元カレと同じ名前の街に出張することになりました

 新卒でIT企業に入社して7年。
 30歳を迎える年の3月末、いきなり部長に呼ばれた。

佐山(さやま)さんは、4月から事業推進部に異動となります」
「は? え、事業推進部って。そんないきなり、聞いてません」
「はい。なので今こうやってお話してます」

 私と3歳しか年齢が違わない、部長の抑揚のない声とニコリともしない無表情が苦手だ。
 わずか33歳で3つの部、4つのチームを束ねる部長職に就いた、優秀な人物というのはわかる。でもあまりにも、人情味というものが感じられない。
 AIと話しているみたい……同僚の一人のつぶやきに、いいね! を何十回も押したくなった。

「組織の活性化のひとつなんです。佐山さんがこれまで培ったスキルは新しい部署でも必要とされていますから」
「いや……でも。何の事業を推進するんですか?」
「それは異動先の上長に聞いてください」
「私以外にも異動者はいるんですか?」
「佐山さんの内示についてしかお話できません。申し訳ありませんが、次の方の内示の時間なので」

 事実だけを述べると、部長は私を置いてミーティングルームを後にした。
 っていうか、聞いてないし!
 チームリーダーに3月に入ってから、それとなく聞いてみた時も異動はないって言われたのに!
 なんで、私が! しかも事業推進部って!
 入社して企画部に配属された私には、まだ仕掛かりの案件が幾つもあるっていうのに!
 これって、体の良いリストラなんじゃないの?
 私は12人用の広いミーティングルームで、一人呆然としていた。
 話が1分で終わるなら、こんな広い部屋取る必要ないじゃん。
 持参したPCを開く間もなく、話が終わっていた。
 このまま、一日この部屋を占拠しようかな……
 内示は全社の人事発令があるまでは、口外してはならない。
 自席に戻ったら、チームメンバーと顔を合わせることになる。
 そこで、何事もなかったかのように振る舞える自信はなかった。
 港区の高層ビルの29階の窓から、外の景色を見る。
 この辺りは、大都会だが意外と緑も多い。
 東京タワーも、レインボーブリッジも見えるし、雲の流れによっては、富士山もたまに顔を出す。
 事業推進って18階だっけ……ここよりも下の階というだけで都落ちした気になるのは、部の人には失礼だろう。
 辞めようかな……頻繁に同期が辞めていくことが理解できなかった。
 名が通った会社だし、給与も福利厚生もかなり良い。
 あからさまな男女差別もないし、お局様みたいな厄介な女性とも会ったことがない。
 一緒に働いている人たちは、男女ともに優秀で人当たりも良い。
 いったい、何が不満なんだ? と思っていたけど、いきなり理不尽な目に遭うと、辞めると言う短絡的な思考に陥るのだなと、身をもって知ったところだ。
 4月まで、あと二週間。
 企画部の佐山星(さやまほし)でいられるのも、あと二週間。

「はぁーー」

 私はため息を吐いて、大きなテーブルに突っ伏した。

🔸🔸🔸

 結局、自席に戻っても何食わぬ顔で仕事をこなした。
 でも、リーダーに呼ばれて引き継ぎなどの相談をされた。
 いや、あなた、異動ないって言いましたよね?

「あまりに急でさ、俺も返す言葉が無くてさ……正直、佐山さんに抜けられると困るとは言ったんだけどね」
「理不尽です! って言ったところで会社の規則は理不尽なものですよね……とか自分を納得させようとしているところです」
「でもさ、色んな部署を経験するのはいいことだと思うよ」

 軽いノリのリーダーである(やなぎ)さんを嫌いではなかった。
 軽口ばっかり叩くけど、彼が手掛けたプロジェクトは軒並み成功している。
 でも、組織再編や、人事については意外とドライだ。
 私の前にも、何人かいきなり異動したことがあった。
 その時は、企画部が合ってなかったんだなーとか、ちょっとクセあったしなーとか勝手に理由付けして、他人事、他人事って思っていたけど。
 私もじゃん!
 
「え、私の何が悪かったんですか?」
「悪いとか良いとかの話じゃないんだよ。事業推進部から佐山さんが必要だってリクエストがあったみたいだから」

 そんなリクエストしないでよ!
 とは、いくらノリがいいリーダーだとしても、言うことはできなかった。
 何を言っても、覆ることはない。
 とりあえず、持っている案件の洗い出しをして、引き継ぎのスケジュール立ててと言われて終わった。
 人事発令が出ても、チームメンバーにはありきたりな言葉しかもらえないだろう。
 だって、私もそうだったから。
 人の異動は他人事。
 みんなそう思って、日々仕事をしている。