学級委員は、最恐と噂の俺のことが好きらしい

 言い切った瞬間、乃亜は目を瞬かせ、まるで時が止まったかのように完全停止した。
 数秒のフリーズのあと、乃亜の顔が耳まで勢いよく赤く染まっていく。たぶん、俺の顔も同じくらい赤い。

 「……ほんと?」
 「……うん」
 「……っ! も、もう一回言って!」
 「嫌だ」
 「なんで!?」
 「……恥ずかしい」

 さっきまでの真剣な雰囲気はどこへやら、急に目を輝かせてグイグイと身を乗り出してくる乃亜から隠れるように、俺は思わず腕で顔を覆った――覆ったのに、すぐに乃亜がぐいっと俺の腕を避けて、至近距離で目を合わせようとしてくる。

 「お願い! もう一回だけ好きって言って! 夢じゃないよね!?」
 「……無理。一回言えば十分だろ」
 「ちぇー……ケチ。でも……すごく嬉しい」

 口を尖らせながらも、乃亜の瞳からは溢れんばかりの嬉しさと、甘い熱が隠しきれていなかった。

 「俺たち、その……付き合うってことで、いいんだよね?」
 「……付き合う?」
 「うん」

 改めてそう言われると、急に恥ずかしくなってくる。
 ――付き合う。
 ……だめだ。恥ずかしくて死ぬ。好きと言われただけでも一大事なのに、誰かと付き合うなんて……想像したことすらなかった。

 「……よく分からない、けど……たぶん、そうなんじゃないか?」
 「たぶん!?」

 乃亜が目を丸くする。

 「……こういうの、初めてだから」
 「俺もだけど……」

 乃亜も少し照れくさそうに片手で首の後ろをかき、それからとびきり甘い顔で優しく微笑んだ。

 「じゃあ、これから一緒に覚えていこうよ」
 「そう、だな」

 ふふ、と嬉しそうに笑う乃亜を見ていると、胸の奥がまた熱くなる。

 「じゃあまずは恋人第一歩として、一緒に帰ろ?」
 「……うん」

 二人で手早く片付けを終わらせて理科室を出る時、乃亜はごく自然に俺の手を取ると、指を絡めて握りしめてきた。いわゆる恋人繋ぎというやつだ。

 「……乃亜?」
 「ん? ダメだった?」
 「ダメ、じゃないけど……誰かに見られたらどうすんだ」
 「見られたら俺の好きな人ですって胸張って言うだけだけど」
 「……っ! お前、ほんとそういうとこ……!」

 悪びれもなく堂々と言い切る乃亜に、俺の顔はまた火を吹きそうなくらい熱くなる。
 乃亜はそんな俺の反応を楽しむように、くすくす笑いながら握る手にギュッと力を込めた。

 夕暮れ色の廊下を二人で並んで歩く。
 誰もいない校舎に、重なるふたつの足音が響いていた。
 ふと、繋いだ手に視線を落とすと、乃亜がぽつりと呟いた。

 「……ねぇ、獅狼」
 「ん?」
 「俺……これからもっと我儘になると思う。今まで学級委員のフリして我慢してた分、獅狼を俺だけのものにしたいし……それでもやっぱりみんなに誤解されたままなのも、正直イライラする」

 ふっと目を伏せた乃亜の横顔は、少しだけ弱気で、普段の完璧な優等生からは想像もつかないような顔だ。
 俺が最恐だと遠ざけられていること、一人で孤立していることを、乃亜は俺以上に気に病んで、不安に思ってくれていたのかもしれない。

 ……まったく。心配性すぎる。
 俺は繋いだ手に、少しだけ力を込め返した。

 「別にいいよ」
 「え?」
 「みんなに誤解されたままでも、俺は平気。……乃亜がいるから、いい」

 周りに誰も近寄ってこなくたって、怖がられたって、もう寂しくなんてない。
 俺の本当の姿を全部知ってくれていて、こんなにも大切にしてくれる乃亜が隣にいてくれるなら、他には何もいらない。

 「……っ獅狼!?」

 乃亜が急に足を止め、バッと俺の方を見た。
 その顔は首のあたりまで真っ赤で、目を丸くして俺を凝視している。

 「な、なんだよ急に……」
 「〜〜〜〜っ、獅狼……それ、自分が何言ってるか分かってる……!?」
 「え? いや……本当のこと言っただけ――うわっ!?」

 いきなり強く手を引かれ、俺の身体が乃亜の胸の中へと抱き寄せられた。
 俺より三センチデカいだけなのに、乃亜の身体は思ったよりずっとがっしりしていて。長い腕を背中に回され、逃げ場を失う。

 「〜〜〜っ、ダメだ……かわいすぎる、反則……! 本当に容赦ないね、獅狼は……っ」
 「お、重い……! 乃亜、苦しいって……!」

 耳元で普段よりも低い声で囁かれ、心臓が爆発しそうだ。
 テンパる俺を抱きしめたまま、乃亜はハッと息を吐くように笑って、少しだけ腕の力を緩めた。

 顔を上げると、目の前にあったのは真っ赤な顔でとびきり愛おしそうに俺を見つめる乃亜の顔だった。
 夕陽を浴びてキラキラと輝くその笑顔は――やっぱり学校中の光を集めたみたいに綺麗で。

 「一生手放さないから、覚悟してね」
 「……勝手にしてろ」

 照れ隠しに少し悪態をつくと、乃亜は心底嬉しそうに「うん、そうする!」と頷いた。

 歩くために離れた身体。でも、手だけはお互いに絶対離さなかった。

 夕暮れ色の帰り道。今まで誰かと、それもこんな風に手を繋いで歩くなんて、少し前の俺が聞いたらさぞ驚くだろう。今だって幻なんじゃないかって思いそうになるのだから。でも、そのたびに繋いだ手から伝わってくる熱が、本当なんだ、と教えてくれた。

 「また明日、獅狼」
 「また明日……乃亜」

 お互いの家の分岐点。
 別れ際に交わしたその言葉は、ありふれた挨拶なのに。
 繋いだ手を離したあとも残る温もりが、胸の奥を甘く痺れさせる。

 最恐だと恐れられ、ずっとひとりだった俺の日常。
 乃亜の温もりを知ってしまった今、見慣れたはずの景色も、なんだか今までとまるで違って見えた。

 振り返り、何度も手を振る乃亜の幸せそうな笑顔を見つめながら、俺は心の中で静かに誓っていた。
 不器用で、怖がりで、威圧感しかない俺だけど――乃亜がくれたこの温もりだけは、絶対に手放さない。

 「……見えなくなるまで振るなよ」

 小さく呟いた声は誰にも聞こえていないけれど。真っ赤に染まった自分の顔を隠すように、遠ざかっていく乃亜の背中を見送りながら、俺も一度だけ小さく手を振り返す。

 いつも乃亜から言わせてばかりだった朝の挨拶。
 明日の朝は――俺の方から、乃亜に「おはよう」を言ってみよう。
 乃亜はどんな顔をするだろう。想像しただけで明日が来るのが今から楽しみで仕方なかった。