元カレと同じ名前の街に出張することになりました

「4月1日付で企画部から異動してきた佐山星さんです」
「おつかれさまです。佐山です。今期からよろしくお願いします」

 4月1日、私は事業推進部の執務室にいた。
 全部で4つのチームがあるが、私は3チームの所属になった。
 メンバーは私を入れて三人。男性二名に女性は私一人だけ。
 しかも、リーダーの藤木(ふじき)さんは2チームのリーダーも兼務している。
 企画部に比べると、かなりの少人数だ。
 なんとなく、異動された理由がわかるような気がした。
 圧倒的に人が足りない! そういうことなのでは?

「佐山さんは4月いっぱいは、企画部の引き継ぎ業務もあるので、ウチの仕事と半々ぐらいになりそうです。戸倉(とくら)さん時間調整して色々教えてあげてください」
「承知しました」
「お手数おかけしますが、よろしくお願いします」
「大丈夫ですよ」

 戸倉さんは、この会社には珍しくワイシャツにジャケットを着ている40代ぐらいの方で、リーダーの藤木さんはその少し下ぐらいか。
 いずれにせよ、二人とも落ち着いたサラリーマン然としていた。
 企画部のラフなノリは、ここでは通用しなさそうで少し、萎えた。

 事業推進部の3チームは、業務委託をしている地方の企業との契約状況や、委託する業務内容について精査、審議する部署だ。
 契約している地方の企業は、南は沖縄から北は青森まで6拠点あるらしい。
 私はまったくこの手の話は知らなかったので、耳に入る全てのことが新鮮だった。

「早速なんですが、佐山さんには出張してもらいます」

 チーム会のアジェンダの一発目で、リーダーからそう告げられた。
 共有された資料には青森県八戸市(あおもりけんはちのへし)の文字が。

「え、はちのえですか?」
「うん? はちのへ」
「はちのえ?」
「え? はちのへ。青森県の八戸市。はちのえって何?」
「あ! すみません。同じ漢字で、はちのえと読む知り合いがいたので……」

 それは私を振った元カレの名前だ。

「そうなんだ。じゃあ、その方は八戸市の出身だったりするんですかね?」
「いやー、その人は神田の生まれでしたけども……」
「なるほど。で、本題に戻りますが。出張行って来てください」

 出張! この会社に入って初めて出張に行かされる!
 しかも、青森県?

「青森県って何が美味しいんでしょうね?」
「え、まずそこ?」
「ああ、すみません!」

 まずは出張の目的の業務内容だろう!
 と、自分にツッコミを入れる……正直、このノリは企画部だと通じたけど、ここではもっと慎重にならないと……

「佐山さんはグルメなんですか?」
「あ、ええ。食べるのは好きです」
「じゃあ、八戸はおすすめですよ。海が近いので海鮮が新鮮で美味いです」
「マジですか! ああ、すみません……」

 リーダーも戸倉さんも笑ってはくれているけど、内心はらわた煮えくりまくってたりしない?

「私たちも何回か行きましたが、本当に良い街です。会社からは往復の交通費と、一泊分の宿泊代しか出ませんが、自費で延泊して来るのも良いと思いますよ」
「そうなんですか。それは良い情報をいただきました」
「基本的に、出張は木・金なので、週末の延泊は可能です」

 既に、私は出張の業務内容よりも、いかに八戸を堪能するかの方に頭がシフトしていた。

「出張の目的についてです。委託先の企業で業務をお願いしている皆さんは、業務委託さんです。その方たちにご挨拶と、業務内容の把握、あとは各々と1on1をしてきてください」
「え! 1on1を初めましての方とですか?」
「はい。業務委託さんを束ねていらっしゃるのは、社員の方ですので。まずは、その方に出張に伺う旨をお伝えして、スケジュールなど一緒に組んでください」

 いきなりの出張で、初めての人たちと1on1をするって、かなりハードル高くない?
 私は、落ち着かなくなり、共有された資料をずっとスクロールしていた。

「大丈夫ですよ。皆さん、素朴で良い方たちですから。それに話好きな面もあります」

 戸倉さんの話す速度や、声は、何故か安心させてくれるものがある。
 癒し……とはこういうことを言うのだろうか。
 これだけ、温和な人であれば業務委託さんたちも臆することなく会話ができるだろう。
 でも、私はどうなのよ?

「な、何を話せばいいのでしょうか……1on1は管理職の仕事だと思ってました」
「そんなに構える必要はありません。業務の進捗状況や、困っている事、社員さんには言えないけど、委託先の我々なら話せることとかもあるようでしたし」
「はぁ……」
「それに、こういう言い方は今の時代問題になるかもしれませんが。やはり、我々男性よりも女性の方が話しやすいという側面はあると思います」

 そこかー!
 まあ、確かに私は黙っていても、常に口角が上がっているように見えて、話しやすいと言われることは多い。
 でも、傾聴や人の話を引き出す能力は……ほぼない。

「社員の神無月(かんなづき)さんに話は通しておきますので、まずはZoomを繋げて二人で調整をしておいてください。あ、時期は連休に入る前がいいと思いますので、来週か再来週で」
「え! そんなに早くですか……」
「早い方が、今後の業務の進め方が楽になると思いますよ」

 まだ、引き継ぎだって終わってないというのに、次から次へと課題が降って来る。
 今まで、自分がどれだけ温室にいたのかと気づかされた。
 7年も同じ部署にいれば、自ずと新しく学ぶことは少なくなる。
 それを安定と呼ぶのか、マンネリと呼ぶのかは、その人がどれだけ成長したいかによるだろう。
 私は……
 PCの中のカレンダーとにらめっこをする。
 彼氏に振られた私は、週末に予定なんてない。
 だから、来週でも再来週でも八戸には行ける。
 はちのへ、はちのえ。
 何の因果か、私を振った彼氏の名前と同じ漢字の街に出張に行くことになるなんて。
 ついてないじゃん!