それでは、多数決をとります。


「じゃあ、とっとと回答しようか?」

 スクリーンに映し出された質問を見るや、明梨が事もなげに口にした。
 もはやこの狂気の補修が始まってから8人が死んでいる。そこかしこにはうつ伏せ、あるいは仰向けに倒れた死体が転がっており、普段授業が行われている教室は凄惨な状況となっていた。
 しかし、明梨の提案に表立って異論を唱える者はいない。既に疑問や冷静な判断を下せる段階はとっくに過ぎていた。むしろ、残り5問の質問に答え、多数決で最多票を獲得しなければ生きてここを出ることができるのだ。
であるならば、こんな最悪の時間はさっさと終わらせたい。そうした感情に支配されるのも、無理からぬことだった。

「それはいいんだけど、一個気になることがあるんだよね」

 だが、そのまま再三の回答時間に移る、ということはなかった。
 明梨と同じようにスクリーンを見つめていた未蘭が、思案気に呟いた。
 小さな舌打ちをしてから、明梨は未蘭に尋ねる。

「何が気になるってんの?」
「ミライ先生が言ってたことだよ。必然ではないとしても、私たちがここにいる理由はある。それに気づくことができれば、自ずととるべき行動がわかるかもしれない。荒科くんの質問に、そう答えてたよね?」
「ああ。そういえば答えていたな。どういう意味か訊いたらはぐらかされたけど」

 理人が苛立たし気に頷く。未蘭は、考えをまとめるようにゆっくりと先を続けた。

「ここにいる理由があるってことは、何か、基準があって集められたってこと。その基準が何かわかれば、この理不尽な質問のこととか、何かわかるかもしれない」
「基準って言ってもねー。一年の時に同じクラスになったことがある人もいるけど、全員と面識があるわけじゃない。つーか、それがわかったからって、ウチらができることなんて質問に回答して少数派で一番キモいやつを多数決で処刑に追い込むことくらいでしょ? わかったところで意味なくない?」
「でも、考える価値はあると思う。じゃないと」
「うるさいって言ってんの」

 未蘭が最後まで言葉を口にする間もなく、明梨が語気を荒げて吐き捨てた。

「それ考えてる間にも時間過ぎてくのわかってる? あんましウザいことばっか言ってると次の多数決で殺すのお前だよ?」

 明梨に凄まれ、未蘭は言い返すことなく口を閉ざした。結局、未蘭の提案は一蹴され、7つ目の質問が表示されてから5分足らずで回答時間へと移った。
 質問が進むにつれて回答者は減っているが、回答終了にかかる時間はむしろ増えていっている。今回も、1回目に出された時の倍の時間を費やし、ようやく全員の回答を終えた。
 そして、今回の結果が表示された。

『全員の回答が終わりましたので、独自世論調査の結果を公表します。
 1 持つべき……71.6%
 2 持つべきではない……28.4%
 よって、「2 持つべきではない」に回答した生徒の中から死ぬべき人を多数決で決定してください』
「は? これ、最初の時と同じ結果じゃん」

 いち早く気づいた明梨が指摘する。それに誰かが反応する前に、生徒一覧が表示された。

【「2 持つべきではない」に回答した生徒一覧】
 涼川音
 前里慶介
 的屋卓巳
 多谷伸吾
 久瀬明梨
 黒瀬唯奈

「なんなんだよ! クソッ! 意味わかんないんだけど!」

 明梨が思い切り蹴りつけた机が、中身の物をぶちまけて倒れた。教科書やらノートやらが辺りに散乱する。

「ん?」

 そこで何かに気づいたような声があがる。宇川ららだった。
 彼女の視線の先には、散らばった教科書に混ざった一冊のノートがあった。表紙には、「弱みノート」と書かれている。

「なにこれ?」
「あっ! ま、待って!」

 ららがノートを開こうとしたところで、伸吾が叫んだ。
 しかし、ららは制止も聞かずに、癖のついた中ほどからノートを広げた。

『吊し上げ候補リスト17 涼川音
【衝撃】有名弾き語り配信者は昔、身体を売っていた模様』

 端的な一文の下に、画像が印刷された紙が貼りつけてある。その紙には、露出の多いコスプレをした少女がソファに横たわっていた。

「あ、あ……」
「へえ? いいもの見つけたね、らら」

 絶句する音を見やりながら、明梨が口の端を吊り上げていた。


 *


 既に、教室内は多数決直前かと思うほどの張り詰めた空気が漂っていた。皆は一様に音から距離をとり、観察するように眺めている。
 尤も、距離をとられているのは彼女だけではなかった。

「このノートって、もしかして多谷の? 一緒に入ってる教科書も多谷のだし」
「あ、や、それは……」

 もう一人、このノートの持ち主である伸吾もまた敬遠されていた。「弱みノート」と記されたそのノートを、明梨はパラパラとめくっていく。

「おーおーすごいねこれ。さっき荒科が言ってた、袴木とか浦戸のことも書いてあるじゃん。もしかして、荒科ってこれ見たん?」
「あー……まあ」

 理人はバツが悪そうに視線を逸らす。どういう経緯で見たのかはわからないが、彼があれこれと他人の事情を知っていたのはこのノートが原因のようだ。
 明梨はさらにノートをめくっていたが、やがてパタンと強めに閉じた。

「さーて。まあ既に死んだ人のことはいいとして、問題はこのノートに書いてあることが本当なのかどうかってことだよね。どうなの? コスプレパパ活常習犯だった、有名配信者さん?」

 威圧するようにゆっくりと、明梨は音に近づいた。
 音は何も言わない。ただ耐えるように、ジッと左前方の虚空を見つめている。

「だんまり、か。アンタはどうなの? 多谷」
「そ、それは、その」
「正直に言えば、多数決の投票からは外してあげてもいいけど?」

 ここでは大きな価値のあるカードを明梨が切った。すると、口が重そうだった伸吾は弾かれたように顔を上げ、喋り出した。

「ほんとというか、事実だよ。前に涼川にお金を払ってあれこれしてたオッサンがいて、ソイツがタレこんできたんだ。なんか、人気配信者になった涼川にまたパパ活を頼んだら、すげなく断られたらしくて」
「なるほどね。この印刷されたヤツは?」
「コスプレしててわかりにくいけど、そのオッサンが撮った涼川の写真。印刷してないヤツの中に、学生証が写り込んでいるヤツがあるからまず間違いない」

 伸吾はスマホを操作すると、端末に保存されている写真のいくつかを明梨や他の生徒たちに見せた。それは確かにべつの角度から撮られたコスプレ少女の写真で、端に写った鞄のポケットから学生証がはみ出していた。
 やや見にくいが、学生証には確かに「涼川音」と記載があった。

「なるほどね~。で、どうなの?」
「……」
「あっそ。黙ってるなら、このまま多数決する?」

 多数決。その言葉に、音がびくりと肩を震わせた。そして、床に倒れている方々の死体を見やってから、ぽつぽつと声をこぼす。

「皆さん、ごめんなさい。私は昔、露出の高いコスプレで、インプレを稼ぎ、合わせて、パパ活も……やっていました。ごめん、なさい」

 しおらしく、音は深々と頭を下げた。明梨はくつくつと下卑た笑いをする。

「キモッ。キモすぎてヤバいわ。これさ、もうこいつ確定投票でいいんじゃね?」
「涼川さん、いったい、どうしてそんなことを?」

 明梨とは対照的に、心配そうな面持ちで唯奈が尋ねた。音は、頭を下げたまま答える。

「誰かに、認めてもらいたかった。必要とされたかった。だから、一番反応が良かったコスプレで注目を、集めようとした。でも……コスプレってお金が必要で、だから、連絡をくれた人とご飯に行ったりもした。あの頃は、歌ってみた配信なんてしても、誰も見てくれなかったから……それで、承認欲求を、満たしてたの……ごめんなさい」

 ぽたり、ぽたりとリノリウムの床に水滴が落ちる。

「でも、すぐにバレた。中学生だったから、あっさり警察の人に職質されて、全部バレて、それで怒られた。パパ活に使ってた裏アカも、歌の配信をしてたサブアカも、何もかも一度全部消した。けれど、やっぱり諦めきれなくて……もう一度配信用アカウントを作って、今度は、歌の見せ方を変えた。そうしたら、見てくれる人も増えて、ようやく、心も落ち着いてきたの。ようやく、認められたって、思ったの。
 けれど、やっぱり、過去の罪は、消えないみたいね。あんなこと、やるんじゃなかった」

 顔を上げた音は、涙をはらはらと流していた。唇を強く噛み締め、血も滲んでいた。理由を訊いた唯奈もまた、目元に涙を溜めていた。

「私、私ね……涼川さんのカバー曲、好きだった。なんだか、心が洗われていくみたいで、ずっと聴いていたくなる。そんな、素敵な歌だったから」
「ありがとう。汚してしまって、ごめんなさい」

 音は涙を流したまま、フッと小さく笑った。そして、力任せに目元を拭うと、明梨のほうへ視線を移した。

「今回、私に投票してもいい。でも、まだ議論の時間はあるよね? その時間で、言いたいことがあるんだけど」
「へえ? 何?」
「そこの、多谷のサブアカについての話」

 音は、明梨の後ろに隠れるようにしている伸吾を見やった。恨みのこもった視線に、多谷は身を強張らせる。

「な、なんだよクソビッチ! お前と話すことなんて、何も」
「あるでしょ? その弱みノートって何? 私のこと、『吊し上げ候補リスト17』って書いてあったよね。しかも、袴木や浦戸くんのことまで書いてあった。いつか、どこかで吊し上げようとしてたってことよね? どういうことなの?」
「知らない。ただ俺が調査したことをメモってたノートってだけで、べつに」
「嘘」

 冷ややかな声で、音は伸吾の声を区切った。

「さっき、タレこまれたって言ってた。ってことは、あなたは見ず知らずの人がタレこむほどの影響力があるってこと。そして、吊し上げ候補とあるからには、私みたいな後ろ暗い裏アカだかサブアカだかを持っていて、そこで他人を吊し上げることをしてたんじゃないの? それこそ、どこぞの暴露系インフルエンサーみたいな、ね」

 暴露系インフルエンサーという言葉に、伸吾の顔がさらに引きつった。よろよろと後退りして、そのまま転がっていた自身の机に足をとられて派手にこける。

「あ」

 その拍子か。明梨の手元から「弱みノート」が滑り落ちた。音は素早くそのノートを拾い上げ、中身を確認していく。

「やっぱり、そうじゃん」

 音は一ページ目を開いて、全員に見えるように胸の前に掲げた。
 そこには、そこそこ有名な暴露系インフルエンサーの名前があった。中高生にターゲットを絞り込み、裏事情や暴露ネタなんかを投稿して拡散している発信者の名前が。

「まだまだいろいろ書かれてるね。的屋、前里、二人の名前もあるよ?」
「なっ!」
「嘘だろ!?」

 二人は音に歩み寄り、横からノートを覗き込んだ。何が書かれていたのか、ノートを読んだ二人の顔色はみるみる蒼白になっていく。

「ああ、それから。宇川に、久瀬。二人の名前も」
「チッ」
「ら、ららも!?」

 やや余裕ぶっていた二人の表情が崩れたところで、スピーカーから催促の鐘の音が鳴った。
 どうやら、時間が来たらしい。
 音は、唯奈のほうを振り返って言う。

「申し訳ないけど、今回の多数決の候補者はあなたに決めてほしい。ノートをザッと見た感じ、今回の投票先候補の生徒の中で黒瀬さんの名前はなかった。だから、あなたが多数決の候補者を決めて。もちろん、私を含めてね」
「涼川、さん……」

 音の目は真剣だった。既に、何人もの生徒がその命を多数決で散らしている。その意味を理解したうえで頼んでいるのだと、唯奈もわかったんだろう。
 唯奈は悔しそうにしつつも、こくりと頷いた。

「じ、じゃあ、多数決を、とります。今回の候補者は、涼川さん、多谷くん、そして、明梨の三人で」
「チッ、唯奈。覚えてろよ」

 これまで議論を主導してきた明梨も、ついに投票先の候補者に入った。明梨は憎悪をはらませた視線を唯奈に向けるが、結果は覆らない。

「それじゃあ、涼川さんに票を入れる人」

 数人の手が上がった。唯奈は恐る恐る数えていく。

「で、では、明梨、宇川さん、玉角さん、多谷くん、荒科くんの5人で。次に、多谷くんに票を入れる人」

 またも数人の手が上がる。
 今回は、音、未蘭、慶介、卓巳、獏の5人で。

「……最後、明梨に票を入れる人」

 残った明梨には、唯奈と瑠々花の2人が票を入れた。

「ありがとう、黒瀬さん」
「クソがぁ! なんで罪を犯した人間が生き残って、俺みたいに罪を発信して正そうとしている人が死ぬんだ! おかしいだろ! おかしいだろぉっ!」

 音は唯奈にお礼を言い、伸吾は何度もこけながら暴れ叫んでいた。
 やがて、教室は静寂に包まれる。
 音はその場で膝をついて悶えながら死に、伸吾は叫んでいる途中で唐突に血を吐き、息絶えた。
 そしていつものように、鐘の音が響く。

『以上で、質問7を終わります。続いて、質問8に移ります。
 質問8 悪気のない行為は、人を傷つけたとしても許されるべきか?』

 問われる時間は、まだ終わらない。