出張の夜は、路地裏食堂で


出張から戻って迎えた週末、私は自宅の台所に立っていた。

今日は、祖母の一周忌だった。お墓参りには母と行く約束をしているけれど、その前に、どうしてもこれだけはやっておきたかった。

買ってきた昆布締めはもう食べてしまったけれど、白えびは冷凍のものをスーパーで見つけて、代わりに用意してある。

片栗粉に米粉を少し混ぜる。東さんに見せてもらった通りの分量を、スマホのメモを見ながら計る。立山の岩塩は手に入らなかったから、代わりに粗塩を使うことにした。

油の弾ける音が、狭いキッチンに響く。あさひ食堂のカウンターで聞いた音より、ずっと控えめで頼りない音だった。それでも、体の芯まで、じんわり温かくなるような感覚があった。

揚げあがった白えびは、正直に言うと、少し衣が厚かった。かりっとした軽さより、香ばしさが勝った仕上がりだ。それでも一つ摘まんで口に運ぶと、あの日感じた甘みと、かすかな塩気が、確かにそこにあった。

「美味しい」

誰もいないキッチンで、思わず声が出た。上手にできたとは言えないけれど、自分の手で作ったものが、こんなに美味しいと感じられるとは思わなかった。

スマホで写真を撮り、『おばあちゃんの真似して、白えび作ってみた』と母に送ってみる。

しばらくして返信が来た。

『えっ、すごい! なんか、おばあちゃんが作ってたやつにそっくり! ちょっと衣が大きめだけど美味しそう(笑)』

その一言に、思わず笑ってしまった。

そうだ、これでいい。同じにはならなくても、こうして誰かと分け合える味になれば、それで十分だ。

カバンの内ポケットに入れっぱなしだった、色褪せた醤油瓶を取り出す。

ラベルはもう読めないくらい薄れているけれど、これからは新しい醤油を注いで、台所の隅に置いておこうと思う。

祖母の形見は、もう空っぽの瓶じゃなくて、これから自分が作っていく味そのものになるのかもしれない。

来月、また出張の予定が入っている。行き先はまだ分からない。けれど、どこであっても、街を歩いて気になった店にふらっと入ってみよう。

夜になれば、コンビニでその土地のお酒を一本買って、路地の灯りを頼りに、少しだけ遠回りしてみよう。

そこにどんな出会いと味が待っているか、今はただ、少しだけ楽しみだった。

【完】