元カレと同じ名前の街に出張することになりました

「八戸のご出身ですか?」
「はい。でも、大学は東京に出ました」

 まずは、プロフィールから。
 神無月さんは「は?」と一瞬顔を歪めたが、私が話を始めると淡々と答えるようになった。
 その間も、お酒はどんどん減っていく。
 何も食べずに、ハイスピードで飲めるってすごい。

「じゃあ、こちらに戻ってこられたんですね」
「本当は戻りたくなかったですが、仕方なく……」

 初めて、神無月さんの感情が少し、動いたような気がした。
 ここで、理由を聞くべきか迷っていた。
 私生活に踏み込むような話は、仕事上の相手とはすべきではないのでは?

「でも、東京での生活にも疲れていました」
「そうなんですか……世知辛いですよねー。都会はいろいろと」
「……好きなのに、嫌いになる瞬間が多くなって」
「ええ……」

 急に隣のテーブルの男性たちが、大きな声で笑った。
 それに反応したのか、神無月さんの表情は変わらないのに、言葉に力が入っていくのがわかった。

「でも、戻ってきたら戻ってきたで、また東京とは違った生きづらさがあって……」
「はい」
「……まあ、生活していくためには働かないといけないので、自分を納得させています」

 神無月さんは何かに気づいたかのように、急に口を閉じた。
 それまで、感情が昂っていくように見えていたのに、自分の感情を見せてはいけないと悟ったのか。

「こちらの会社はぶっちゃけどうですか? 居心地が良いとか、働きやすいとか。舟木さんはまだ少ししかお話してませんけど、良い上司のようにお見受けしました」
「働きやすいです。でも、私がやりたいこととは違います」

 ふむ……
 それは今の私の真情と重なる。

「私もぶっちゃけ、異動するなんて思ってなかったです。ずっと企画職で生きていくつもりだったので。事業推進って何だよって感じで。だから、八戸に出張してきてって言われても、なんで? って感じでした」
「こんな田舎に興味ないですよね」
「違います! そういうことではなくて……」

 ネガティブなことを言いたいわけじゃない。
 でもすごく、ポジティブかと言えば、そういうわけでもない。

「取り繕わなくてもいいですよ」
「取り繕ってなんていません!」

 神無月さんは、ハイボールを頼んだ。
 私のアイスウーロン茶は全然減っていない。

「まだ何か召し上がりますか? 締めのラーメンはどうですか?」
「ラーメンですか。いただきたいです!」

 この時間にラーメンを食べたら、明日、顔が浮腫みそう。
でも、『八戸らーめん』も有名だとインプットしていたので、食べない選択はない。

「確かに、神無月さんのオシャレさはこちらでは浮いてしまいそうですよね。でも、その個性を貫いているのは格好良いと思います」
「ファッションは好きです。東京でもアパレル関連の仕事をしていたので」
「そうなんですか! やっぱり! デザイナーさんだったんですか?」
「美大を卒業して、クリエイティブな仕事をしていましたが、洋服のデザインはしていません」

 美大、クリエイティブ、アパレル、そのワードだけで私の中では、東京で働いていた神無月さんの姿が想像できた。
 この佇まいと、雰囲気は、東京で生活していた頃から何も変わっていないのだろう。

「でも、東京はひとりで生きていくには最適な場所だと思います」
「ひとりで、ですか?」
「はい。誰の干渉も受けずに、好きなことをしていられます。一番感じたのは、ひとりでご飯を食べても誰も気にしないことです」
「ああ、確かに……。でも、こちらでもそれは同じではないですか?」
「……私が勝手に、人の目を気にし過ぎているのかもしれません」

 湯気が立った八戸らーめんが出てきた。
 透き通った茶色のスープに、チャーシュー、ネギ、メンマが載っているだけのシンプルな組み合わせ。
 煮干しの匂いがほのかに香る。

「美味しそう……」
「熱いうちに、召し上がってください」
「いただきます!」
 
 私は、麺を一気にすすった。
 かなり豪快な音を立てたけど、周りの誰も気にしてはいないだろう。
 美味い!
 煮干しだけではない、鶏の甘い味もする。
 醤油味の、あっさりとしたスープに、箸が止まらない。
 私が麺をすする間、神無月さんは淡々とハイボールを呑んでいた。
 目の前には神無月さんが居るのに、結局私しか食べていない。
 これは、ひとりメシと何ら変わらないのではないだろうか……
 ふと、そんなことを思っていた。