元カレと同じ名前の街に出張することになりました

「美味しかったです! 大満足です」
「満足いただけたなら、良かったです」

 時間は、すでに九時を回っていた。
 でも、なんだか話し足りない気になっていた。

「私は、美味しいものを誰かと共有したい人なんです。でも、ひとりでご飯を食べるのも好きだったりします」
「はい……」
「好きなものを食べている間は、人の目なんか気にしたことがないです。一人焼肉でも、一人牛丼でも、なんならビュッフェなんかも食べたければひとりで行きます」

 隣のテーブルで、大声で笑って騒いでいた、サラリーマンの団体が我々を不思議そうな目で見ながら出て行った。
 急に静かになって、私の声が妙に大きく聞こえてしまう。

「要は、自分が楽しめたもん勝ちだと思ってるんですよ」
「はぁ……」
「誰も私の生き方に責任持てないのに、どう見られているとか、思われているとか、気にしているのが損だなって。だから、逆に自分で自分のことに責任を負う必要があるじゃないですかー」

 神無月さんの眉が少し、険しくなっていた。
 自分でも回りくどい話をしていると自覚している。

「生きづらいとか、こんなはずじゃなかったって、不可抗力の部分があるとしても、それをプラスにするのも、マイナスにするのも、結局自分次第だなって。だから、そんなつまらない中でも、1%でも楽しむものを見つけたら、それは私の勝ちねって思うことにしてます」

『しました。』という方が正しい。
 だって、今の今までこんなこと1ミリも思ってなかったし。
 でも、この場所で、今まで食べたことがない料理を堪能できたことは、つまらないと思っていた出張の中での1%、いや、50%は楽しみに転化できたわけだから。

「佐山さんはポジティブ思考ですね」
「いえ、私はどっちかというとネガティブ思考かもしれません。でも、美味しい物を食べたらポジティブになったような気がします。単純なんです」

 私の言葉に、初めて神無月さんが薄い笑顔を浮かべた。

「面白い方ですね。私は佐山さんのようにネガな考え方をポジに変えることはできませんが、初めて1on1で為になるお話ができたような気がします」
「ホントですか! いや、でも私が勝手に熱く語っただけで……なんか酔ってもいないのに、恥ずかしいです」

 私のアプローチは間違ってはなかったのかな?
 攻略できたのかな?

「グルメな佐山さんに、オススメのお店をご紹介します。訪ねる時間はないかもしれませんが……」
「時間はあります! 延泊して土曜日は観光して帰ろうと思っていたんです」
「であれば、場所などもまとめてメールで送りますね」
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
「……佐山さんなら、人目を気にせずにおひとりでも楽しめると思います」

 食を通じて、少しは距離が近づけた気がした。
 背もたれのない丸イスに座っていても、背筋をピンと伸ばして座っている、神無月さんに目を向けた。
 AIなんかではなく、凛とした女性がそこにいた。