教室に残ったのは、遂に4名だけとなった。
久瀬明梨。黒瀬唯奈。凛堂瑠々花。夏森未蘭。
全員が憔悴し、返り血と埃に制服を汚した酷い恰好をしている。
しかしそれでも、明梨は鬼のような形相で唯奈に掴みかかっていた。
「どういうこと!? ウチが知っている限り、あの女が言っていた各質問に関係する事件なんて、去年唯奈がウチらに頼んできて、粛清して転校させた缶美来のことしか心当たりがない。だったら、唯奈たちは何か知ってんじゃないの!?」
「ちょ、ま、明梨……落ち着いて」
唯奈は苦し気に身をよじり、どうにか明梨の手から逃れた。ゲホゲホと大きくむせる。
しかし、明梨はお構いなしとばかりに今度は瑠々花の制服を捻り上げた。
「ああ、そういえば、元はといえば缶と凛堂、お前ら二人が仲良かったんだっけか。確か凛堂と缶が同じやつを好きになって、缶が譲ってくれたはずなのに蓋を開けて見ればいつの間にか缶が横取りしてたって聞いたけど?」
「そ、そう、だよ……!」
息を詰まらせながらも、瑠々花は強く肯定した。
「唯奈から、やりとり、見せてもらった、はずでしょ。美来は、私に、悠真くんのことを譲ってくれた。応援するって、悠真くんと同じくらい、瑠々花のことが好きだからって、そう言ってくれたの!」
「くっ!」
瑠々花は明梨の手を強引に引き剥がす。
「でも、美来は悠真くんと付き合ってた。私に何も言わずに。せめて言ってくれたら……私は、応援したのに」
はらはらと瑠々花は涙を流す。それでも、すぐに目元を擦って顔を上げる。
「……ふう、ごめん。取り乱した。でも、仮にそのことが関係してるとして、久瀬さんは何が言いたいの?」
「そんなの決まってんじゃん。最後、転校する直前にウチらがしたことに怒ってたよね? あれが不服で、ウチらを集めて仇討ちでもしようって画策したんじゃないの? 今日の補習メンバー、ウチらの元クラスメイトもそこそこいたし。死んだけどね」
明梨は教室を見渡す。そこには、むせ返るような血の匂いが漂っていた。重なり合うようにして何人もの生徒の死体が倒れており、散らかった机や椅子のせいもあって足の踏み場はほとんどない。
瑠々花も同じようにして教室を見やってから、ふるふると首を横に振った。
「違う。やってない。ていうか、そんなことだけでこんな大量殺人を計画しないって」
「じゃあアイツ、缶本人は? 本人から頼まれたか脅されたかして、今の情報を売ったり場を整える手伝いをしたりは?」
「してないって。ていうか、もう美来とは連絡とってないし」
悲しげに瑠々花は眉を伏せる。彼女の語るところによると、この一件以来、美来とは疎遠になっており、転校についても夏休みに入った段階でいつの間にか終わっていたとのことだった。本当なら最後に彼女の真意を確かめておきたかったが、その後はどうやっても連絡がつかなかったという。
「悠真から連絡してもらったりもしたけど、全く音沙汰なくて。確か、妹がいるって聞いたこともあったけど、私は会ったことないし」
「ふん。唯奈はどうなの?」
「わ、私はそもそも缶さんとは面識ないよ。私がしたのは、瑠々花から相談されて、どうにかならないかって明梨に相談しただけだから」
「……ふん」
明梨はどこか迷いを含んだ様子で視線を逸らす。茶髪を振り乱し、むしゃくしゃするとばかりに頭を掻きむしった。
「ったく、成果なしってわけね。あれ、ていうかもうそろそろ時間ヤバい?」
「あ、ほんとだ」
「早く、回答しないと」
時計に目をやると、残り時間は2分を切っていた。まだ回答も済ませていないことも考慮すれば、少数派を見てから議論をする時間もなさそうだった。
今回は回答後、即投票となるだろう。しかし、ここまで人数が減ってしまうと、少数派の生徒がただ一人ということにもなってしまいかねない。実質、少数派側になってしまえば、死の宣告を受けたもほぼ同じだ。
唯奈たちは慌ててスマホを取り出し、表示されている回答欄に手を伸ばす。
今回の質問は、『親友と好きな人が被った場合、譲るべきか?』だ。ルール説明をしていたミライ先生曰く、この質問を入れて残りは2問。あと少しと思えばそうだが、終わりまではまだ、遠い。
「……あれ?」
そこで、何かに気づいたのか、唯奈はハッと顔を上げた。視線だけで、残った人数を数える。
今、この教室にいるのは、4人。
「ね、ねえ……、夏森さん」
「ん? なに?」
「夏森さんって……下の名前、なんだっけ?」
回答をどうにか終えたらしい瑠々花や明梨も視線を上げる。未蘭もとっくに回答を終えているのか、ゆったりと構えている。
「私の名前は、未蘭。夏森未蘭だよ」
「未蘭……」
唯奈の顔には困惑の色があった。戸惑い、迷い、疑い、一度考えを振り払うように首を振ってから、意を決するように口を開く。
「間違ってたらごめんなんだけど、夏森さんは、その、缶さんと関係、ある……?」
稲光が、窓の外に走った。
立ち込める暗雲を背に、未蘭は正面から唯奈を見据える。
「うん。缶美来は、私のお姉ちゃんだよ」
再び、雷鳴が近くで轟いた。
*
唯奈たちは、呆然と前を見つめていた。
その視線の先に立つのは、微笑を湛えている女子生徒、夏森未蘭。
黒く澄んだ長い髪も、先の理人の一件で血に濡れている。
しかし、彼女はまるで気にした様子もなく、横髪を耳にかけた。
「お姉ちゃんって……じゃあまさか、美来が言ってた妹って……」
「うん。私。私と美来お姉ちゃんは、双子の姉妹だから」
何のことはないとばかりに、淡々と未蘭は答えた。そんな態度が気に障ったのか、明梨は早足で未蘭に近づき、あろうことか殴りかかった。
「あっ……!」
咄嗟に、瑠々花が悲鳴をあげかける。けれど、明梨の拳が未蘭に届く前に彼女は一声も発することなくその場に倒れた。
「久瀬さん。あなたはもう用済みだから、死んでいいよ」
ふっと未蘭はスクリーンに目をやる。そこには、少数派の回答者一覧が載っていた。
今回の少数派は「2 譲らない」で、載っていた名前は久瀬明梨、ただ一人だけだ。
「本当は最後まで生き残って欲しかったんだけど、少数派になっちゃったなら仕方ないね。残念。バイバイ」
未蘭の煽るような言葉にも、倒れた明梨は反応しない。どうやら、既に息絶えているようだった。
ピクリとも動かない明梨をもう一度見やってから、未蘭は視線を戻した。細められた眼差しは、真っ直ぐに唯奈と瑠々花に向けられている。
「そしておめでとう、二人とも。よく最後まで生き残ったね。正直、ここまで残るなんて思ってなかった」
パチパチと拍手の音が不気味に響く。唯奈は生唾を飲み込み、瑠々花は怯えた表情で未蘭を見返していた。
数秒手を叩いたのち、未蘭はおもむろに問いかけてくる。
「でも、どうして私が怪しいってわかったの? やっぱり、最後会話に加わらなかったのが良くなかった?」
「……それもあるけど、説明をしていた声の人が『ミライ先生』だっていうのと、テーマになってた『より良い未来をみんなで作ろう』っていうのを思い出して……。どっちも、夏森さんの下の名前の『未蘭』と、缶さんの下の名前の『美来』を合わせた『未来』が入ってるから」
「へえ? そこに気づくんだ」
感心したように未蘭が微笑む。けれど、その笑みはすぐに消えて恨みがましい視線に変わる。
「でも本当なら、そこの凛堂さんに気づいて欲しかったんだけどね」
「……っ!」
びくりと瑠々花は肩を跳ね上がらせる。唯奈の背に隠れるようにしている瑠々花に、未蘭は舌打ちをひとつ放った。
「……ほんと、今もそうなんだ。自分を守ってくれる友達の後ろに隠れて、自分自身は矢面に立たない。卑怯だよね、それ」
彼女の瞳は仄暗い。それは、二つ目の質問を仕切っていた時や、理人の暴走を止めた時とは全く違う暗さだ。
これまでの一連の振る舞いが演技だったことに、唯奈は今更ながら気づいたようだった。二、三回深呼吸を繰り返してから、口を開く。
「夏森さん……どうして、こんなことをしたの?」
未蘭はすぐには答えなかった。
数秒の沈黙を挟んでから、小さく息をつく。
「これは、敵討ちなの。
……死んじゃった、美来お姉ちゃんの」
暗い瞳に、確かな悲しみの涙を湛えて、未蘭は話し始めた。



