わたし、メリーさん

 大学の、よくつるむ連中が噂してた。
 メリーさんには気を付けろ、って。
 いつの時代の話だって思った。
 心底馬鹿馬鹿しかったから、俺は無視して、さっさと昼食を済ませた。
 せっかくのカツ丼の味が、あんま分からなかった。

 てか、メリーさんって何だっけ。
 ……ああ、あれか。電話かかって来て、取ったら『わたし、メリーさん』ってやつ。
 んで、どんどん家の近くまでやって来て、うわ怖ってなって――あれ? あの話ってオチとかあんの?
 最後って確か『今あなたの後ろにいるの』って言われて、ぎゃーって叫んで終わりだった気がするけど、その後ってどうなるんだろうか。
 暇だし考えるか。
 どんなのだったらより怖いだろう。
 殺される、喰われる、神隠しに遭う……どれも陳腐だな。リアリティに乏しい。
 てかメリーさんってそもそも誰なん?

 ――ってことで、調べてみた。

 あぁそうだ、人形だ。
 古くなった人形を捨てたら、そいつに意思が宿ってて、離れたくないからって帰って来るんだ。
 通常の話はやっぱり、後ろにいるって言われてギャーで終わりなんだ。
 へぇ、連れて行かれるってのもあるのか。都市伝説っぽいけど。
 余韻を残す系の怪談ねぇ。こういうの、やっぱリアリティがなくてイマイチだな。
 まず『誰視点の話?』に始まるし、その後は『怖いならわざわざ電話に出なきゃいいじゃん』って思うし、最後も最後で『いやオチは?』って言いたくなる。

 ……はぁ。
 我ながらつまんねーやつって思う。



 プルルルル!



「――っと」

 机上に置いていたスマホが、けたたましく鳴いた。
 画面には『佐山灯里(さやまあかり)』の文字。大学で出来た、恋人だ。
 内心小躍りしながらも、キモさは出すまいと咳払いにて意識を切り替えてから、俺は受話の緑ボタンをタップした。

「もしもし? こんな夜中にどした?」

『あ、剛志? ごめんね、ほんと夜中だね』

 あぁ綺麗な声。
 これが世に言う耳が幸せってやつか――じゃなくて。

「全然いいけど、なんかあった?」

 聞くと、灯里は言葉に詰まったように『ぅ』と小さな唸り声を発した。

「灯里?」

『……あー、とさ』

「うん」

『昼間のあれ、ちょっと怖かったなー、って』

「昼間の?」

 小首を傾げて天井を斜めに見上げつつ、恐怖を感じるイベントなんてあったかと記憶を辿る。
 と、答えはすぐに得た。
 けれど、よもやそんなことで電話してくる訳はないだろうと苦笑。きっと、女友達と話していて別の怖い話題でも出たのだろうと思った。
 けれども灯里は、

『ほら、その……メリーさんの話』

「ぷっ!」

 堪えようと思い直す間もなく、俺は盛大に吹き出してしまった。
 まさか本当に、その言葉が出て来るだなんて思わなかったからだ。

『あっ、ちょっと…!』

「いやだってマジ? 灯里、メリーさんで怖がるタイプだったんだ?」

『うぅ……いやさ、話だけ聞いてる分にはふーんって感じなんだけど、昔、友達にそれですっごく揶揄われたことがあってさ』

「どんな?」

『両親がいない日の夕方にね、早い時間だったけど冬場だったからすっかり暗くなってて――電話がかかってきたから出たら、知らない声で、私メリーさん、って』

「へぇ?」

『で、例のお話と同じように、何度かかかってくる度に段々と近付いてきて、最後には、ピンポーンってインターホンが鳴って――でも、覗き穴の外には誰もいなくて、恐る恐る扉を開けて外に出て、そこで、今あなたの後ろにいるのって背後から驚かされて』

「――怖いか?」

『こ、怖かったんだって、それが…! 全然違う声だったし、いやいやただの作り話だよって分かってても、分かってるからこそオチを想像して、その通りになっていったらさ…!』

「ふーん? そういうもんかねぇ」

 想像する恐怖って言っても、じゃあやっぱり電話に出なきゃいいわけで。
 なんで馬鹿正直に出続けたんだよって疑問の方が強い。

「てか、足音すんね。コンビニにでも行ってんの?」

『あっ、ごめん、そっちが本題だった。今、剛志の家に向かってるの』

「俺ん家? いや何で?」

『お、お泊りしよっかなー、なんて……だめ?』

 互いに一人暮らしで、必要以上に気を遣わず行き来する間柄にもなりはしたけれど、よもやこんな時間に――夜中の十時に、そんなことを言われるとは思わなかった。

「怖いならもっと早く言ってくれりゃ良かったのに。そうすりゃもてなすもんの準備とか出来たのにさ」

『それは全然だいじょぶ! プリンとかアイスとか、私がたくさん買ってくから!』

「こんな夜更けに甘味かよ。まぁありがとさん、楽しみにしてるわ」

『ん、楽しみにしてて!』

 つい数秒前まで震えた声してたくせに、なんでこうすぐに弾んだ声になるかね。
 ……まぁ、俺だって同じだけど。
 泊まりってんなら色々想像するし。
 てか、それならやっぱ前もって買い出ししときゃ良かったな。



 ジジ、ジ――



 ノイズが耳を打つ。

「ん? あれ、電波悪い?」

 灯りの返答はない。

「灯里?」

『ん? え、何?』

「あぁいや、ノイズったから、大丈夫かなって」

『ノイズ? 私には聞こえなかったけど』

「あぁそう? ならいいや、大丈夫っぽいし」

『うんうん、大丈夫だよ。それより、今向かってるからねー』

「はいよ。んじゃ一旦切るな」

 そう言ったところで、



 ジジ、ジジ――



 またノイズが耳を打った。
 うちは山間だけど、灯里の家は少し山の中へと入ったところだ。前からたまに電波が悪くなることはあった。家を出たばかりなんだろう。

「あか――」

『私、灯里。今、剛志の家に向かってるの』

「……何の冗談?」

 聞き返すも、返事はない。
 数秒――

『私、灯里。今、たばこ屋の前にいるの』

「順当に近付いて来てるな、じゃなくてさ。怖いのどこいったん?」

 灯里は答えない。

「灯里ー?」

 答えない。
 ……え、まさか会話し辛い、俺?

 一旦切ろうとしたところを切られてないのに、そんなに話題続かないかな。

(うーん……)

 灯里はたまに、人を驚かせるとか喜ばせるとかってことに心血を注ぎたがる。
 今回も、きっとそれなんだろう。

 ――よし分かった。そういうことなら乗ってやろうじゃないか。
 丁度いい。作家志望ってやつのオチの付け方を、確と楽しんでやろうじゃないか。
 うちから灯里の家までに、たばこ屋は一つしかない。ならもうすぐそこまで来てる。
 おふざけも、じきに終わる。

『わたし、灯里。今、コンビニの前にいるの』

「おう、じゃあもうちょっとで――」



 プツッ、ツー、ツー……。



「切んのかよ!」

 買い出し中には通話はしませんって?
 深夜のコンビニで変な話題の電話はしたくないって?
 育ち良いかよこの野郎。可愛いな。

「――はぁ」

 思いがけず深い溜め息が出た。
 呆れとか恐怖とか、そういうのではなくて。
 単に、可愛い彼女の声が早く聞きたいって、そういうやつ。
 我ながら単純だな。普段はあまり自分からかけないくせに、ちょっとでも好きな子の声聞いた途端、もっともっとってなるんだから。



 プルルルル!



「――っと、はい?」

『わたし、灯里。今、剛志くんのアパートが見えて来たの』

「いやそれもう実況じゃんただの。はいはい、もうちょっとだな」

 灯里は相変わらず答えない。
 徹底してやがる。

『わたし、灯里。今、扉の前にいるの』

「はいはーい、今出――」



 プツッ!



 通話が切れた。
 まぁ良いか、すぐそこにいるなら。
 俺はスマホを机に置いて、ドアの方へと向かった。
 そうして鍵を開けて――そういえばと思い出す。
 覗き穴から見えなくて、隣に捌けてたのか驚かされたと言っていた。

(覗き穴……おぉ、いない。教えた相手にそれを全部やるか)

 ここまではエピソードトークに忠実。
 さてさてどんなオチを持って来てくれるのか。

「いらっしゃい、早かったね」

 扉を開け、わざとらしい言葉を正面に投げる。
 いない。
 ならこのすぐ後で、

「わっ!」

 と、隣から声がするのと同時、背中をトンと押される感覚が襲った。

「…………」

「あれ、どうしたの? 怒った?」

「いや、予想通り、てかエピソード通りだなって」

 それ以上に可愛いなって。
 キモいから言わないけど。あ

「あらら。あんまり怖くなかった?」

「まんまだとあんまりなぁ」

「むぅ……じゃあ、今度があったらもっと頑張るよ」

「ん、やるなら頼む」

 まぁ、そんな今度はあんまりだけど。
 どうせなら、何でもない楽しい会話の方が良い。

「あれ、アイスは?」

「ごめん、溶けたらすぐに食べられないと思って、剛志くんと一緒に行ってその場で食べようかなって」

「あーね。財布取って来るわ」

「はーい」

 俺は一度部屋の中へと戻って、財布と鍵を持って再び外へ。
 エアコンは点けたままで電気を消して、しっかりと施錠したことを確認してから、灯里と手を繋ぐ。

「何食いたい? わざわざ来てもらったし、アイスぐらい奢るわ」

「ほんと? やった。じゃあね――」










――……ルル――

――…ルルルル――

――プルルルル――

――プツッ、ツー、ツー……――

「うーん、出ないなぁ」

 独り言ちて、インターホンにも手を掛ける。
 ――出ない。

「あれ、こっちにも出ない。どこ行ったんだろ、剛志」

 溜息を吐きつつ、手に持った袋に視線を落とす。

「シャワーでも浴びてるのかな。せっかくアイスとプリン買って来たのになぁ。溶けても知らないぞー」