それでは、多数決をとります。

【調査記録紙片・涼川音】
 涼川音については、「SUZU音」という有名曲の弾き語りカバー配信者としての知名度が高い。以前そこで自身の身の上話について話していたので、簡単にまとめておく。
 涼川音は、両親を幼い頃に事故で亡くしており、母親の姉に引き取られていた。その境遇ゆえに、涼川音はあまり感情を面に出さない子に育った。近所の人が挨拶をしてくれても、常に無表情で会釈する程度の愛想のない子どもだったらしい。
 そんな彼女の心の拠り所が音楽だった。両親のいない寂しさを紛らわせるために、常日頃からイヤホンを耳につけ、誰もいないところでは機嫌良く歌を歌っていた。
 とはいっても、歌は当初、そこまで上手くはなかったらしい。母親がソプラノ歌手だったこともあり、母親の歌っている映像や人気歌手の真似なんかをして練習していたそうだ。
 そして、そんな彼女が音楽の道に足を踏み入れるまで、そう時間はかからなかった。
 育ての親である母親の姉が音楽好きで、有名曲を常日頃から流していたために、涼川音の音楽の守備範囲は広かった。毎日の練習と、それによって磨かれた母親譲りの透明感のある歌声も相まって、配信開始した当初はそれなりに人気が出ていた。
 しかし、同じような配信ばかりしていては飽きられるのが常だ。類に漏れず、涼川音の動画人気も尻すぼみになっていった。
 身の上話の配信では、「私は認められたかった。もっとみんなに見てもらうためにはどうしたらいいかずっと考えていた。どうにかして認められるために歌の見せ方や歌い方を研究した」などと言っていたが、事実とは異なる。
 調査の結果わかったのは、涼川音の家はかなり貧しかったということだ。どうやら、涼川音の両親にはいくらかの借金もあったようだった。
 涼川音は、育ててくれた叔母の恩に報いるためにも、少しでも役に立てればと動画収益をどうにか上げようと試行錯誤したが、一度落ち目になった人気を再浮上させるのは容易ではなかった。
 そこで彼女が目をつけたのが、配信をしていた際のコメント欄にあった「コスプレ希望」というワードだろう。すなわち、視聴者の要望に応えることで視聴数を稼ごうとした。
 しかし、得てして要望はエスカレートしていくもの。涼川音は投げ銭や動画収益をさらに稼ぐために、より大胆かつ扇情的なコスプレに傾倒していき、遂には熱烈なファンとのオフ会と称した密会もするようになっていった。
 推定だが、収益はこの頃がピークだった。このまま順調に増えていけば、恩人である叔母も喜んでくれると思ったのだろう。
 しかし、ある日を境にそのコスプレをしていたアカウントは消えることとなった。
 どうやら、叔母に露出傾倒のコスプレが知られてしまったらしい。
 当時の彼女をよく知る生徒に聞いたところ、相当に怒られ、また悲しませてしまったと本人は後悔していたのだという。

『一番悲しませちゃいけないのは、私は家族だと思っています』

 身の上話の配信で、「常に気を付けていることは?」と聞かれ、答えたこの言葉。
 この言葉が、本当の意味で彼女の原点となったのは、彼女が家族を悲しませてしまった時からなのだろう。


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【調査記録紙片・多谷伸吾】
 多谷伸吾は、嘘をつきがちな性格をしていた。
 その性悪な性格は、彼の家庭環境が原因だったと推測される。父母ともに厳しく、何かあるごとに近所の人が心配になるほど叱責していた。それゆえに、彼は間違いがあってもその場しのぎの嘘をついて誤魔化す癖がついていたのだろう。
 しかし、どうやら嘘をつくことに関しては彼の両親も例外ではなかったらしい。しばらくして、多谷伸吾の父親が同じ会社の人と浮気をしていたことが発覚し、両親は離婚することとなった。
 多谷伸吾は考えたようだ。もしここで、両親の離婚の一部始終を世の中に発信したらどうなるのかと。
 しばらくして、多谷伸吾は自身の両親の恥を世の中に面白おかしく晒した。
 世の中は飢えていた。確かな正義感を振りかざせる、絶対的に間違っている出来事を。多谷伸吾の投稿は多くの人に閲覧され、数多くのレスバの渦を巻き起こした。

『なんだ、みんな同じじゃん』

 多谷伸吾は世の中の真理に気づいた。すなわち、ほとんどの人が何かしら嘘で自分自身を守り、毎日を生きているのだということに。
 これ以降、多谷伸吾は自身の周りで起きることを中心に、自身のアカウントで面白おかしく記事風にして発信していった。その中には、羽山華奈が投稿したいじめに関する動画や、不謹慎にも、元同校生徒が自宅で自殺した理由の考察なんかもあったりした。

『やっぱり大事ですね。ちゃんと真実を伝えることは』
『罪は暴かれなくてはいけません』
『罪は正しく世の中に発信されてこそ、始めて裁かれると思っています』

 多谷伸吾はさらにあくどいことに、クラスメイトや周囲の人たちの弱みをまとめた「弱みノート」なるものを作るようになっていた。調査の過程で中身を見たが、実によく調べられており、不本意ながら調査の参考にさせてもらったほどだ。
 多谷伸吾は正しいことをしているのだと自負していた。
 どんどん過信していった。
 だからこそ、忘れてしまったようだった。
 人がどうして嘘をつくのか、という理由に。

(※それでも私は許せない。絶対に。)