控室を出ると、穂高も当たり前みたいについてきた。
「……お前、どこ行くん」
「え、しーちゃん家」
「は?」
「だって、行くとこないし」
まるで今日泊まりに来る約束でもしていたみたいな口ぶり。
「いやいやいや。お前、家あるやん」
「いやぁ……さすがに家は居づらくて。おかんはずっと泣いとるし、おとんも意気消沈。お姉も同じようなもんや」
「……」
「さすがに気まずいやろ」
「それは……まぁ……」
――幽霊でも空気は読めるんや。と言いかけて口をつぐむ。穂高の家族を思うと、胃が締め付けられた。
「ということで、よろしく!しーちゃん」
穂高は勝手に親指を立てて笑った。
「ってか勝手に決めんな。俺許可してへんし」
「俺が許可した!」
「いや、お前が決めることちゃうねん。俺の家やぞ」
「ええやん。しーちゃんちは俺の家でもあるしな」
「んなアホなことあるか!」
「はい、ありがとう。しずるくん」
「はぁぁぁ?」
こんなやり取りまで、生きていた頃と何も変わらへん。
やのに。
俺以外、誰も穂高に返事をせーへん。その事実が、胸の奥をじくじくと締め付ける。
自分の部屋に入ると、穂高は物珍しそうにきょろきょろ見回した。
「うわ、しーちゃんの部屋、久しぶり。」
「……いや、お前五日前来てるやん」
「ええー?五日もあいたら久しぶりってなるやん?」
本棚を覗いたり、机を眺めたり。触ろうとしても手がすり抜けるたびに、「あ。」と、小さく笑う。
「なぁ」
俺はベッドに腰掛けた。
「お前、ほんまに幽霊なん?」
「たぶん」
「たぶんて」
「だって俺も幽霊なんて初めてやし」
それはそうか。二回目なんて言われたら、それこそホラーやしな……。
「なんで俺だけ見えとるんやろ……」
「んー。知らん。なんでやろ?」
「知らんて……」
「んなこと言われても。起きたら目の前にしーちゃんがおったんやもん。俺もビックリ」
穂高も首をかしげている。
「お前、自分が死んだんは覚えとる?」
少しだけ、穂高の表情が曇った。
「……いや、正直あんまり。事故やんな」
「ん……」
「歩道に突っ込んできた車に轢かれた?らしいな。でも、俺はそこら辺の記憶はない。気づいたら棺桶の横やったしなぁ」
二人とも黙った。とにかくわからないことだらけで。
なんで見えるんか。なんで戻ってきたんか。いつまでこのままなんか……
そもそも俺はリアリストやし。幽霊やオカルトなんて全然信じられへん。
「故人が笑った」なんて話は死後硬直が解けただけやし、「子どもだけが見える誰か」も、イマジナリーフレンドやと思ってきた。
……そのはず、やった。
やのに今、紛れもなく事故で死んだはずの穂高が、俺の部屋であぐらをかいとる……
穂高がぽん、と手を叩く。
「まぁ、考えても分からんもんはしゃあない」
「お前なぁ……」
「明日は葬式本番やん?はよ寝て盛大に俺を見送ってくれや」
「いや、もう、ほんまわからん……」
「しーちゃん、独り言気ぃつけてな!でないと一人でブツブツ言っとる変人なるで」
俺は思わず吹き出した。
今日一日で、初めて自然に笑った気がした。穂高もつられてふたりでケタケタ笑い合う。
その笑顔は、今日見た遺影よりもずっと生きているみたいだった。



