それでは、多数決をとります。


「ちょっと、どういうことこれ?」
「わ、わかんね。わ、わかんねーよ……」
「『才能がない夢は、早く諦めるべきか?』って、もうやったよね?」
「うん、最初にやった質問」
「何? もう一度やれってこと?」
「調査結果わかってるじゃんね」
「じゃあこれミス?」

 これまで議論を率いてきた明梨を始め、教室内の全員が困惑していた。
 無理もない。
 スクリーンに映っている文字は、質問1と全く同じ内容だから。当然ながら、その意味を読み取れる者はいない。

「な、なあ! ミライ先生! これ、同じ質問だけど、本当に合ってるのか!?」

 伸吾がおっかなびっくり声を張り上げた。
 最初にこの合同補修について説明していた機械声の主は、ミライ先生と名乗っていた。その人物の名前を呼んで質問しているのだろうが、待てどもスピーカーから声が聞こえてくることはない。

「とりあえず、回答する?」

 スピーカーから反応がないことを確認してから、未蘭が誰にともなく尋ねる。全員は顔を見合わせ、互いにしばらく反応を探っていたが、それしかないと思い始めたようでぽつぽつとスマホを取り出した。
 回答すると言っても、ここにいる全員は一度回答している。そして、この補修で最も注目されていると言ってもいい独自世論調査の結果も、既に公表されているのだ。ここに来て、どんな意図があるのか。
 いや、もしかしたらこれはただの間違いで、意図なんてないのかもしれない。だとすれば、多数派側の回答をすれば助かるのではないか。
 いやいや、もしかしたら回答を変えないことを見られているのかもしれない。だとすると、回答を変えた時点で何かしらのペナルティがあるのかもしれない。
 しかしそんなことは最初の説明では言っていなかった。それにみんなの意見を聞いて考え方が変わったということにすれば、変えても問題はないのではないか。
 様々な憶測、考えが、各々の頭の中を飛び交っているのは明白だった。ある者は周囲をキョロキョロと挙動不審になりながら回答し、ある者はスマホの画面を見つめたまま固まっている。
 やがて、全員の回答が終わった。一度された質問だというのに、一回目よりも回答には時間がかかっていた。そして。

『全員の回答が終わりましたので、独自世論調査の結果を公表します。
 1 諦めるべき……59.9%
 2 諦めるべきではない……40.1%
 よって、「2 諦めるべきではない」に回答した生徒の中から死ぬべき人を多数決で決定してください』
「は?」
「え?」

 スクリーンに映されたのはこれまた非情な結果だった。

【「2 諦めるべきではない」に回答した生徒一覧】
 黒瀬唯奈
 凛堂瑠々花
 夏森未蘭
 久瀬明梨
 前里慶介
 袴木奏
 涼川音
 的屋卓巳
 宇川らら
 浦戸蓮
 玉角歩実

 そこには、これまでで最も多い数の名前が載っていた。
 当然だ。ほとんどの生徒は、回答内容を変えていない。つまり、独自世論調査の結果が変わり、少数派と多数派が逆転などしてしまえば、それだけで状況は一変する。死ぬべき人の候補に挙がらなかった人間が、その舞台に上がってくる。

「ちょっとちょっと! どーいうことなの!?」

 スクリーンの生徒一覧を見るや、明梨がヒステリックに叫んだ。力任せに、近くにあった椅子を蹴倒す。椅子は大きな音を立てて吹っ飛んだ。

「私も、納得いかない! ミライ先生! 説明を求めます!」

 同様に未蘭も声をあげた。さらに二人、三人と追随する。
 すると間もなくして、プツンという接続音がスピーカーから聞こえた。

『やれやれ。うるさいですね。説明については最初に全てしましたが?』

 声は機械音声ながら、聞いてわかるほどに苛立たし気だった。しかし、紛糾している場においては関係ない。

「やっと出てきた!」
「おい、同じ質問をしておきながら世論調査とやらの結果が違うのはどういうことだ!」
「答えてよ!」

 口々に生徒が不満を述べる。まるで学級崩壊の場面のようだった。
 そうした声を前に、合同補修の担当をすると最初に述べたミライ先生は、小さく咳払いをしてから、言った。

『そんなの、当たり前ではありませんか。質問1で公開した調査と、質問6で公開した調査は全く別物なのですから』
「……え?」

 場が一気に静まり返った。衝撃の事実に、誰もが呆気にとられていた。

『いいですか? そもそも調査結果とはそんなものです。男性を対象としたアンケート、女性を対象としたアンケート、高齢者を対象としたアンケート、高校生を対象としたアンケート。全部結果は異なります。SNSで実施したアンケートと駅前の街頭調査でも違うでしょう。使ったSNSの種類でも、都会と田舎の駅でもまた異なります。多数派、少数派なんて、所詮はその時々に用いたり属したりした集団の中での話でしかない。絶対ではないんですよ』

 ミライ先生は朗々と語った。説教を垂れる様は、まさしく教師と生徒のようだった。
 しかし、生徒はそうは思っていない。理人がいち早く我に返り、反論を口にする。

「な、なら、僕たちがここにいる意味はないはずだ! 多数決で僕らが参加者として決められたのだとしても、もっと違う集団で、再度多数決をとれば結果は変わるはずだ!」
『おおーさすが有名私立高校の教頭をお父様に持つ荒科理人くん。まさにその通りです』

 肯定された理人は、生唾を飲み込んだ。

『ですが、必然ではないとしてもあなた方がここにいる理由はあります。それに気づくことができれば、自ずととるべき行動がわかるかもしれませんね』
「ど、どういう意味だ?」
『さて、時間もあまりありません。ここからが本当の合同補修です。ズル賢くどちらが多数派かなどと探ることなく、あなた方が思う正しい回答を選んでくださいね。
 ああ、これだけは言っておきましょうか。質問は今回を含めてあと6問です』

 ミライ先生は言いたいことだけ言うと、放送の切断音を鳴らして引っ込んだ。
 しかし、最後に大きな情報を残していった。

「あと、6問……」

 未蘭が呟く。今度は種類などではなく間違いなく残りの問題数。嘘をつく理由もない。つまり、本当にあと6問で終わりなのだろう。

「とりあえず、やるしかないってわけね」

 時間が経過し、明梨も冷静さを取り戻したらしい。目を細めて、スクリーンに映し出された生徒一覧を眺めている。
 今回、対象者となる生徒の人数は多い。残り時間を考えても、全員に理由を聞くことは不可能だ。となると、自然と取れる選択肢は限られてくる。
 しかし、これまでなら積極的に仕切ってきた明梨は何も言わない。それはほぼ間違いなく、初めて自身が投票される側に回ったからだろう。反対に……

「えーじゃあ、今回は僕が仕切ってやろう。なんせ今回、僕は多数派だからね」

 前回少数派だった理人が、自信に満ち溢れた声で言った。明梨は忌々しげに彼を睨むも何も言わない。前回とは違い、上下関係が完全に逆転していた。
 この20分間においては、多数派に属した生徒が、少数派に属した生徒よりも権力的に強くなる。

「とは言っても、時間もあまりない。ここは迅速に要領良く、効率的に進めていこう……ということで。
 袴木奏、凛堂瑠々花、浦戸蓮。この三人の中から、死ぬべき人を選びたいと思う」

 その権力差を誇示するように、理人はいきなり「死ぬべきだと思う人」の候補3人を名指しした。名前を呼ばれた3人は弾かれたように声をあげる。

「おい荒科! ちょっと待て!」
「ど、どうして私たちなの?」
「納得いかない。理由を教えて」

 詰め寄られた理人は薄く口元を歪めた。それから、諭すような口調で理由を告げる。

「もちろん、一つ目の質問の時に、多数決で僕に投票したからだ」

 3人は目を見張る。瑠々花に至っては、震えながら後退りしたせいで机に足をとられて尻餅をついた。唯奈が一目散に駆け寄り、心配そうに背中を撫でている。
 他の2人のうち、奏が理人に掴みかかった。

「そ、そんな理由だけで俺たちを殺そうっていうのか? 独り善がりも大概にしろよ!」
「そんな理由だけ? まさかまさか」

 理人は呆れたように首を横に振った。

「僕は知ってるんだよ、袴木。お前が、『GiT』っていう名前で弾き語り動画を配信してるって」
「な……っ!?」

 理人のシャツを掴んでいた手が離れる。と同時に、周囲ではひそひそと声が聞こえ始めた。

「『GiT』って? 知ってる?」
「いや、知らん」
「涼川なら知ってるんじゃ?」

 もっとも、内緒話のように話しているわりには知っている人はいないらしい。やがて有名弾き語り配信者である音へ注目が集まったところで、彼女は静かに口を開いた。

「そっか。そうなんだ。アンタが、GiTだったんだ」
「涼川さん、知ってるの?」

 唯奈が尋ねると、音は視線を奏に留めたまま頷く。

「知ってる。やたらと私にコラボの話を持ちかけてきてた。でも断った。そしたら、そこから匿名のアカウントからのDMが増えた。私は、GiTが絡んでると思ってるんだけど、どう」
「ち、違う!」

 音が最後まで言う前に、奏は前のめりに否定した。

「俺は嫌がらせなんてやってない! 絡んでるなんて、ありえない!」

 奏は必死に声を張り上げる。その姿勢は、追い込まれた犯人が最後の悪足搔きをする時によく似ていた。

「袴木くん」

 弁明を試みる奏に対して、音はやはり冷静に話しかける。一応は自分も少数派の一人なのだが、そんなことは微塵も感じさせない。
 それもそのはずで。

「私、DMの内容が嫌がらせなんて一言も言ってないけど?」

 ダメ押しとばかりに、冷えた怒りを含ませて音は言った。

「ちなみに、合ってる。DMの内容は嫌がらせ。限度を超えた、ね。ストレス解消でも言っていいことと悪いことがある。人格否定を繰り返すとか、最低だからね」

 奏は押し黙る。
 大きな瞳は答えを探し求めるかのように彷徨い、やがて絶望の色に染まって床にへたり込んだ。反論はなく、ただ黙って頭を抱え、天を仰いでいる。
 しかし、これだけでは終わらない。
 理人は、今度は蓮に向き直った。

「おい、浦戸。お前も袴木と似たようなことしてたよな?」
「なに?」
「なんだっけ? ああ、そうだ。漫画だったか。しかも、ちょっとエロい系のやつ」

 指摘された蓮の顔が驚愕に歪む。誰かが噴き出す声が、教室後方で聞こえた。

「いや、意外だなって思って。毎週一本、SNSに投稿してるんだったか。エロ漫画でプロ目指してるとか? 絵上手いし、僕はいけると思うよ。どこかの漫画家さんと絵が似てるとか、生成AIに読み込ませて描かせたみたいって炎上してたけど」

 上げて落とす。理人は、そんな下賤な手法をやってのける。それでも効果的だったのか、最後の炎上の話が出た瞬間に蓮は逃げるように理人から距離をとった。
 案の定、「パクった?」「盗作もありうる」などと明梨やららを中心に囁き声での会話が広がっていく。蓮は奏のように大声で否定するようなことはせず、壁際で頭を抱えて座り込んでしまっていた。

「そして、凛堂」

 理人は反抗する気力の失った二人を背に、最後のひとり、瑠々花の元へと歩み寄る。尻餅をついたままの瑠々花は、近づいてきた理人を見上げた。

「な、なに?」
「君に関しては、アイツらのような大した情報がない。それこそ、先ほどの波田さんや白谷さんと同じような友達と好きな人を取り合っただの、その友達が転校したことで恋愛合戦に勝利しただのといった内容くらいしか、ね」
「っ!」

 瑠々花はびくりと肩を震わせる。その顔は蒼白で、何か言おうとしているも口からは音にならない息ばかりが漏れていた。
 ちょうどひとつ前に、同様の内容で波田未帆乃と白谷翔子が多数決で最多票を同数獲得し、死んでいる。その恐怖を、思い出しているのかもしれなかった。
 尤も、理人の言うように教室内の空気は奏や蓮に対する批判が大半を占めていた。今この時も、奏と蓮だったらどちらが許せないかを話し合っている生徒がいるほどだ。
 そこで、催促の鐘の音が教室内に響いた。

「よし。それじゃあ多数決をとる。では、凛堂瑠々花が死ぬべきだと思う人」
「ひっ」

 瑠々花が短い悲鳴をあげたが、誰も手を上げなかった。瑠々花は、死を免れた。

「じゃあ次。袴木奏が死ぬべきだと思う人」
「ま、待て!」

 ほとんど反射的に奏は叫ぶが、上がった手の数に圧倒されたのかその先は続かなかった。理人は満足げに数を数えていく。

「久瀬、宇川、涼川、凛堂、黒瀬、斎藤、そして浦戸の7人ね。りょーかい。では最後、浦戸蓮が死ぬべきだと思う人」

 蓮は何も言わない。微動だにすらしない。
 しかし、投票は無情にも進んでいく。

「えーっと、僕と夏森、多谷、前里、的屋、玉角、そして袴木、と。……おっ?」

 数え終えたところで、理人は楽しげに口の端を持ち上げた。

「あーあ。これはこれは。浦戸も同じ7人じゃないか」

 最多票同数。前回と同じ状況だ。

「え?」
「と、いうことは……」

 教室が騒つく。
 奏は呆然と周囲を見渡し、蓮は俯いている。
 この結果が指し示すのは、前回と同じ。
 両者が殺されるということ。

「な、なんでだよ! なんで俺が、俺が……っ!」

 奏が喚き立てる。涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、机や椅子を蹴り倒している。
 扇動者となった理人は、呆れたように首を振る。

「僕は事実を言っただけだ。そもそも嫌がらせをする君が悪いんだろ? 自業自得だ」
「それは、それは……」
「妬みか? 僻みか? 涼川さんの人気に乗ろうとしたが上手くいかず、その腹いせか? なんにせよ、君は夢を叶えるのに実力が足りなかった。才能がなかったんだよ。やはり、才能がない夢は早く諦めるべきだ。僕の考えが正しいことが証明されたね」
「う、うるさいぃぃっ!」

 吠えるや、奏は勢いよく理人に掴みかかった。二人は椅子をなぎ倒してもみ合う。近くにいた歩実が短い悲鳴をあげた。
 しかし奏は構わない。拳を振り上げ、理人を殴りつける。

「どうして、どうしてだ! どうして諦めないといけない? どうして手を引かないといけない? どうして僕は、僕だけが叶えられないんだ!? こんなこんな、有名曲ばかりのカバーしかしてない声が良いだけの女が持て囃されて、どうして僕だ……」

 再三となる拳を理人の顔面に振り下ろそうとしたその時、不意に奏の身体がぐらついた。充血していた目が大きく見開かれ、苦悶の呻き声が漏れる。間もなく、奏は糸が切れた人形のように転がった。

「そうやって、努力せずに言い訳ばかり並べてるからだ。醜い。反吐が出る」

 理人は口の中を切ったらしく、唇には薄く血の跡があった。それを拭い、制服についた埃を払って立ち上がる。
 壁際では、静かに蓮が事切れていた。
 スピーカーから鐘が鳴る。
 質問6が終わった。ミライ先生は今回を含めてあと6問だと言っていた。つまり、残るは5問。

『以上で、質問6を終わります。続いて、質問7に移ります』

 次の質問がスクリーンに表示される。
 驚きの声はあがらなかった。
 そこにあった質問は、やはり一度見ている。

『質問7 SNSにおいて、裏アカウントやサブアカウントは持つべきか?』

 尤も、答えが同じとは限らないが。