元カレと同じ名前の街に出張することになりました

 いわし、カワハギ、真イカ、サクラマスなど東京ではあまり食べないネタも食べた。
 サクラマスはちょうど春が旬の魚らしい。
 その名の通り、さくら色した身が美しく、味や食感はサーモンに似ているが、もう少しあっさりといただける。

「美味しいー」

 この言葉しか出てこない。
 誰か一緒にいたら、いかに美味しいか、いかに舌が喜んでいるかを熱弁しそうだ。
 え、もしかしてその話がウザかったとか……?

『ごめん。星ちゃんの話をもう聞いてあげられない。だから別れよう』

 八戸くんの言葉が一瞬、頭をよぎった。

 赤身とフグで締めた。
 いい加減、お腹がはちきれそう。
 っていうか、合計何個食べたんだ?
 私は、数えるのが怖くなって、そのまま店を出た。
 確かに、かなりの金額になっていたけど、これぞ旅の醍醐味でしょ!
 私は全く後悔をしていなかった。

 そのまま、お土産物を買いに『市場棟』へ向かう。
 お店が所狭しと並んでいて、それこそ目移りしてしまう。
 とりあえず、さっき浮かんだ数を用意するために、ウロウロと歩く。
 南部せんべいは買って帰る。
 驚くほど種類が多いため、試食をしながら吟味する。
 りんごを使ったお菓子もいくつか、買ってみる。

「あ、これだ……」

 SNSで調べていた時に出てきた、『なかよし』という名の珍味。
 イカのくんせいにチーズが挟まっている、お酒のおつまみになりそうな品。
 個包装になっているので、バラまき土産に良さそう。
 ひとつ、試食させてもらうと今まで食べたことがない食感とおいしさだった。
 渡す数よりも、明らかに買ったお土産の方が多いけど、お土産選びってそういうもんだよね、と自分を納得させた。

 結局、食事も含めて八食センターに3時間もいた!
 ちょっと、当初の予定が狂いそうで焦る。
 神無月さんに紹介されて行くつもりだったお店には行けそうにない。
 お腹に空きがありません……
 とりあえず、ここから約30分で行ける、種差海岸(たねさしかいがん)に行くことにした。
 少しは歩いて、消費しないと。
 両手にお土産を抱えながら、駐車場に向かった。

🔸🔸🔸

 買ったお土産物は、全てスーツケースに入った。
 帰りの新幹線で手荷物を増やしたくなかったので、御の字だ。
 種差海岸に向かっている。
 海に行くなんて、何年ぶりだろう?
 天気も良いし、最高ではないか!
 無料駐車場は空いていた。
 すでに、海が見える。
 それだけで、ワクワクしてくる。
 車を降りると、海岸沿いは流石に風が強い。
 日差しが強いから、帽子でも被ろうと思っていたけど、すぐに飛ばされてしまうだろう。

「スゴい……なんなのコレは!」

 海岸なのに、砂ではなく一面緑の天然芝が敷かれている。
 波打ち際にはゴツゴツとした岩があるものの、圧倒的な緑と青の景観に震える。
 少し上を見上げれば、白い雲が流れていた。
 緑、青、白、この三色だけが視界に広がる。
 スマホで写しても、実際に目にした光景には到底及ばないだろうけど、私は写すことを止められなかった。

「スゴい、スゴ過ぎるよ! ずっとこの景色見てられるよ!」

 私は、美しい緑の天然芝の上に腰を下ろした。
 一応、お尻の下にはコンビニのレジ袋を敷いた。
 若干、私のお尻は、はみだしたけど、そんなことは気にしない。
 この、絶景を見ていられるなら。
 どこまでも広い芝生では、キャンプをしている人たちもいた。
 でも、人自体それほどいない。
 だから、静かに物思いに耽るには最高だ。

「あー、気持ちいいー。海サイコー」

 幾ら、声を出したって誰も聞いている人はいない。
 目に映る緑、青、白のこのビビッドな色は日本じゃないみたい……
 ここが、東北の青森県であることを忘れそうだ。
 英気を養うとは、こういうことを言うのかな。
 私は、普段こんな風に自分の疲れを何かで癒すことはしない。
 精々、食べることでストレス解消しているだけだ。
 でも、今回のこの出張で、食べることでも、自然に触れることでも、接点のなかった人たちと話すことでも、自分がいかに癒されたかを実感していた。

「まだまだ、知らないことや、経験することってあるんだなー」

 二十代最後の年に気づけた、大きな収穫だった。