「たった一年前やのにな……ってか、いちがまだ黒髪やん。しーちゃんもちっさ! まぁ今でも小さいけど」
「うっさいわっ」
思わず声を上げてしまった。周りの数人が、俺を怪訝な顔で見てくる。
「ほら、あの子……この御影さんとこの……」
「親友が亡くなっておかしなってもたんちゃう?」
いつもの噂話に悪意が混じる。
いたたまれなくて俯くと、いつの間にか目の前にしゃがみ込んでいた穂高が、首を少し傾けて俺の顔を覗き込んできた。
「ごめんって。……でも、なんか懐かしくてテンション上がってもて」
申し訳なさそうな顔してるくせに、その瞳は愛しさが滲んでて、俺だけを見てる。
「もう一年前か……」
ふと隣で直くんが呟いた。
「このまま四人、アホなことしながらずっと一緒におるもんやと思っとったのにな」
いちの目から、一粒の涙が流れる。
「うん……俺もそう思っとったよ」
穂高が、いちの言葉に返事した。
スクリーンを見ると、中学の卒業式の写真が写っていた。
『御影しずる、三浦直、真壁一也、雪代穂高。最強幼馴染、永遠の友情!』
それは黒のマジックで、俺の字で書かれてる。
今思えば厨二病全開でさむすぎて震えるけど、卒業式を終えたばかりの俺たちは、四人全員でこれを書いたんだ。
――もう、あの時間は二度とこない。
この写真を最後にスクリーンの明かりが消えて、会場は一瞬暗闇に包まれた後、照明がつけられた。
「それではこれより、故・雪代穂高様との最後のお別れでございます。ご遺族、ご親族の皆様は、お柩のそばまでお進みください」
すすり泣きが満ちる式場で、俺と穂高だけは、誰も知らない秘密の境界線の中にいた。
俺の前でしゃがみ込んでる穂高の表情が、初めて歪んだ。涙は見えへん。けど、泣いてる顔。
俺はそっと、穂高の頬に触れた。もちろん実際には触れる感触なんてない。半透明の頬に、俺の手が透けとるだけ。
「焼かれたら、今の俺も消えてまうかな……」
「そんなん……わからん」
「ええー、俺もっとしーちゃんのとこおりたい」
「……おるやろ。まだ。ちゃんとおる」
「……うん。永遠の友情やで」
「笑かすな」
「ははは」
周りから見たら、頭のおかしいやつに見えたかもしれない。けど、どうでもよかった。俺は穂高の身体を、ぎゅっと抱きしめた。
「しーちゃん、大丈夫か?」
直くんが心配そうにのぞき込む。
その時――。
「しずるくん、なおくんといちくんも……最後、穂高の顔見たって」
そう言って、花を差し出してきたのは穂高のお母さんだった。
正直、もう見たくない。棺の中の穂高を見たら、また『死』って現実と向き合わんとあかんくなる。
それより、今ここに確かにいる穂高と、一緒に過ごしたい。そんな気持ちでいっぱいだった。
「ほら、いこ」
直くんに促されて、仕方なく花を持って棺に近づく。穂高はそっと透明になった。
棺の中の穂高は、あたりまえに動かない。化粧をしても隠し切れない血色のなさ。魂の抜けた、器だけの穂高。
「ほだか、ほだか……」
いちは過呼吸になりそうなほど泣きながら、穂高に花を添えた。
直くんは棺の傍で崩れ落ちている。
俺は、穂高の頬にそっと触れる。そして「バイバイ」って声をかけて、花を置いた。
会場全体が、深い悲しみに包まれる。何をもってそう感じるのかは分からない。
けど俺は、この瞬間をどこか遠くから見てるみたいな、他人事みたいな感覚やった。
涙は――出ない。
俺は、数珠を取りに座っていた席に戻った。そこには、少しだけ灰が落ちていた。
――なんや、これ。
胸の奥が、嫌な音を立てる。反射的に辺りを見回した。
「……穂高?」
返事はない。天井にも、祭壇のそばにも、俺の隣にも。
さっきまでそこにいたはずの穂高が、どこにもいない。
――嘘やろ?
そのとき、棺の蓋が静かに閉じられた。
俺は足元の灰から目を離せないまま、強く数珠を握りしめた。
外では、朝から鳴き続けていた蝉の声が、まだうるさいほど響いていた。



