元カレと同じ名前の街に出張することになりました

 ホテルに戻って、やっとスーツケースを開けた。
 みろく横丁に行く前に、チェックインだけして部屋にスーツケースを転がしておいた。

「疲れたー」

 ベッドの上に大の字に寝る。
 満腹感で満たされてはいるけど、疲労感も半端ない。
 私は今日食べた料理を、スマホにメモった。
 これは、誰かに共有したい時のためにずっと残している。
 でも、残念ながらその『誰か』が今はいないけど……

「風呂でも入るかー」

 上階に大浴場があるとは聞いたけど、行くのが面倒になった。
 この小さなユニットバスで十分だ。
 お湯張りをしている間に、ロンTとスウェットに着替えた。
 慣れないスーツなんて着ていたもんだから、身体のあちこちが強張っている。
 それにしても、神無月さんのスタイルは良かった。
 着ている服のブランドを聞き損なったけど、個性の強いあのデザインを着こなせる人は東京でもなかなかいないのでは?
 
『やりたいこととは違います』

 その瞬間、その言葉に共感した。
 でも、今はちょっと違う気持ちにもなっている。
 それを、言語化できるほど自分の中で消化できてはいないけど。
 PCを立ち上げると、神無月さんからのメールが入っていた。
 家に戻って、即メールをくれるとは……
 最初にメールでやり取りをしたことを思い出した。
 そこには、私が調べきれなかった場所やお店の名前が羅列してあった。

「良い人じゃん」

 傾聴力:乙
 共感力:乙
 フリートーク力:甲

 最初に神無月さんに点けた成績表の点数が上がった。
 
🔸🔸🔸

 翌日、ホテルに朝食はついていなかったので、会社に行く前にホテルの目の前にあるコンビニに走った。
 オフィスの席で食べていいのかわからなかった為、とりあえずホテルの部屋でお腹に入れてオフィスに行くつもりだった。

 コンビニに置いてある商品は、東京にある物と変わらなかった。
 でも、南部せんべいがズラリと並んでいたり、見たことない煮干し味のカップラーメンなどご当地グルメもあった。
 私はじっくりと見たかったが、時間が迫っていたため、特に珍しくもないサンドウィッチとヨーグルトドリンクを手に取った。

「おはようございます」

 すでに、神無月さんと舟木さんは席に着いていた。

「佐山さん、夕べは申し訳ありませんでした」

 早速、舟木さんが私の席にきた。

「とんでもないです。ご家族の方は大丈夫でしたか?」
「ええ、救急病院に連れて行って点滴したらすぐに良くなりました。いやー、本当にご迷惑をおかけしまして」
「お気になさらないでください。神無月さんがいらしてくださったので、楽しく過ごすことができました」

 私は隣に座っている、神無月さんに視線を向けた。
 神無月さんは、聞いているのか、聞いていないのか、軽く頭を下げただけで、モニターから視線を外すことはなかった。

「それよりも、神無月さんに支払って頂いたので、お返ししないと」
「ああ、それは大丈夫ですよ。経費で落ちますので。領収書もすでに、私は頂戴していますからお気になさらずに」
「ありがとうございます」

 舟木さんが席に戻ると、私は小さな声で神無月さんに声を掛けた。

「夕べは楽しかったです。オススメのお店情報もありがとうございます」
「私の方こそ、楽しくお話しできて良かったです。お役に立つかわかりませんが、ご興味あれば行ってみてください」

 なんとなく、二人だけの秘密を共有しているみたいで、私は少し胸が高鳴った。
 神無月さんは、傍目から見ると相変わらずAIのように、無表情、無感情に見える。
 でも、顔を寄せ合って話した神無月さんの頬が、少しゆるんでいたのを、私は知っている。