【調査記録紙片・袴木奏】
袴木奏は幼い頃から音楽が好きだった。
母親がピアノ教室を営んでおり、弟・詩郎と一緒に母親の演奏に合わせてよく歌を歌っていた。いつしか、袴木奏は将来、音楽に携わる仕事に就きたいと思うようになっていった。
しかし、純粋な夢を見ていた袴木奏の心に暗雲が立ち込め始めたのは、弟・詩郎が投稿した弾き語りのショート動画でバズった時からだった。弟・詩郎は兄・奏が挫折したピアノ演奏にも興味を示し、母に習ってかなりの腕前になっていた。その演奏技術と爽やかな歌声は短い尺でも視聴者を魅了し、弟・詩郎を配信者への道へと誘った。
当然、袴木奏は焦った。自身も「GiT」という名前で、たまに歌ってみた動画を投稿していたようだが、人気動画には程遠かった。歌声には自信があったものの、楽器演奏は弟・詩郎にまるで及ばず、かろうじてギターが少し弾ける程度だった。バズった時流に乗って一気に人気配信者に駆け上がった弟・詩郎と、五流なんちゃって配信者である自分との差に、袴木奏は絶望していたようだ。
そんな矢先、同じ高校に通う生徒に、有名配信者である涼川音がいることを知る。袴木奏はこれをチャンスと捉えたようだ。
『詩郎に負けてられるか。涼川とコラボ配信ができたら、一気に俺も人気者になれる』
袴木奏のクラウド上に保存されていた日記には、そんな一文があった。
しかし、想定していたコラボ配信は呆気なく断られる。以前からやっていたオリジナル曲も上手くいかず、追い込まれた袴木奏は、涼川音へ嫌がらせを行うようになった。
『うるさい。二度と歌うな』
『音痴。ヘタクソ。アレンジし過ぎ』
『耳が腐る。あと引き癖が普通にキモい』
定期的に、複数の捨てアカを使って誹謗中傷を行っていたようだ。
と同時に、自身の才能についても悩みを募らせていた。
『全然上手く歌えない。ヘタクソ。うるさい』
『こんなキモい声だったっけ俺」
『歌うのが苦しい』
『流行りの新曲とか聴きたくない』
『いいよな。成功してる奴らは。死んでくれないかな』
『どうせ俺の気持ちなんて誰にもわからない』
『でも諦めたくないんだよな』
『どうしたらいいんだろ、俺』
コラボを断られ、さらに弟・詩郎のチャンネル登録者数が10万人を超えたタイミングで、袴木奏の「GiT」としての投稿は一切無くなっている。
*
【調査記録紙片・浦戸蓮】
浦戸蓮は幼い頃から、絵を描くのが好きだった。
一人息子ということもあり、父親も母親も彼を可愛がっていた。息子が描いた絵をたくさん褒め、額縁に入れて飾ることもあったようだった。
しかし、両親が不仲になったことで環境が一変する。理由は定かではないが、浦戸蓮が中学生になった頃から両親の関係が冷え切っていった。
浦戸蓮の絵はコンクールで賞をとるほどに上達していたが、両親は全くもって取り合ってくれなかったらしい。
おそらく、また自分の絵を見てほしいと思ったのだろう。この頃から浦戸蓮はさらに絵にのめり込むようになっていった。
『漫画だと、みんなが見てくれる』
浦戸蓮は自身のSNSアカウントでそんなことを投稿していた。遡って見ると、確かにいくつかの漫画を投稿しているようだった。漫画の投稿は、時間が経つに連れて急激に増えていった。
しかし、最初こそかなりの閲覧数を稼いでいたものの、後半は似たような内容が多くなってきたからか、閲覧数は伸び悩んでいた。本人も気にしていたようで、『どうしたらもっと見てくれるだろう』というふうな内容の投稿を何度も投下していた。
そんな矢先、浦戸蓮はある露出の多いコスプレをした少女の投稿がバズっているのを見つけた。この時から、浦戸蓮が描く漫画はやや官能的になっていった。
『まだまだ足りない』
『もっと、もっと見てほしい』
『僕のことを、もっと』
扇情的な漫画と、自身への承認欲求を求める呟きは比例して増えていった。
こちらも最初こそ閲覧数はあったが、同じように落ちていく。閲覧数の下落に伴い、SNSの投稿はマイナスの感情を吐き出すようになっていた。
『なんで見てくれない?』
『どこが悪い?』
『あんな下手くそな漫画がなんで連載になったんだ? 絶対僕のほうが上手いのに』
『羨ましい憎い腹立たしい』
やがて、浦戸蓮はAIに頼り始める。自分とよく似た筆致をしている、完成度の高い絵をAIに学習させ、自分の漫画を描かせるようになった。
『また見てくれるようになった』
『やった。嬉しい』
『でも、あれ?』
『どうして、僕は漫画を描いてるんだっけ?』
人気漫画家が浦戸蓮のアカウントに開示請求をかけたのは、それから数日後のことだった。
現在、浦戸蓮のアカウントは凍結されている。
袴木奏は幼い頃から音楽が好きだった。
母親がピアノ教室を営んでおり、弟・詩郎と一緒に母親の演奏に合わせてよく歌を歌っていた。いつしか、袴木奏は将来、音楽に携わる仕事に就きたいと思うようになっていった。
しかし、純粋な夢を見ていた袴木奏の心に暗雲が立ち込め始めたのは、弟・詩郎が投稿した弾き語りのショート動画でバズった時からだった。弟・詩郎は兄・奏が挫折したピアノ演奏にも興味を示し、母に習ってかなりの腕前になっていた。その演奏技術と爽やかな歌声は短い尺でも視聴者を魅了し、弟・詩郎を配信者への道へと誘った。
当然、袴木奏は焦った。自身も「GiT」という名前で、たまに歌ってみた動画を投稿していたようだが、人気動画には程遠かった。歌声には自信があったものの、楽器演奏は弟・詩郎にまるで及ばず、かろうじてギターが少し弾ける程度だった。バズった時流に乗って一気に人気配信者に駆け上がった弟・詩郎と、五流なんちゃって配信者である自分との差に、袴木奏は絶望していたようだ。
そんな矢先、同じ高校に通う生徒に、有名配信者である涼川音がいることを知る。袴木奏はこれをチャンスと捉えたようだ。
『詩郎に負けてられるか。涼川とコラボ配信ができたら、一気に俺も人気者になれる』
袴木奏のクラウド上に保存されていた日記には、そんな一文があった。
しかし、想定していたコラボ配信は呆気なく断られる。以前からやっていたオリジナル曲も上手くいかず、追い込まれた袴木奏は、涼川音へ嫌がらせを行うようになった。
『うるさい。二度と歌うな』
『音痴。ヘタクソ。アレンジし過ぎ』
『耳が腐る。あと引き癖が普通にキモい』
定期的に、複数の捨てアカを使って誹謗中傷を行っていたようだ。
と同時に、自身の才能についても悩みを募らせていた。
『全然上手く歌えない。ヘタクソ。うるさい』
『こんなキモい声だったっけ俺」
『歌うのが苦しい』
『流行りの新曲とか聴きたくない』
『いいよな。成功してる奴らは。死んでくれないかな』
『どうせ俺の気持ちなんて誰にもわからない』
『でも諦めたくないんだよな』
『どうしたらいいんだろ、俺』
コラボを断られ、さらに弟・詩郎のチャンネル登録者数が10万人を超えたタイミングで、袴木奏の「GiT」としての投稿は一切無くなっている。
*
【調査記録紙片・浦戸蓮】
浦戸蓮は幼い頃から、絵を描くのが好きだった。
一人息子ということもあり、父親も母親も彼を可愛がっていた。息子が描いた絵をたくさん褒め、額縁に入れて飾ることもあったようだった。
しかし、両親が不仲になったことで環境が一変する。理由は定かではないが、浦戸蓮が中学生になった頃から両親の関係が冷え切っていった。
浦戸蓮の絵はコンクールで賞をとるほどに上達していたが、両親は全くもって取り合ってくれなかったらしい。
おそらく、また自分の絵を見てほしいと思ったのだろう。この頃から浦戸蓮はさらに絵にのめり込むようになっていった。
『漫画だと、みんなが見てくれる』
浦戸蓮は自身のSNSアカウントでそんなことを投稿していた。遡って見ると、確かにいくつかの漫画を投稿しているようだった。漫画の投稿は、時間が経つに連れて急激に増えていった。
しかし、最初こそかなりの閲覧数を稼いでいたものの、後半は似たような内容が多くなってきたからか、閲覧数は伸び悩んでいた。本人も気にしていたようで、『どうしたらもっと見てくれるだろう』というふうな内容の投稿を何度も投下していた。
そんな矢先、浦戸蓮はある露出の多いコスプレをした少女の投稿がバズっているのを見つけた。この時から、浦戸蓮が描く漫画はやや官能的になっていった。
『まだまだ足りない』
『もっと、もっと見てほしい』
『僕のことを、もっと』
扇情的な漫画と、自身への承認欲求を求める呟きは比例して増えていった。
こちらも最初こそ閲覧数はあったが、同じように落ちていく。閲覧数の下落に伴い、SNSの投稿はマイナスの感情を吐き出すようになっていた。
『なんで見てくれない?』
『どこが悪い?』
『あんな下手くそな漫画がなんで連載になったんだ? 絶対僕のほうが上手いのに』
『羨ましい憎い腹立たしい』
やがて、浦戸蓮はAIに頼り始める。自分とよく似た筆致をしている、完成度の高い絵をAIに学習させ、自分の漫画を描かせるようになった。
『また見てくれるようになった』
『やった。嬉しい』
『でも、あれ?』
『どうして、僕は漫画を描いてるんだっけ?』
人気漫画家が浦戸蓮のアカウントに開示請求をかけたのは、それから数日後のことだった。
現在、浦戸蓮のアカウントは凍結されている。



