5つ目の質問が問われた。
全6種類あるうちの5つ目。つまりは、残り二つでこの補修とは名ばかりの多数決デスゲームは終わる。
しかし、それ以上に今の教室には、剣呑な雰囲気が漂っていた。
波田未帆乃と、白谷翔子。
互いによく見知った友達であることは、これまでの二人を見ていれば明白だった。未帆乃は何度も翔子を庇い、暴走しそうになっていた未帆乃を翔子が引き留めていた。二人が互いに支え合っている場面を、何度も目撃してきていた。
ところが、ここに来て二人の仲に亀裂が走った。
原因は4つ目の質問における多数決で最多票を得て死んだ、羽山華奈の置き土産によるものだ。
未帆乃は、一度鐘の音に遮られた言葉をもう一度絞り出した。
「ねえ、翔子。あの動画を撮ってたのって、本当に、翔子なの?」
「……」
翔子はやはり答えない。しかし、ここでの沈黙は否定よりも肯定を意味するととられても仕方ない。
「ねえ翔子。お願い、答えて。あの動画を回してたのは翔子なの? 自分があのいじめで傍観者だったから、『共犯にあたらない』で回答したの? アイツが言ってたことって、ほんとなの?」
「そう、だよ……アタシ、見たもん」
未帆乃の問いに答えたのは、翔子ではなく歩実だった。
あの動画でいじめられていた当事者で、華奈の悪行を未帆乃に伝えた本人。ここで真実を知っているのは、当人である翔子と、その場でスマホのカメラを向けられていた彼女しかいない。
その彼女が、認めた。
「あと、波田さんが貶められてるっていうのも、その……心当たりがある」
「え?」
「波田さんって、その……母子家庭なんだよね?」
未帆乃が目を見張る。僅かに動いた口から、「どうして……」と声が漏れた。
「アタシ、よくSNSやってて……。ツイ廃というか、たくさん見てるんだけど。その時に、同じ高校の生徒っぽいアカウントで、見かけたの……。その、『委員長は母子家庭で貧乏』とか『委員長の母親は水商売をしてる』とか、『委員長は隠れてバイトをしてる』とか、その……いろい」
「もうやめて!」
大声で未帆乃は歩実の声を遮る。それから、涙を浮かべた目でキッと翔子を睨んだ。
「翔子、アンタ最低。私の家庭のことも、バイトのことも知ってるのは翔子だけ。どうして、そんな……」
「……そんなの、決まってるじゃん」
黙っていた翔子がポツリと言い、そして、叫んだ。
「未帆乃が、未帆乃が……私から隼也くんをとったからに決まってるじゃん!」
ひび割れるような声が響く。これまでおどおどしていた彼女から発せられたとはとても思えないような声量に、多くの生徒がたじろいだ。
それは未帆乃も同じだったが、理由はおそらく違っている。
「隼也くんって、翔子、まさか……」
「そうよ! 私、私も……隼也くんのことが好きだったの! ずっと前から! 未帆乃が好きになる、遥か前からっ!」
翔子は制服の内ポケットから紙のような物を取り出し、未帆乃の眼前に突きつけた。
それは、現像された写真だった。
「お父さんが撮ってくれた、私と隼也くんの幼い頃の写真。私と隼也くんは、幼馴染なの」
「う、そ……」
「嘘じゃない! これがその証拠! 私は、小学生になる前から、ずっと隼也くんが好きだった。でも私、気弱だからなかなか勇気が出なくて、隼也くんに気持ちを伝えられなかった。
そんな……そんな私の気持ちを知っていたくせに、未帆乃は同じ塾に通う隼也くんのことが好きになったって私に言ってきて、諦めさせようとしてきた。それが憎くて、悔しかったから、未帆乃が知られたくないことをネットでバラしたの!」
「ちょ、ちょっと待って! 落ち着いて翔子!」
ヒステリックに泣き叫ぶ翔子を、未帆乃がどうにか押さえつける。
「私、知らなかったよ? 翔子が隼也くんを好きかどうかなんて。だから私、翔子に確認したんだよ? 翔子と仲のいい隼也くんのことが好きになっちゃったんだけど、翔子はどう思ってるのって」
「そんなの、言えるわけないじゃん。あの時の未帆乃、とっても嬉しそうにしてたし。私と隼也くんが幼馴染で、私がずっと前から好きだったなんて、言えるわけ、ないじゃん……」
鼻をすすり上げる翔子の顔は、涙の痕で溢れている。
「私と違って頭が良くて、勘のいい未帆乃だったら、気づいてるはずじゃん……。ズルいよ……私が言えないのをわかってて、呆気なく隼也くんに告白して、一度断られたのに強引に押し切って付き合って、その話を聞かされ続けるなんて……酷い、酷いよう……」
さめざめと泣く翔子に、未帆乃は言葉を失っていた。背中を撫でようと手を伸ばすも、その手の先は触れる前に下ろされる。代わりに、怯えつつも歩実が翔子の肩に手を置いた。
「そう、だったんだ……。白谷さんも、そっか……。うん……わかるよ。アタシも、同じ。誰かに何かを言うのって、難しいよね……」
「うん……」
翔子は歩実に手を貸され、窓際のほうへと歩いていく。その背中を、未帆乃はただぼんやりと見送っている。
本来なら、しばらくそっとしておくべき場面だ。しかし、今はそれが許されない。
「あのさ、そろそろ再開していい? もうマジで時間ないし。まっ、結果によってはすぐ決まりそうだけど。よりにもよっての質問だし」
明梨が冷たく言い放つと、誰ともなくスマホを取り出し、回答を始めた。
今回の質問は、『質問5 親友と好きな人が被った場合、譲るべきか?』。明梨の言うように、まるでタイミングを計っていたかのような質問内容だ。
ほとんどの生徒が、回答を迷っているようだった。
ただでさえ無いのに、かなりの時間を要した後、ようやくスクリーンが切り替わる。
『全員の回答が終わりましたので、独自世論調査の結果を公表します。
1 譲るべき……44.2%
2 譲るべきではない……55.8%
よって、「1 譲るべき」に回答した生徒の中から死ぬべき人を多数決で決定してください』
淡々と文字が浮かび、今回の投票先候補である生徒一覧が表示された。
「……っ」
息を詰まらせたような声が、微かに聞こえた。
【「1 譲るべき」に回答した生徒一覧】
黒瀬唯奈
凛堂瑠々花
前里慶介
斉藤獏
涼川音
白谷翔子
玉角歩実
波田未帆乃
苦しくもそこには、当事者全員の名前があった。
*
「へえ、面白いじゃん。エンターテイナーだね、この補修の先生とやらは」
スクリーンに映された生徒一覧を見て、明梨が手を叩いて喜ぶ。
そこには、今まさに好きな人をとったとらないといった内容で口論していた、未帆乃と翔子の名前があった。
「つまりこれはアレ? 投票先は委員長か白谷のどちらかがメインってことで良き?」
「どっちの言い分を支持するかってことかあ~」
明梨とららが楽しげに二人を見やる。つい今しがた、友達の華奈が死んだというのにまるで気にした様子がない。不謹慎な態度の明梨たちに、未帆乃は怒気を込めて言う。
「そんな言い方やめて。私たちの喧嘩は、あなたたちの見世物じゃない」
「喧嘩? 何言ってんの?」
小馬鹿にしたように明梨が笑う。
「もう無理でしょ? どう考えたって友達には戻れない一線を越えてる。個人情報をネットに漏らすとか、流石にウチでもやらんよ?」
「それ、は……」
「それに、なんかちょっと和解したみたいな感じになってっけど、アイツは華奈と一緒にあのチビをイジメてたのも事実でしょ? エグい編集もしてたみたいだし、ウチはアイツに投票すべきだと思うけどね」
つらつらと明梨が翔子に投票すべき理由を述べる。すると、意外にもららが異を唱えた。
「ええ〜? ららはむしろこの元委員長に投票すべきだと思うけどねー?」
「なっ」
「だって考えてもみてよー。さっきの話だと、委員長は親友がずっと好きだった幼馴染に横恋慕してんだよ? にも関わらずこの質問の回答で『譲るべき』を選んでるとか、マジコワイんですけど。ぜーんぜん譲ってないじゃんね。つーか、そもそも真面目なふうして親友の好きな人寝取ってる時点で終わってるわ」
「私、そんなことしてない!」
思わずといった様子で未帆乃が反論するも、ららは「おーやっぱコワッ」と戯けている。いつもなら異論を唱えられたら不機嫌になる明梨も、横で一緒になって笑っていた。
間違いなかった。二人は、未帆乃か翔子、二人のうちどちらかに票が流れるよう場の流れを誘導している。
未帆乃もわかっているようだが、いつもの強い口調は出ない。
最初の言い合いで議論の大半の時間を使い、タイムリミットがあと僅かに迫っていた。
「翔子! 最後に教えて! あの動画も、私のことも、本当に翔子がやったの? 最初から最後まで、自分でやろうと思ったの?」
「それは……」
「答えて! お願い!」
未帆乃が叫んだところで、甲高い鐘の音が鳴った。
前回同様、スクリーンには『まもなく時間です。多数決で死ぬべき人をひとり、選んでください』と白抜き文字が並んでいる。
「はい。今回は委員長、白谷、そしてまあ、また玉角の3人ってことで」
「待って! まだ!」
「もう時間ないっての」
明梨は未帆乃の腕を掴んで押しのけると、「じゃあ多数決とろうかー」と周囲を見回した。
時間がない。そんなことは未帆乃もわかっているだろう。しかし、どうしても納得がいかないようだった。
「くっ、翔子!」
未帆乃が親友の名前を呼ぶ。呼ばれた当人は、未だ乾かぬ涙を拭いながらも、何か言いたげに未帆乃を見ていた。
そこへ、不意に未蘭の呟きが挟まれた。
「なんか、変だな。歩実、自分のことイジメてた人に、なんであんなにすぐ寄り添えたんだろ」
「っ、まさか!」
その言葉で未帆乃も気づいたように歩実を見やる。
彼女はもう怯えていなかった。どこか安心したような、余裕すら湛えた表情で、未帆乃を見ていた。
「お前!」
「じゃあ委員長、波田が死ぬべきだと思う人~」
未帆乃が叫ぶと同時に、明梨が多数決をとり始めた。ハッとして未帆乃が振り返れば、パラパラと手が合っている生徒たちと目が合う。
「あはっ、まぁこんなもんか。んじゃ次、白谷が死ぬべきだと思う人〜」
またパラパラと手が上がる。人数だけ見れば同じような数で、ららは納得げに数えていく。
「おおーまあまあだね〜」
「じゃあ最後、玉角が死ぬべきだと思う人〜」
2人、手が上がった。
波田未帆乃と、白谷翔子だった。
「しょう、こ……?」
「……」
絶句する未帆乃と、何も言わない翔子。そんな二人を横目に、明梨とららは互いに数えた人数を発表する。
「じゃあ、結果だけどさ。なんとなんと、驚きの二人同数でした〜!」
教室内がざわつく。
最多票が同数となったのは、5回目にして初めてだ。
明梨とららは殊勝にも、間違いがないかそれぞれに投票した人の名前を挙げていく。
未帆乃に投票したのは、宇川らら、前里慶介、的屋卓巳、袴木奏、浦戸蓮、多谷伸吾、玉角歩実。
翔子に投票したのは、久瀬明梨、黒瀬唯奈、凛堂瑠々花、夏森未蘭、涼川音、荒科理人、斉藤獏。
投票先の相違を口にする者は、いない。
「そんな」
「じゃあ、まさか」
唯奈と瑠々花がこれから起こりうる結末を口にしかけたところで、未帆乃は翔子のほうへ駆け出した。
「翔子ごめん! 私、もっと翔子のこと」
しかし、声は途切れる。最後まで言うことなく、未帆乃はその場に倒れた。
床に伏せた親友の背中を、翔子は涙を流しながら眺めている。
「わかってる。わかってた。ただの、八つ当たりだって」
微かな破裂音が鳴る。
未帆乃と折り重なるように、翔子の身体も倒れ伏した。
今回は、誰も悲鳴をあげなかった。
やがて、これまでと同じ鐘の音が聞こえてくる。
ほとんど無意識だろう。教室にいる生徒全員が、スクリーンに視線を移した。
『以上で、質問5を終わります。続いて、質問6に移ります』
変わらずの決まり切った文章。
しかし、それももう終わる。質問は全部で6種類。つまり、次が最後だ。
誰もが、そう思っていた。
『質問6 才能がない夢は、早く諦めるべきか?』
映し出された質問内容に、慌てふためく混乱が広がっていった。



