それでは、多数決をとります。


 2回目の質問が問われるようになってから、既に4人が死んでいた。
 最初こそ20人もいた教室には、その半分しか残っていない。残っている生徒の顔も皆疲れ果てており、死の恐怖に打ち震えていた。

「質問、あと何問あるんだっけ?」

 瑠々花がポツリと呟く。唯奈は半ば放心状態でスクリーンを眺めながら答える。

「あと4問、だと思う」
「4問か……生き残れるのかな」

 次の問いかけには、唯奈は答えない。いや、答えられないのだろう。
やることは最初から何も変わっていない。しかし、人数が減れば減るほど、自身の回答が少数派となった時、投票にかけられる可能性が高くなる。残り4問で、自分がそっち側にいない保証など、どこにもなかった。

「とりあえず、回答しようか?」

 未蘭が力なく言う。彼女の提案に、みんなそれぞれに頷いた。
 無言の回答時間が訪れる。
 一度回答した質問。前回のこの質問では、小立野優弥と黒瀬唯奈が「許す」を選んで少数派となっていた。だが、今回も「許す」を選ぶと少数派になるとは限らない。世の中には、様々な考えの人がいる。場合によっては、多少が逆転することだってありうるのだ。
 やがて、回答が終わったらしく、スクリーンの文字が切り替わった。
 黒背景の白抜き文字で、今回の結果が告げられる。

『全員の回答が終わりましたので、独自世論調査の結果を公表します。
 1 許されるべき……50.3%
 2 許されるべきではない……49.7%
 よって、「2 許されるべきではない」に回答した生徒の中から死ぬべき人を多数決で決定してください』
「あ……」

 今回の結果は、前回とは違い「許されるべきではない」を選んだ者が少数派となった。
 そして、回答者一覧が示される。

【「2 許されるべきではない」に回答した生徒一覧】
 前里慶介
 的屋卓巳
 宇川らら
 荒科理人

「今回は4人か」

 一覧に表示された名前を見て、不愛想に明梨が呟いた。その横では、ららが声にならない息を漏らして青くなっている。

「なんで、なんで……許されるべきが、多くなって……」
「ありえ、ないだろぉ!」

 壁際では卓巳が膝を折り、慶介が力任せに柱を叩いていた。そんな二人から距離をとるように、唯奈と瑠々花が窓際へ移動する。
 そこで、張りのある声が響いた。

「ねえ、みんな。もう一度、ここに集められた基準について、考えてみない?」

 夏森未蘭だ。大きな黒い瞳が、訴えかけるように揺れている。
 尤も、明梨はため息をついてそれを否定する。

「だーかーらー。そんなの考えたところで意味ないって。それやるより、さっさと少数派から死ぬべき人に投票して先進めるほうがいいでしょ?」
「そうでもないと思う。だって、ここにいる人には、おそらく共通点があるから」

 未蘭の言葉に、全員が目を見張る。唯奈が、やや早口で問いかける。

「共通点って、いったい何?」
「人に言えない過去があること。そんなの誰でも持ってるだろっていうのじゃなくて、もっとこう、多くの人には受け入れられずに否定されるような、本人にとってもコンプレックスとかになっているような、そんな後ろ暗い過去があること。どうかな?」

 未蘭が視線を右へ左へ移す。ある者は視線を逸らし、ある者は俯き、ある者は目を閉じて腕組みし、ある者は唇を噛み締めている。

「そもそもが、全くないっていう人のほうが少ないのかもしれない。だから、これがその基準に当たるのかはわからない。でも、前回と前々回、一気にそうした部分に焦点が当てられて、多数決によって死んだ。もしかしたら、それこそがこの合同補修の目的なのかもって思って」
「なる、ほど」

 瑠々花が納得したように頷く。
 扇動した者がいるとはいえ、それが可能となったのはそれぞれに人に言えない仄暗い罪のようなものを抱えていたからだ。誹謗中傷を繰り返し行っていた袴木奏も、他者の漫画をAIに読み込ませて自分の漫画を描かせていたらしい浦戸蓮も、露出の多いコスプレで承認欲求を満たしていた涼川音も、そうした仄暗い過去を暴露して回っていた多谷伸吾も。仮にそうした過去を抱えていなければ、多数決で選ばれることは少なくともなかった。

「それで? 仮にそうだとして、取るべき行動ってなに?」

 一応は納得したのか、明梨が先を促してくる。未蘭は明梨を一瞥してから、言葉を選ぶように慎重にその先を続けた。

「最初に私が思ったのは、そうした誤った過去を、粛清したいのかなって。多数決で投票させることで、投票された人に間違っているというレッテルを貼って、排除したいのかなって。そうしたい人が、この合同補修というデスゲームを、画策したのかな……って」
「なに? それはつまり、黒幕みたいな存在がウチらの中にいるって言いたいのか?」

 明梨が驚いたように問う。未蘭は、ゆっくりと頷いた。

「そう。だって、あまりにも私たちの内情に詳しいから。ここまで詳しく調べるなんて、きっと同じこの高校の生徒にしかできっこない。そう考えると、納得がいく」
「じ、じゃあ、一番怪しいのって、さっき多数決で死んだ多谷じゃない? ほら、暴露系インフルエンサーだったんでしょ?」

 未蘭の考えを受けてららが伸吾の名前を挙げる。しかし、すぐに明梨が首を横に振った。

「ないんじゃない? アイツはそんな過去を面白おかしく書いて注目を集めて騒ぎにさせたいんだし、多数決で排除とか殺すとかまでやるとせっかくのネタがなくなるじゃん」
「な、なるほど…」
「むしろそれなら、すぐそこに打ってつけのヤツがいるけどね」

 明梨はちらりと、教室後方に立つ理人に目を向けた。全員から視線を向けられた理人は、眉間にしわを寄せる。

「な、何? まさか、僕が黒幕だって言いたいのか?」
「その可能性があるってこと。前々回の時はやけに楽しそうに仕切ってたし」
「そ、それはお前も一緒だろ!」

 理人が叫ぶと、明梨はぎろりと睨んだ。それだけで、理人は萎縮して引き下がる。
 しかし、このままでは終われないと、理人は手に持っていた「弱みノート」を開いた。

「あ、それ!」
「そんなに僕を疑うなら、他の奴らだって怪しい過去を持ってるだろ。例えば、そこのバスケバカ」

 理人は柱に寄りかかっていた慶介を指差した。

「お前、氷室木秀真に怪我させたんだってな? 体育館のモップ掛けの最中に」
「それは……アイツも言ってただろ」
「でも、わざとだったんだってな?」

 ピクリと、慶介の眉が動く。

「てか、知ってるか。ここに書いてあること。さっき読んでたしな。お前は、どうあがいても氷室木に勝てなかった。だから氷室木に怪我をさせて、自分がチーム入りをしようと画策した」
「……チッ。そうだよ、悪いかよ。ていうか、秀真がチームメンバーと話しながら歩いてきて前方不注意だったのは本当だからな」

 慶介は苛立ち交じりにまた柱を殴りつけた。

「でもよ。俺について書いてあるのはそれだけだろ? それだけで、黒幕なんてありえないだろ」

 慶介の指摘に理人は小さく肩をすくめた。

「まあ、そうだね。可能性としては薄い。あとはそこの、的屋卓巳」
「ひっ」

 今度は同じく壁際で縮こまっていた卓巳を名指しする。理人はノートをペラペラとめくり、その内容を読み上げた。

「これはなかなかハードな内容だね。画塾に通い、浪人覚悟で美大を目指していたのか。けれど、親はあまり支援してくれなかった。だから、バイトをしつつやりくりしていたが、月謝や画材、タブレットなんかのお金が足りず、仕事で忙しい親のカードをたまにくすね、使い込んでいた……と」
「へえ? 金を盗んでいたんだ」

 ウチらもそこまではやったことないなあ、と明梨はららと顔を見合わせている。卓巳は頭を抱えたまま、何も言わない。

「ノートにはここまでしか書いてないけど、どうなんだ? これが誰かにバレて、それが噂になっているのを恐れて、一通り問題のありそうな人を集めて殺そうとした。どっかの闇会社に頼んで、とか」
「そ、そんなこと僕はしていない!」

 ほとんど反射的に卓巳は叫ぶ。その顔は恐怖に引きつっていて、とてもデスゲームを企画したようには見えない。

「それに、お金だって、べつにそんなつもりで使ったんじゃない! 僕はただ、ただ、どうにか目標を、夢を叶えたくて……父さんと、母さんに、絵を見てもらいたくて……っ!」

 必死に弁明に理人も違和感を覚えたのか、ふんと鼻を鳴らして視線をノートに戻した。そのまま、さらにページを捲っていく。
 そこで、不意に理人は手を止めた。そして、ゆっくりと視線を明梨やららのほうへと持ち上げる。

「そういえば、涼川は言っていたね。久瀬さんや宇川さんのもあるって。まだ、読んでないよね?」

 思い出したのか、ららは大きな瞳をさらに見開いた。

「な、ちょっと待って! それ、私らに渡して!」
「無理。だってこれを見たら、きっと読まないでしょ」
「お前!」

 ららは猛然と理人の手からノートを奪い取ろうとした。しかし、理人の身長は集められた20人の中では秀真の次に高い。比較的身長の低いららでは届くはずもなく、理人は上に持ち上げたノートを見上げるようにして読み始める。

「去年の夏休み前にひっそりとあったイジメかあ。久瀬さんと宇川さん、そして死んだ羽山さんの三人が、同じクラスだった缶美来って女子生徒をイジメたっていうものだね。覚えてる?」
「あ、あれはイジメじゃなくて、ただ、友達の恋人をとった立場をわからせようとしただけで!」
「それもイジメっていうでしょ。って言っても、玉角さんにしたような凄惨な感じじゃなくて、クラスを巻き込んだ悪口とか無視、嫌がらせだったと。それでも充分イジメだけど。それで、入学したその子を早々に転校させたって書いてあるね」
「で? それがなに?」

 ノートをなんとか奪おうとするららに対し、明梨は全く動じずに訊いた。理人は、ノートを読む手をピタリと止める。

「イジメじゃないけど、そういうことがあったとして、結局このクソみたいな多数決デスゲームとは何の関係もないでしょ? やっぱ、お前なんじゃないの? これを仕組んだの」
「ハッ、くだらない。僕だったらもっと緻密に」

 そこまで言ったところで、鐘の音がスピーカーから響き渡った。
 全員がハッとしてスクリーンを見やると、『まもなく時間です。多数決で死ぬべき人をひとり、選んでください』と催促の文字が浮かんでいる。
 時間までは見ていなかったのか、そこで初めて理人の顔に焦りの色が浮かんだ。それを見て、明梨は不敵な笑みを浮かべる。

「緻密も何もあったもんじゃないねー? 残り時間を失念するなんて。投票先は荒科と……前里と的屋でいい?」
「な、なにを勝手に!」
「勝手も何も、ウチは今回、候補者じゃないからね。前のアンタの言葉を借りるなら、多数派、だから」

 ニヤリと笑いながら、明梨は教室内を見渡した。

「はい、多数決をとりまーす。荒科が、死ぬべきだと思う人~」

 結果は、数えるまでもなかった。
 荒科理人本人以外、全員が手を上げていた。

「え、え?」

 信じられないものを見るような目で、理人は周囲を見渡している。戸惑いを含んだ視線に、それまで柱の近くで絶望に打ちひしがれていた慶介が壊れたように笑った。

「アハハハッ! 滑稽だな、荒科。そうやって独り善がりの正義感を振りかざしてっから、こんなことになるんだよ!」

 慶介は茫然自失としている理人に歩み寄ると、その手からノートをひったくった。そして、ページをどんどん捲っていく。

「あーやっぱりな。俺たちだけじゃない。お前だって、このノートに名前があるじゃん」

 ノートの後半を開き、慶介は理人の目の前でヒラヒラと降った。恐怖の反動からか、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべている。

「正義のため、正しいことのために悪を裁く。そんなことを繰り返してきたのか、お前。そりゃああちこちから恨みも買うだろうよ。お前は正しいことをしてるつもりでも、やられてるこっちは溜まったもんじゃねーって。そこんとこ、どこまでわかって…………」

 理人を糾弾していた声が、唐突にピタリと止んだ。

「……あ?」

 慶介がゆっくりと視線を下げる。その先、自身の腹部の辺りに、深々とサバイバルナイフが刺さっていた。

「きゃあああっ!?」
「荒科くん!?」

 教室に悲鳴がこだます。
 しかし理人は手を緩めることなく、さらに奥深くへとナイフを突き立てた。

「うるさいうるさいうるさい! 黙れ黙れ黙れ!」
「が……はっ」

 慶介の口から、大量の血が零れ落ちた。それらは制服を赤く染め、リノリウムの床に広がっていく。
 やがて生命力を失くした慶介は膝から崩れ落ちた。息絶えたのを見て、理人は慶介の腹部からナイフを引き抜く。

「僕は正しいことをしてきたんだ。それなのにそれなのにそれなのに! どいつもこいつも、悪者がでかい面しやがって!」

 理人は猛然と明梨のほうへ突っこんでいく。明梨は悲鳴をあげつつも、近くにあった椅子を理人のほうへ蹴り飛ばした。

「ぐっ!?」

 理人は椅子に膝を打ち、その場に転がった。生じた隙を見て、明梨は未蘭たちのほうへ身を逃がす。

「ちょっと、なんで動けるの!?」
「まだ、多数決が終わってないからだよ! 最後のひとり、荒科くんがまだ誰にも投票してな」
「ぎゃああああっ!」

 未蘭が言い切る前に喉を焼いたような悲鳴が聞こえる。それは、明梨とは反対側に逃げたららのものだった。転がった理人の手から離れたナイフを拾おうとして、どうやら二本目を隠し持っていた理人に背後から刺されたらしい。

「やだ、やだ、やだ……私は、まだ、死にた」
「うるさいって言ってんだよ!」

 理人が容赦なく、ナイフをららの首に突き刺した。ららは悲鳴をあげる間もなく、鮮血に全身を染めて、倒れ伏した。

「ど、どうしたらいいのっ!?」
「多数決を、完了させないと……」
「でも、残りはアイツだけなんでしょ!? それじゃ、いつまで経っても終わらな――いやぁ!」

 明梨は向かってきた理人から逃げるべく身を翻した。同じように、唯奈や瑠々花、未蘭も散開する。

「ひゃはははっ! もういい! どうせ僕は死ぬ! それなら、時間が許す限り僕の手で悪を成敗してやる! 正義のヒーローに、なってやる!」

 叫びながら、今度は教室の隅で静かに縮こまっていた獏や歩実、卓巳のほうへと走っていく。3人は物を投げ、椅子を動かし、這う這うの体で逃げ惑う。
 教室は地獄絵図と化していた。
 これまで、多数決で死んだ生徒たちはリストバンドに仕込まれた毒か何かが用いられたらしく、吐血した者を除いて血を流すことはなかった。
 しかし、理人が隠し持っていたサバイバルナイフで2人を殺した。その鉄臭い血の匂いが、教室に充満していた。

「まだなの!? 20分は、まだ経たないの!?」
「あと1分! その間、どうにか逃げ切って!」

 瑠々花の泣き声に、唯奈が答える。その声に反応したのか、理人の血走った目が二人を捉えた。

「お前らだってそうだ。僕が責められ続けてる時、ずっと見ているだけだった。もっと、庇ってくれても良かったのに!」
「きゃああっ!」

 全身血塗れの理人が、脇目もふらずに突進してくる。
 唯奈は廊下側へ逃げ、瑠々花は窓際へと逃げた。
 しかしそこで、瑠々花は転がっていた生徒の死体に足をとられて倒れた。

「あ、あ……いや」
「悪者は、死ね!」

 理人は躊躇なく、手に持っていたサバイバルナイフを瑠々花の背中に突き立てる。

「ぐ……ふっ……」
「瑠々花ぁーーっ!」

 唯奈の叫び声が響く。
 彼女は遠目に瑠々花が刺されるのを目の当たりにした。血の匂いがまた濃く、その鼻をついた。

「……え?」

 しかし、どうしたことか。
 瑠々花に馬乗りになり、ナイフを振り下ろした理人の身体が、ぐらりと傾いた。そしてそのまま、背中から倒れて動かなくなる。

「え、え?」

 転んだ瑠々花が、ゆっくりと起き上がった。彼女の身体には、ナイフは刺さっていない。理人の身体から飛んだ返り血が、所々ついている程度だ。

「どう、して……?」

 明梨も訳が分からないといった様子で周囲を見渡し、教室の前方を見たところで動きを止めた。
 そこには、背中にナイフを刺され、机の上にうつ伏せで倒れている卓巳がいた。彼の背後で血にまみれているのは、未蘭だ。

「……刺すしか、なかった」

 肩で息をしながら、彼女はポツリと呟いた。
 そこで、合点がいったように唯奈が口元に手を当てる。
 そうだ。理人が慶介とららを刺し殺し、卓巳が未蘭に殺されたことで、理人の投票先がなくなったのだ。
 この時点で多数決での理人への票が有効となり、彼はリストバンドから注射された毒で息絶えた。

「刺して殺すしか、なかった」

 未蘭はもう一度呟く。
 どうしようもなかった。卓巳が憎くて殺したのではなかった。悪気はなかった。
 ただ未蘭は、このままだとさらに被害が大きくなると思い、一か八かで理人の投票先を無くさせたのだ。
 唯奈は瑠々花とともに未蘭に駆け寄った。近くにあったタオルで、返り血を拭いていく。
 そこで、場違いな鐘の音が鳴った。
 スクリーンには、最初から変わらない文字が並んでいる。

『以上で、質問8を終わります。続いて、質問9に移ります』

 それは無慈悲に、先に進むことを強要してくる。

『質問9 いじめの傍観者は、共犯にあたるか?』