「……しーちゃん」
誰かに名前を呼ばれた。
重たいまぶたを開けたら、見慣れた天井が目に入った。
「しーちゃん!気ぃついた?」
視界に飛び込んできたのは、幼馴染のいちと直くんの顔だった。目の周り真っ赤で、鼻の頭まで赤くなってる。
「よかった……」
いつも飄々としている直くんが、ぽろぽろ泣いとる。初めて見たかもしれん……
俺は状況を思い出そうとして、頭がずきりと痛んだ。
――そうや。焼香しとって、それで……
「穂高が……」
思わず口から漏れた名前に、いちの顔がくしゃっと歪んだ。
「うん……うん、そうやんな。しーちゃんが一番しんどいよな……」
いちは俺の手を握って、ぼろぼろ泣き出した。
「俺ら、直前まで、一緒に、おった、のに……」
言葉にならない嗚咽が混じる。直くんも俯いて、肩を震わせとる。
いつもみたいな軽口も、今日は一言も出てこない。
「……なんで、穂高やねん」
絞り出すような声でいちが言うた。
――さっきの穂高は、きっと夢やったんや……俺の都合のいい夢……。
「しずる。今日はもう休みぃ」
ふと控室の入り口から声がした。めずらしく喪服を着とるじいちゃんが、何も言わずに俺の背中にそっと手を置いた。
皺だらけの、大きくて温かい手。
「でも、まだ仕事が」
「ええから」
珍しくきっぱりとした声やった。
「お前、顔色最悪や。ただでさえひょろっこいのに、ちゃんと食べとんか?
式場はわしがちゃんとフォローしとくから。とりあえず休んどけ」
俺はじいちゃんからペットボトルの水を受け取った。
直くんが俺の手を握ったまま、涙声で言うた。
「しーちゃん、俺らもおるから」
すると、天井付近から呑気な穂高の声が降ってきた。
「そうやでー?無理したあかんで?」
俺は慌てて部屋中を見回す。障子にも、窓にも、どこにもおらん。
「しーちゃん?」
直くんが不思議そうにのぞき込む。
俺は直くんの背後におる穂高を見て、飲みかけたペットボトルの水を噴き出した。
――こんなとこおった……
「し、しーちゃん?」
心配する二人をよそに、穂高は「しーちゃん、きったね」と、舌を出している。
「ほ、ほだ、ほだかが……!」
二人に必死に伝えようとするけど、二人は憐みの眼差しでしか俺を見いひん。
「ってかさぁ、俺、直が泣いてんの初めて見た。やば。十年幼馴染してきて、まだ新発見があるとは」
穂高は直くんの顔をのぞき込み、半透明の腕を彼の肩に回した。もちろん、直くんは気づいてない。
「うわ!いち、金髪やったのに黒髪なってるやん!わざわざ俺の葬式のために染めたんか?」
今度はいちの傍により髪をつんつんした後、ふわっと浮いて俺の目の前に降りてきた。
そして頬に手を伸ばし、触れるか触れないかの距離で、困ったような、それでいてどこか嬉しそうな顔で俺を見る。
「俺、しーちゃんの働いてるとこ初めて見た。スーツ、めっちゃかっこいいな。似合っとる!」
百八十センチの穂高は、いつも首を傾けながら同じ目線で話してくれとった。
幽霊になってふわふわ浮いていても、それは同じで……
「アホ……」
気づけば、一粒、頬を伝っていた。



