない、淡々とした声だ。そんな彼女の様子が不満なのか、未蘭はそれと見てわかるほどに顔をしかめた。

「本当に?」
「うん」
「本当に、良い印象がなかったの?」

 探るように未蘭は質問を繰り返す。

「何が言いたいの?」

 そこで初めて、真鈴は視線の先を未蘭へと移した。未蘭は心配そうに見守っている歩実のほうを一瞥してから、声を落として言った。

「単刀直入に言う。私は、この多数決で、あなたに投票しようと思ってる」

 唐突に投げ込まれた衝撃の言葉に、それまで涼しい顔をしていた真鈴の表情が明らかに曇った。

「なんで?」
「あなたが嘘をついているから。裏アカとかサブアカに良い印象を持ってないとか言っておいて、自分は持ってるんでしょ?」

 驚愕ゆえか、真鈴の目が見開かれる。その反応から答えは明白だった。何も言わない真鈴に構わず、未蘭は言葉を続ける。

「べつに持ってること自体は悪くない。私も趣味アカはあるし。
 でも、あなたは嘘をついた。あなたは、本当は裏アカとかサブアカに良い印象を持っていないどころか、むしろ楽し気に積極的に利用しているでしょ?」
「何を、言って……」
「これ」

 未蘭は手元のスマホを操作し、画像フォルダから一枚のスクショ写真を見せてきた。そこには、都内で開催している人気ミステリー謎解き企画のキャラがアイコンに設定されたアカウントのホーム画面が映っていた。
 写真を見るや、真鈴はみるみる青ざめていく。

「あ……な、んで」
「なんでかは言えない。ただ、私は知っている。あなたがここで、殺人計画を立てていたことを」

 教室がざわめいた。真鈴の近くにいた生徒たちは、すぐさま彼女から距離をとる。

「あなたはこのアカウントで、仲良くなった人に自身の殺人計画を話していた。殺したいのは中学の時の友達。理由は確か、裏で自分の悪口を散々に言われていたから。どこか、間違ってるところはある?」
「なんで、どうして、テリーちゃんに言ったことを…………まさか、アンタが?」

 聞かれて、未蘭は小さく首を横に振る。

「私じゃない。でも、そうね。あなたがその『テリーちゃん』とやらに、やたらと楽しそうに殺人計画を話していたのを、私は知っているの。殺害する時間も、場所も、凶器も。死体の後片づけの方法まで。まさしくミステリー好きに相応しい、練り上げられた計画だったって」
「違う、違う……。あれはその、冗談のつもりで……」

 真っ青な顔で強く頭を横に振る真鈴。否定しないあたり、どうやら中学の時の友達の殺害計画を企てたのは事実のようだった。
 教室の空気が鋭く、冷たくなっていく。

「マジで?」
「え、ドン引きなんだけど」
「殺すとか人として終わってない?」
「殺そうとしたなら、殺されても文句言えないよね」

 猜疑が、軽蔑が、恐怖が、真鈴に集中していく。
 真鈴はそれらを振り払うように髪を乱して首を振り、頭を抱えた。

「違う違う違う! 悪いのは私じゃない! 私はただ憎くて、それを発散させるためにミステリー仲間に架空の殺人計画を話しただけ! ただのストレス発散! そもそも悪いのは、陰でコソコソと私の悪口を言いふらしていたアイツ! 私は被害者!」
「あなたの悪口を言っていたその『アイツ』とやらも、同じストレス発散だったって言ったら、あなたは許せるの?」

 未蘭は冷静に反論した。狂ったように叫び取り乱していた真鈴は、悔しそうに唇を噛む。

「なんでっ、どうして……私だけが……」
「ねえ、もういいー? ちんたらしてたら時間すぎるんだけど?」

 真鈴の声に被せるように、静観していた明梨が訊いてきた。退屈そうに急かしてくるその態度には、同学年の生徒が殺人計画を練っていたことへの戸惑いも、理由への興味もまるでなかった。
 未蘭はそんな明梨を軽く睨みつつも、「そうだね」と小さく頷く。

「じゃあ、今回除くのは波田さんで。前回は投票先に選ばれたんだし」
「ええ~ウチはソイツに投票したいんだけど。でもまあ、いいよ。どうせ今回も死ぬべき人には選ばれなさそうだしね」

 明梨のぼやきの他は反論も他の意見も出なかった。震えている伸吾、眉を下げてどこか他人事のように佇んでいる優弥、そして顔を両手で覆って何事かを呟いている真鈴の三人の中から選ぶことになった。

「では、多数決をとります。挙手制でお願いします。三友真鈴さんが、いいと思う人」

 未蘭は明梨の時とは異なり、最初に最有力候補の生徒の名前を挙げた。案の定、教室内にいた半数以上が挙手した。すなわち、二人目を待たずして今回「死ぬべき人」は決せられた。

「賛成多数で、三友真鈴さんに決定しました」

 低い声で未蘭が結果を告げる。
 真鈴は変わらず、繰り返しブツブツと独り言を発していた。泣き叫ぶでも暴れるでもなく、祈っているような、ともすれば呪っているような姿で、教室の前方にうずくまっていた。

「信じられない信じられない信じられない私はまた…………ぐっ!?」

 しかしそれも、前回同様乾いた音が鳴った途端に呻き声に変わった。真鈴は苦しそうに喉元に手をやると、そのまま床の上でもがき始める。

「あ……か……ふ……っ」

 僅か数秒。
 息を数回吸って出すだけの時間、彼女はのたうち回ったが、抵抗も叶わずやがて動かなくなった。その間、今回は短い悲鳴だけが聞こえ、それ以上の混乱もパニックも起きなかった。
 また、死んでしまった。
 全員の心の中には、そんな感想だけが浮かんでいるようだった。

『以上で、質問2を終わります。続いて、質問3に移ります』

 高い鐘の音が鳴り、その後ゆっくりとスクリーンの文字が切り替わっていった。
 黒い背景に白抜き文字が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
 そして、次の質問を表示したところで、切り替えは止まった。

『質問3 悪気のない行為は、人を傷つけたとしても許されるべきか?』

 教室内は、異様なほどに、静かだった。