【調査記録紙片・波田未帆乃】
波田未帆乃は常日頃から「普通の家庭」というものを羨んでいたようだ。
彼女の父親は10年前に病気で他界。以降、身寄りもない母親は女手一つで未帆乃を育てていた。
父親がいて、母親がいて、子どもと一緒に生活し、食卓を囲む。二度と手に入らなくなってしまった過去に焦がれ、今自分が置かれている現状に、波田未帆乃はコンプレックスを抱いていた。母親も娘を育てるために昼仕事を辞めて夜の街へ勤めており、苦々しく思いつつも自分のためなのだと思うと辞めてほしいとは言えなかった。
だからか、未帆乃は真面目に勉強に取り組み、将来は安定した職業に就いて母親に孝行し、一度失ってしまった「普通の家庭」という理想を築こうと考えていた。
『理想も目指さねば現実にならない』
彼女の日記帳の一ページ目には必ずこの一文があり、彼女の座右の銘なのだろうと推察できる。言葉通り、波田未帆乃は勉強、スポーツ、生徒会とあらゆる側面で他人にも自分にも厳しく接してきた。
もちろん、全てにおいて成功したわけではない。理想は目指すも、その多くは理想まで届かずに終わった。
『全国模試、全然ダメだった。ケアレスミスも多い。何してんだ私!』
『またデュースに持ち込まれて負けた。追い込まれると弱い。こんなんじゃダメだ。ダブルスも息が合わない。最悪、一度ペアの見直しも考えないとかな』
『文化祭、目標来校者数に100人ちょっと届かなかった。来年に向けた課題と改善点も洗い出して整理しておかないと。早速明日、会議で提案しよう』
厳しい彼女についていける人は少なかった。その点、人間関係は良くもなく悪過ぎもせずといった、やや敬遠されたものだったようだ。
しかし、一部の生徒とは仲が良かった。そのうちの一人が、白谷翔子だ。
白谷翔子とは高校一年生の時に同じクラスになり、意気投合した。その理由のひとつに、白谷翔子も波田未帆乃と似た境遇だったことがある。
『翔子となら、背伸びをせずに話せる。着飾らない自分でいられる。いつもありがとう、翔子』
日記にもそんな一文を見つけた。どうやら、波田未帆乃は白谷翔子にシンパシーを感じ、他の友達には言えないような身の上話や自身の悩みについても話せたようだ。
さらに、波田未帆乃は白谷翔子とよく一緒にいる花枝隼也とも距離を縮めた。2人の仲は、高校2年生に上がってクラスメイトになったことで、さらに加速する。
花枝隼也も、波田未帆乃と同様、自身に厳しい人間だった。家庭の境遇こそ違うが、波田未帆乃は花枝隼也の姿勢に深く尊敬の念を覚え、また自身の頑張りを認めてくれる彼に友達以上の感情を抱くようになっていった。
そうして、告白すること3回目で、押し負けた花枝隼也と付き合うことになる。
だが、これが親友・白谷翔子との溝を深める決定打となった。
*
【調査記録紙片・白谷翔子】
白谷翔子は、自分の意見を言うことに苦手意識を持っていた。
彼女の両親は幼い頃に離婚し、父親に引き取られていた。彼女の父親は厳格な人で、白谷翔子が少しでも試験で悪い点数をとったり、何かしらミスを犯したりすれば大声で怒鳴りつけていたらしい。白谷翔子が持っていた意見を言うことへの苦手意識は、こうした家庭環境が原因なのだろう。
また、元から内向的な性格だったことも相まって、学校ではひとりで過ごすことが多かった。家に帰ってからもネットの世界に入り込み、極力周囲との接触を避けていた。唯一、同じ保育園に通っていた花枝隼也とは時に昼ご飯を一緒に食べたり、放課後に遊んだりして親しくしていた。尤も、学年が上がるにつれて疎遠にはなり、中学に上がる頃には会話すら少なくなっていた。
花枝隼也との関係もあり、小学生のうちはそれなりに穏やかに過ごしていたが、中学2年生になってしばらくしたところで、羽山華奈に目をつけられたようだ。一時期、SNSの一角でバズっていたイジメ撲滅を謳った動画。ネットの世界で培った編集技術を知られ、撮影者兼編集者として加担するように強要された。内向的な白谷翔子に断る術はなかっただろう。
幸いにも、羽山華奈は暫くして転校したため、それ以降イジメの片棒を担がされることはなくなった。イジメの被害者である玉角歩実も同様に転校し、肩身の狭かった白谷翔子はその後それなりの中学校生活を送って卒業した。
その後高校に進学し、波田未帆乃と出会い意気投合。片親である似た境遇に加え、白谷翔子は波田未帆乃のストイックさに憧れと尊敬の念を抱いたようだ。また、中学生の時は疎遠になっていた花枝隼也とクラスメイトになり、仄かに芽生えていた恋心とともに再び距離が縮まっていく。白谷翔子はSNSで、『今まで生きてきて一番幸せ』と投稿していたほどだ。
しかし、それも長くは続かなかった。2つ隣のクラスには、白谷翔子をイジメに巻き込んだ羽山華奈が、さらに別のクラスには、イジメの被害者である玉角歩実が在籍していたからだ。
加えて、波田未帆乃が同じ塾に通う中で花枝隼也のことが好きになり、告白したいと相談してきたことで白谷翔子の精神は大きく削られた。
『幸せなんて幻想だった』
『なんで神様は、私に意地悪するの』
この頃から、白谷翔子は裏アカを作成してそこに多くの愚痴を投稿するようになっていた。
また白谷翔子は、過去のイジメのことが明るみに出ることを恐れた。特に波田未帆乃と花枝隼也には知られたくなかったようだ。
尤も、その願いもすぐに危険に晒された。
裏アカのDMを調査したところ、あるネットユーザーに波田未帆乃と花枝隼也の関係について相談していた流れで脅されていた。
『そんな友達の恋心を軽視するヤツは分からせないとダメだよ』
『ソイツのコンプレックスを、裏アカで時間をかけてひとつずつ投稿していくの。そして溜まったタイミングでそれとなく教えてあげるといいよ』
『あとは匿名の手紙とか入れて軽く脅しておくのもいいね』
『ヤダ? ダメだよ、やりな』
『あーそう。そんなこと言うんだ? イジメのこと、バラすよ? ショーちゃんって、白谷翔子でしょ? あの、イジメ撲滅動画撮ってた』
『そりゃ知ってるよ。アタシ、同じ中学だもん』
『やらないと、みんなにバラすからね?』
白谷翔子には、やはり断る術はなかったらしい。この投稿以後、白谷翔子は波田未帆乃への軽い嫌がらせを行うようになった。波田未帆乃は、嫌がらせの犯人が親友の白谷翔子であるなどとは夢にも思っていなかっただろう。
『もう、どうでもいいや』
白谷翔子は、最後まで親友である波田未帆乃に何も話せなかったようだった。
投げやりな投稿を最後に、白谷翔子は裏アカの更新をやめている。
なお、白谷翔子とやりとりしていたネットユーザーの名前欄には『テリーちゃん』とあり、三友真鈴とやりとりしていたユーザーと同一人物であることがわかった。引き続き調査が必要。
波田未帆乃は常日頃から「普通の家庭」というものを羨んでいたようだ。
彼女の父親は10年前に病気で他界。以降、身寄りもない母親は女手一つで未帆乃を育てていた。
父親がいて、母親がいて、子どもと一緒に生活し、食卓を囲む。二度と手に入らなくなってしまった過去に焦がれ、今自分が置かれている現状に、波田未帆乃はコンプレックスを抱いていた。母親も娘を育てるために昼仕事を辞めて夜の街へ勤めており、苦々しく思いつつも自分のためなのだと思うと辞めてほしいとは言えなかった。
だからか、未帆乃は真面目に勉強に取り組み、将来は安定した職業に就いて母親に孝行し、一度失ってしまった「普通の家庭」という理想を築こうと考えていた。
『理想も目指さねば現実にならない』
彼女の日記帳の一ページ目には必ずこの一文があり、彼女の座右の銘なのだろうと推察できる。言葉通り、波田未帆乃は勉強、スポーツ、生徒会とあらゆる側面で他人にも自分にも厳しく接してきた。
もちろん、全てにおいて成功したわけではない。理想は目指すも、その多くは理想まで届かずに終わった。
『全国模試、全然ダメだった。ケアレスミスも多い。何してんだ私!』
『またデュースに持ち込まれて負けた。追い込まれると弱い。こんなんじゃダメだ。ダブルスも息が合わない。最悪、一度ペアの見直しも考えないとかな』
『文化祭、目標来校者数に100人ちょっと届かなかった。来年に向けた課題と改善点も洗い出して整理しておかないと。早速明日、会議で提案しよう』
厳しい彼女についていける人は少なかった。その点、人間関係は良くもなく悪過ぎもせずといった、やや敬遠されたものだったようだ。
しかし、一部の生徒とは仲が良かった。そのうちの一人が、白谷翔子だ。
白谷翔子とは高校一年生の時に同じクラスになり、意気投合した。その理由のひとつに、白谷翔子も波田未帆乃と似た境遇だったことがある。
『翔子となら、背伸びをせずに話せる。着飾らない自分でいられる。いつもありがとう、翔子』
日記にもそんな一文を見つけた。どうやら、波田未帆乃は白谷翔子にシンパシーを感じ、他の友達には言えないような身の上話や自身の悩みについても話せたようだ。
さらに、波田未帆乃は白谷翔子とよく一緒にいる花枝隼也とも距離を縮めた。2人の仲は、高校2年生に上がってクラスメイトになったことで、さらに加速する。
花枝隼也も、波田未帆乃と同様、自身に厳しい人間だった。家庭の境遇こそ違うが、波田未帆乃は花枝隼也の姿勢に深く尊敬の念を覚え、また自身の頑張りを認めてくれる彼に友達以上の感情を抱くようになっていった。
そうして、告白すること3回目で、押し負けた花枝隼也と付き合うことになる。
だが、これが親友・白谷翔子との溝を深める決定打となった。
*
【調査記録紙片・白谷翔子】
白谷翔子は、自分の意見を言うことに苦手意識を持っていた。
彼女の両親は幼い頃に離婚し、父親に引き取られていた。彼女の父親は厳格な人で、白谷翔子が少しでも試験で悪い点数をとったり、何かしらミスを犯したりすれば大声で怒鳴りつけていたらしい。白谷翔子が持っていた意見を言うことへの苦手意識は、こうした家庭環境が原因なのだろう。
また、元から内向的な性格だったことも相まって、学校ではひとりで過ごすことが多かった。家に帰ってからもネットの世界に入り込み、極力周囲との接触を避けていた。唯一、同じ保育園に通っていた花枝隼也とは時に昼ご飯を一緒に食べたり、放課後に遊んだりして親しくしていた。尤も、学年が上がるにつれて疎遠にはなり、中学に上がる頃には会話すら少なくなっていた。
花枝隼也との関係もあり、小学生のうちはそれなりに穏やかに過ごしていたが、中学2年生になってしばらくしたところで、羽山華奈に目をつけられたようだ。一時期、SNSの一角でバズっていたイジメ撲滅を謳った動画。ネットの世界で培った編集技術を知られ、撮影者兼編集者として加担するように強要された。内向的な白谷翔子に断る術はなかっただろう。
幸いにも、羽山華奈は暫くして転校したため、それ以降イジメの片棒を担がされることはなくなった。イジメの被害者である玉角歩実も同様に転校し、肩身の狭かった白谷翔子はその後それなりの中学校生活を送って卒業した。
その後高校に進学し、波田未帆乃と出会い意気投合。片親である似た境遇に加え、白谷翔子は波田未帆乃のストイックさに憧れと尊敬の念を抱いたようだ。また、中学生の時は疎遠になっていた花枝隼也とクラスメイトになり、仄かに芽生えていた恋心とともに再び距離が縮まっていく。白谷翔子はSNSで、『今まで生きてきて一番幸せ』と投稿していたほどだ。
しかし、それも長くは続かなかった。2つ隣のクラスには、白谷翔子をイジメに巻き込んだ羽山華奈が、さらに別のクラスには、イジメの被害者である玉角歩実が在籍していたからだ。
加えて、波田未帆乃が同じ塾に通う中で花枝隼也のことが好きになり、告白したいと相談してきたことで白谷翔子の精神は大きく削られた。
『幸せなんて幻想だった』
『なんで神様は、私に意地悪するの』
この頃から、白谷翔子は裏アカを作成してそこに多くの愚痴を投稿するようになっていた。
また白谷翔子は、過去のイジメのことが明るみに出ることを恐れた。特に波田未帆乃と花枝隼也には知られたくなかったようだ。
尤も、その願いもすぐに危険に晒された。
裏アカのDMを調査したところ、あるネットユーザーに波田未帆乃と花枝隼也の関係について相談していた流れで脅されていた。
『そんな友達の恋心を軽視するヤツは分からせないとダメだよ』
『ソイツのコンプレックスを、裏アカで時間をかけてひとつずつ投稿していくの。そして溜まったタイミングでそれとなく教えてあげるといいよ』
『あとは匿名の手紙とか入れて軽く脅しておくのもいいね』
『ヤダ? ダメだよ、やりな』
『あーそう。そんなこと言うんだ? イジメのこと、バラすよ? ショーちゃんって、白谷翔子でしょ? あの、イジメ撲滅動画撮ってた』
『そりゃ知ってるよ。アタシ、同じ中学だもん』
『やらないと、みんなにバラすからね?』
白谷翔子には、やはり断る術はなかったらしい。この投稿以後、白谷翔子は波田未帆乃への軽い嫌がらせを行うようになった。波田未帆乃は、嫌がらせの犯人が親友の白谷翔子であるなどとは夢にも思っていなかっただろう。
『もう、どうでもいいや』
白谷翔子は、最後まで親友である波田未帆乃に何も話せなかったようだった。
投げやりな投稿を最後に、白谷翔子は裏アカの更新をやめている。
なお、白谷翔子とやりとりしていたネットユーザーの名前欄には『テリーちゃん』とあり、三友真鈴とやりとりしていたユーザーと同一人物であることがわかった。引き続き調査が必要。



