八戸くんとは、異業種交流会で知り合った。
彼は大手の食品メーカーに勤めていて、食品開発をしていた。
いかにも食べることが好きそうに見える、大きな身体に、にこちゃんマークのような笑顔、ソフトな話し方が魅力的だった。
食べ物の話で意気投合して、付き合いだして三年。
今年で30歳になる私としては、そろそろ、結婚もいいかも~と思っていた矢先に振られた。
二人でいつものように、お腹いっぱいお寿司を食べて、お店を出た時だった。
「ごめん。星ちゃんの話をもう聞いてあげられない。だから別れよう」
泣きながら、そう私に告げた八戸くん。
なんだよ、それ!
呆然と立ち尽くしている私を置いて、八戸くんは大きな身体を揺すりながら逃げて行った。
そう、走り去ったとか、駆けて行ったとか、そういう表現よりも、あれは逃げたと呼ぶべきシチュエーションだった。
だって、置いていかれた一分後に、土砂降りの雨が降ってきたのだから。
1月の寒い日、私はひとり、お寿司屋の前で凍てつくような雨に降られて、ぬれねずみの様になっていた。
🔸🔸🔸
委託会社である【株式会社情報ブレインストーム】の社員の神無月さんにメールを入れる。
初めましての挨拶と、出張で伺う旨を簡潔に書いて送った。
その間に、出張申請を出し、宿泊するホテルを決め、新幹線の予約をした。
延泊は……
もちろんすることにした。
東北に行く機会はなかなかないので、こんな良いチャンスを逃す手はない。
グルメ情報を探さないとな。
こういう時に、八戸くんの顔が浮かんでしまい、速攻黒く塗りつぶした。
――ご連絡ありがとうございます。はじめまして、神無月です。藤木さんから伺っておりました。つきましては、Zoomで直接お話させて頂いた方が早いと思いますが、ご都合いかがでしょうか?
返信早っ!
それだけで、私はこの人を信用してしまう。
――早速のご返信ありがとうございます。私は本日であれば、14時以降いつでも可能です。明日以降であれば、16時以降は比較的MTGも入っていませんので、都合はつきます。神無月さんのご都合が合うようでしたら、お願いいたします。
――ご返信ありがとうございます。では、本日15時で予定入れさせていただきます。後ほどメールでURLをお送りいたしますので、よろしくお願いいたします。
さくさく進むやり取りに、急に気持ちが前向きになった。
私は、自分がすごくせっかちなことを承知している。
それが、良い面と悪い面があるのも知っている。
だから、なるべく業務上では抑えているけど、メールの返信ひとつでイライラさせられることは多い。
『余裕持たないと』とある人に言われたこともあるけど、これは生まれ持った性質なんだから変えられない。
でも、神無月さんは私と気が合いそうだ。
八戸行っても、気持ちよく過ごせそうな気がする。
そんな期待をしていた。
「おつかれさまです! はじめまして、今期異動してきました佐山です」
『おつかれさまです。神無月です……』
あれ? あれれ?
Zoom会議に入ると、神無月さんはカメラをオフにしていた。
まあ、それはいいとして、なんかメールの文面と声のトーンとのギャップを感じる。
もっと、ハキハキ明るい声をイメージしていたんだけど……
「お忙しいところ、恐れ入ります」
『……』
「えーと、来週の木・金でそちらにお伺いさせていただきます。急に決まってしまいましてすみません」
『……』
無言の圧力!
カメラもオフにされているので、あちらのリアクションがまるでわからない。
でも、私のために時間を取ってもらったのだから、話し続けるしかない。
「つきましては、1on1をお願いしたい皆さんの時間を決めさせていただきたいのですが……」
『……時間と受けるメンバーにつきましては、私の方で全てまとめてメールでお知らせします』
え? なんか私怒らせるようなことした?
声に棘があるように思えるんだけど……
私は今さら、カメラをオフにもできずに、心の声が顔に出ないように自慢の口角を限界まで上げて話を続けた。
「お手数おかけします。大変助かります……ええと、可能であれば是非、神無月さんとも1on1をお願いしたいので……」
『私は結構です』
ビシャッ! と音が聞こえるほどの速攻却下だった。
っていうか、人が話しているうえに被せなくても……
「でも、せっかくなのでお話したいです」
『ふぅー』
え! ため息吐いた? え、今のため息だよねー?
『藤木さんとも戸倉さんとも、何度も1on1させていただいているので、大丈夫です』
「でも、私とは初めてじゃないですか。女同士で話せることもあると思いませんか?」
『思いません』
ビシャッ! ビシャッ! 二回目の却下。
なんだか、私は燃えてきた。
別に戦いたいわけじゃないけど、そうこられたからって引くようなタイプじゃない。
「承知しました。でも、私は諦めませんので。で、現地に着く時間ですが……」
私の挑発には乗ってはこなかった。
そのまま、当日のスケジュールと入館方法など事務的な話をしてZoom会議は終わった。
私は、一人用のミーティングルームで、ヘラヘラと笑っていた。
「いやー、面白い! 俄然、会うのが楽しみになってきた!」
出張での楽しみが、また一つ追加された。
彼は大手の食品メーカーに勤めていて、食品開発をしていた。
いかにも食べることが好きそうに見える、大きな身体に、にこちゃんマークのような笑顔、ソフトな話し方が魅力的だった。
食べ物の話で意気投合して、付き合いだして三年。
今年で30歳になる私としては、そろそろ、結婚もいいかも~と思っていた矢先に振られた。
二人でいつものように、お腹いっぱいお寿司を食べて、お店を出た時だった。
「ごめん。星ちゃんの話をもう聞いてあげられない。だから別れよう」
泣きながら、そう私に告げた八戸くん。
なんだよ、それ!
呆然と立ち尽くしている私を置いて、八戸くんは大きな身体を揺すりながら逃げて行った。
そう、走り去ったとか、駆けて行ったとか、そういう表現よりも、あれは逃げたと呼ぶべきシチュエーションだった。
だって、置いていかれた一分後に、土砂降りの雨が降ってきたのだから。
1月の寒い日、私はひとり、お寿司屋の前で凍てつくような雨に降られて、ぬれねずみの様になっていた。
🔸🔸🔸
委託会社である【株式会社情報ブレインストーム】の社員の神無月さんにメールを入れる。
初めましての挨拶と、出張で伺う旨を簡潔に書いて送った。
その間に、出張申請を出し、宿泊するホテルを決め、新幹線の予約をした。
延泊は……
もちろんすることにした。
東北に行く機会はなかなかないので、こんな良いチャンスを逃す手はない。
グルメ情報を探さないとな。
こういう時に、八戸くんの顔が浮かんでしまい、速攻黒く塗りつぶした。
――ご連絡ありがとうございます。はじめまして、神無月です。藤木さんから伺っておりました。つきましては、Zoomで直接お話させて頂いた方が早いと思いますが、ご都合いかがでしょうか?
返信早っ!
それだけで、私はこの人を信用してしまう。
――早速のご返信ありがとうございます。私は本日であれば、14時以降いつでも可能です。明日以降であれば、16時以降は比較的MTGも入っていませんので、都合はつきます。神無月さんのご都合が合うようでしたら、お願いいたします。
――ご返信ありがとうございます。では、本日15時で予定入れさせていただきます。後ほどメールでURLをお送りいたしますので、よろしくお願いいたします。
さくさく進むやり取りに、急に気持ちが前向きになった。
私は、自分がすごくせっかちなことを承知している。
それが、良い面と悪い面があるのも知っている。
だから、なるべく業務上では抑えているけど、メールの返信ひとつでイライラさせられることは多い。
『余裕持たないと』とある人に言われたこともあるけど、これは生まれ持った性質なんだから変えられない。
でも、神無月さんは私と気が合いそうだ。
八戸行っても、気持ちよく過ごせそうな気がする。
そんな期待をしていた。
「おつかれさまです! はじめまして、今期異動してきました佐山です」
『おつかれさまです。神無月です……』
あれ? あれれ?
Zoom会議に入ると、神無月さんはカメラをオフにしていた。
まあ、それはいいとして、なんかメールの文面と声のトーンとのギャップを感じる。
もっと、ハキハキ明るい声をイメージしていたんだけど……
「お忙しいところ、恐れ入ります」
『……』
「えーと、来週の木・金でそちらにお伺いさせていただきます。急に決まってしまいましてすみません」
『……』
無言の圧力!
カメラもオフにされているので、あちらのリアクションがまるでわからない。
でも、私のために時間を取ってもらったのだから、話し続けるしかない。
「つきましては、1on1をお願いしたい皆さんの時間を決めさせていただきたいのですが……」
『……時間と受けるメンバーにつきましては、私の方で全てまとめてメールでお知らせします』
え? なんか私怒らせるようなことした?
声に棘があるように思えるんだけど……
私は今さら、カメラをオフにもできずに、心の声が顔に出ないように自慢の口角を限界まで上げて話を続けた。
「お手数おかけします。大変助かります……ええと、可能であれば是非、神無月さんとも1on1をお願いしたいので……」
『私は結構です』
ビシャッ! と音が聞こえるほどの速攻却下だった。
っていうか、人が話しているうえに被せなくても……
「でも、せっかくなのでお話したいです」
『ふぅー』
え! ため息吐いた? え、今のため息だよねー?
『藤木さんとも戸倉さんとも、何度も1on1させていただいているので、大丈夫です』
「でも、私とは初めてじゃないですか。女同士で話せることもあると思いませんか?」
『思いません』
ビシャッ! ビシャッ! 二回目の却下。
なんだか、私は燃えてきた。
別に戦いたいわけじゃないけど、そうこられたからって引くようなタイプじゃない。
「承知しました。でも、私は諦めませんので。で、現地に着く時間ですが……」
私の挑発には乗ってはこなかった。
そのまま、当日のスケジュールと入館方法など事務的な話をしてZoom会議は終わった。
私は、一人用のミーティングルームで、ヘラヘラと笑っていた。
「いやー、面白い! 俄然、会うのが楽しみになってきた!」
出張での楽しみが、また一つ追加された。



