それでは、多数決をとります。


 血に塗れた教室に、6人は呆然と佇んでいた。
 先ほどの質問で、一気に4人が死んだ。その原因は間違いなくナイフを隠し持っていた理人で、これ以上使われないようにとナイフは二本とも教室のごみ箱へ廃棄された。
 誰も、何も言わない。
 しかし、時間は平等に、一切の容赦なく、先へ先へと流れていく。

「回答、しないと……」

 瑠々花が、何かに急き立てられるようにスマホを取り出した。それにつられるように、唯奈も未蘭も、明梨でさえもスマホを手に取り、回答画面を凝視している。
 やがて、回答が終わる。
 スクリーンの文字が早々に消え、新たに文字が浮かび上がっていく。

『全員の回答が終わりましたので、独自世論調査の結果を公表します。
 1 共犯にあたる……56.3%
 2 共犯にあたらない……43.7%
 よって、「2 共犯にあたらない」に回答した生徒の中から死ぬべき人を多数決で決定してください』
「前回と、同じ」

 力なく唯奈が呟いた。
 今回の結果は、最初に提示された世論調査の結果内容と同じだった。つまり、前回同様「共犯にあたらない」を選んだ生徒の中から死ぬべきだと思う人を選ぶことになる。
 そして、これまでと同様に、少数派側の生徒一覧が映し出される。

【「2 共犯にあたらない」に回答した生徒一覧】
 斉藤獏
 玉角歩実

「クズどもが……」

 これまでほとんど喋らず、表舞台に出てこなかった獏がか細い声で呟いた。今までであれば聞こえなかったような、千切れそうなほど弱々しい声。
 けれど今は、そんな声ですらもはっきりと聞こえてしまうほどに、全員の気が立っていた。

「ちょっと、聞こえてんだけど? ウチらのこと、クズだって言った?」

 これまでの苛立ちをぶつけるように明梨が問う。獏はハッとし、慌てて視線を床に向けた。

「逃げても無駄だかんね? 今回の投票先候補は2人だけ。同数だったら全員が死ぬわけだし、死ぬ確率は50%以上よりも高いから。ちゃんと答えないと、アンタに投票するよ?」
「……ッ!」

 投票する。
 その言葉に、弾かれたように獏は顔を上げた。そして、ぽつぽつと言葉を落としていく。

「はい……言いました……。でも、それは、反射的に、というか」
「反射的に、ウチらのことをクズだと思ったわけ?」
「あ、や……そういう、わけでは……」

 また獏は視線を伏せる。その態度に、明梨はカツカツと靴底で床を叩き、苛立ちを露わにしていた。

「ウジウジしてんなよ、ムカつくな。アンタ、それでも男なわけ?」
「う……い……っ」
「あーもういい。ウチ、お前みたいなクソ陰キャマジで嫌いなんだよね。もういい。ウチはアンタに投票する。あとは他の3人に命乞いでもし」
「うるさいっつってんだよ!」

 踵を返した明梨に、獏は背後から飛びついた。
 そしてそのまま、首に手をかけて締め上げる。

「あ……が……」
「僕だってお前みたいな女、クソ嫌いなんだよ! いつもいつも僕らみたいなのを陰キャ陰キャってバカにしやがって! そんなお前が『イジメの傍観者は共犯にあたる』だなんて真っ当なほうに投票してんじゃねーよ! このクズがっ!」

 獏はギリギリと明梨の首を絞めていく。彼はそこまで体格が良いほうではないが、それでも力は女子の明梨よりも上だった。いくら明梨が振り払おうとしても、力が弱まる気配はない。

「こ……て……め……」

 明梨の顔が真っ赤になっていく。それでも力を緩めない獏に、誰かが飛びついた。

「やめて! もうやめてよ、獏ちゃん!」

 歩実だった。真横から全身で飛びついたことで、獏はそのまま床の上を転がった。辛うじて明梨は一命をとりとめ、大きく咳き込んでいる。

「あゆちゃん、止めないで。僕は、僕らはもう……」
「それでも、ダメ! 人を殺しちゃ、ダメ!」

 もう一度明梨の首を絞めに行こうとする獏を、歩実は必死に抱き締め、止めていた。その間に唯奈たちは明梨のところに駆け寄り、獏から距離をとらせる。

「獏ちゃん、落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから……」
「大丈夫……じゃないよ。今回の投票で、僕かあゆ、どちらかが死ぬ。これはもう……決定事項だ」

 獏は歩実を振りほどくことを諦め、その場にうずくまった。すすり泣く声が、微かに響いてくる。
 そんな獏の背中を、歩実は丁寧な手つきでゆっくりと撫でていた。

「うん……そだね。だから、ここは歩実に任せて」

 そう言うと、歩実はおもむろに立ち上がり、唯奈たちのほうへと歩いていく。

「玉角、さん……?」

 全員が思わずといった様子で身構えた。理人の一件があったからだろう。いつでも逃げられるように、体勢を低くしている。

「大丈夫、です。歩実はべつに、刺そうとしてるんじゃないんで」

 歩実は教室の中ほどで立ち止まると、凶器は何も持ってないとばかりに制服の上着を脱ぎ、スカートも脱いでブラウスと短パン姿になった。確かに、そこには特に気になる物は何もない。

「私がここに来たのは、これを取りに来たからです」

 歩実は足元にあった一冊のノートを拾った。
 それは血で真っ赤に染まっていた。しかし、表紙の文字は辛うじて読めた。

「そ、それって」
「弱みノート。荒科くんが転んだ時、ここに落ちたのを見ていたので」

 歩実はこれまでそれを手にした生徒がしたように、中身を捲っていった。しかし、血で濡れているせいかすぐに捲ったページは破れていく。それでも、歩実は手を止めることなく先を読み進めていった。
 やがて、納得したように彼女は頷いた。

「うん、やっぱり。歩実が思った通りだった。これは、夏森さんが言うように、黒幕によって画策されたデスゲームだったみたいです」
「……え?」

 唯奈が目を見開く。歩実は、ノートを捨てると再び獏の元へと戻っていく。

「今回の基準となる事件を思い出すポイントは、質問の内容ですね」

 話しながら、床に転がっている無数の屍を、歩実は越えていく。

「一種類目、才能がない夢は、早く諦めるべきか。おそらく、叶う見込みのない夢を見ていた人に関するものなんでしょう」

 彼女が歩くたび、ぴしゃりと床の血溜まりが揺れた。しかし気にしたふうもなく、歩実は獏を抱き起こすとゆっくりと立ち上がる。

「二種類目、SNSにおいて、裏アカウントやサブアカウントは持つべきか。これはおそらく、四種類目にあたる、いじめの傍観者は、共犯にあたるか、とも関係するんでしょうね。アタシの時みたいな、SNSを利用したいじめに、共犯者ともとれる傍観者の存在。二つもあるんですから、確実にいじめは関わってくるんでしょう。まあもしかしたら、薄暗い過去をSNSで拡散した暴露関係という線もありますが、それでもなんとなく、アタシはいじめに関するものだと思います」
「さ、さっきから何を、言って……」

 瑠々花が問い質そうとするも、まるで聞こえていないかのように歩実は続ける。

「五種類目、親友と好きな人が被った場合、譲るべきか。これが一番分かりやすいと思います。とても具体的かつ、想像がしやすい。波田さんと白谷さんのような、友達同士、親友同士で好きな人が被っちゃったんでしょうかね。アタシみたいに、日陰者同士の恋愛なら、そんなこともないのに」

 よろよろと頼りない足取りで、歩実と獏は窓際まで歩いていく。その背中は、距離のせいもあってか、唯奈たちの位置からは小さく見えた。

「そしてラスト、六種類目。これで基準となる事件は決定的になるんでしょう。おおよその想像、アタリはつきますが、まあやめておくことにします。ここまで言えば、きっと当事者は予想がついているはずなので」

 くるりと、歩実たちが振り返った。その視線の先は唯奈たちへと向けられていた。
 叶う見込みのない夢。SNSを利用したいじめと、傍観者たち。そして、親友と同じ人を好きになってしまった事実。

「ま、さか……!」

 かすれた声が、唯奈たちの背後、明梨の口から漏れた。その瞳は、これまでに見たことがないほど見開かれている。
 その声を聞き届けて、歩実は満足そうに頷いた。

「良かった。どうやら、何か心当たりがあるんですね。まあ、アタシたちにはどうでもいいです。あとは皆さんで、心ゆくまで話し合ってください」

 そこまで言うと、歩実と獏は近くにあった机の上によじ登った。そしてそのまま窓を開け、外へと身を乗り出す。

「あ、待って! ダメ!」

 唯奈は叫ぶも、歩実たちは止まらなかった。
 どこか幸せそうに見つめ合いながら、姿を階下へと消した。
 全員が窓際へ走り寄った時には、頭から血を流している二人が地面に横たわっていた。すぐ近くで死んでいる谷水先生のように、ピクリとも動かない。
 何度目かになる、高く耳障りな鐘の音が鳴る。
 スクリーンには、これまでとは異なる文字が映し出された。

『少数派に属する生徒が死亡したので、本問では多数決を行わないものとします。よって、以上で質問9を終わります。続いて、質問10に移ります』
「おい、お前ら! あの一件、缶(ほとぎ)美来(みく)のことについて、何を知ってる!?」

 どうにか回復したらしい明梨が吼える。

『質問10 親友と好きな人が被った場合、譲るべきか?』

 まるで念押しをするように、五種類目の質問が大きく映し出されていた。