学級委員は、最恐と噂の俺のことが好きらしい

 「おはよう、狗神くん」

 翌朝。教室に入ると、綿巻が爽やかな笑顔で声をかけてきた。それが、二年生になってからの俺の朝の日課になりつつあった。
 相変わらず周りのクラスメイトたちは「綿巻、そのうちあいつに殴られるんじゃ……」と囁き合い、遠巻きに見ているが、当の本人はまったく気にしていない様子だ。

 そして昼休み。
 本当に一緒に食べるのか? という俺の疑問は昼休み開始直後に打ち消された。
 綿巻が自分のカバンからお弁当箱を取り出すと、迷いなく俺の席へとやってきたからだ。

 「狗神くん、約束通り一緒に食べてもいい?」
 「……ああ」

 俺が返事を入れると、綿巻は俺の前の席をくるりと反対に向け、そこに腰かけた。
 光の住人が、普段誰も近づかない俺のすぐ近くにいる。それだけでなんだか緊張して、俺は購買で買った焼きそばパンを開封しようとするだけで、ロボットみたいな動きになってしまうんだから情けない。

 「わ、それ美味しそうだね。今度お弁当じゃない日、ボクもそのパン買おうかな」
 「……半分、食うか?」
 「えっ、いいの? じゃあ一口貰おうかな。ボクの唐揚げと交換ね」

 どーぞ、と丁寧に弁当箱の蓋に唐揚げを一つ乗せてくれる綿巻。
 浮きまくっている俺に対しても、親しげに笑いかけるなんて、まさに絵に描いたような優等生だ。俺は断じて不良ではないが、綿巻くらい親し気に他人に微笑みかけることができていれば、こんなに怖がられずに済んだのかもしれない。

 ……それにしても。

 「おい、綿巻のやつ……狗神にカツアゲされてんじゃないか……?」
 「から揚げ奪われてるぞ……」

 周囲から聞こえるヒソヒソ声が耳に入り、俺は胃が痛くなった。ただでさえ、誰かと昼飯を食べることがなくて緊張しているというのに。
 俺は綿巻から何も奪っていない。平和的トレードだ。
 だが綿巻はそんな視線など一切意に介さず、美味しそうにパンをかじっている。

 「狗神くんの焼きそばパン、美味しいね!」
 「……そうか。よかった」

 こうして始まった、学級委員との昼食だったが、それは一日限りでは終わらなかった。

 ◇

 「おはよう、狗神くん。今日、昼から雨降りそうだね」
 「……傘、ロッカーにある」
 「それならよかった。ねぇ、今日も一緒に昼食べていい?」

 次の日も、その次の日も。
 朝の「おはよう」から始まり、昼休みになれば綿巻が俺の席へやって来て、二人で昼飯を食べる。

 「狗神くんって、いつも家でなにしてるの?」
 「……本、読んでる」
 「へえ! 学校でもよく読んでるよね! 何の本?」
 「……小説」
 「どんなジャンル? ミステリーとか?」

 俺の返事はいつも短い。人と話すのに慣れていないし、気の利いたトークなんて口から出てこない。
 けれど綿巻は、嫌な顔ひとつせずにニコニコと俺の言葉を拾ってくれる。
 相槌もうまいし、声のトーンも心地いい。
 気づけば俺も、少しずつ口数が増えていた。

 「今日はボクもパンなんだ」

 ほら、ときらりと嬉しそうな笑顔で焼きそばパンを見せてくる綿巻。綿巻が嬉しそうに笑うだけで俺の心臓はどういうわけか勝手に跳ね上がってしまう。

 「そうか」
 「あ、でも今日は狗神くん、焼きそばパンじゃないね」

 俺の手元を見た途端、綿巻があきらかにしゅんとした顔をした。
 ……なんで、お前が悲しそうな顔をするんだ。

 「売り切れてた」
 「ボクの半分あげる」
 「いい。綿巻のなくなるから」
 「じゃあ、狗神くんのコロッケパンと半分ずつ交換しよ。ボク、コロッケパンも食べてみたかったんだ」
 「……わかった」

 俺が返事をしたのと同時に、綿巻の表情がまたぱっと嬉しそうにほころぶ。それから焼きそばパンを半分にちぎってくれた。きれいな二等分だ。
 丁寧に割られた焼きそばパンを受け取り、俺もコロッケパンをちぎった。
 ――が、ちょうど半分にしたつもりだったのに全く大きさが違う。
 なんて不器用なんだ、と自分自身に呆れながら、片方を綿巻に差し出した。

 「ボクにくれたやつの方が大きいよ」
 「いい」
 「そっか、ありがとう。ありがたく貰うね」

 そう言って嬉しそうに綿巻は微笑む。
 美味しそうにコロッケパンを頬張る姿を見ていたら、自分の不器用さへの落ち込みも吹き飛んで、胸の奥がなんだかじんわりと温かくなった。綿巻が喜んでくれたなら、それでいいやと思ってしまう。

 「おい、綿巻って最近、狗神とよく一緒にいるよな……」
 「大丈夫なのか……? ……もしかして脅されてるとか」

 周囲から聞こえるヒソヒソ声は相変わらず止まない。
 ……脅し。俺が? 綿巻を?
 綿巻どころか、俺は誰も脅したことなんてない。

 というか……俺たちって、仲いいのか?
 ふと、そんな疑問が浮かぶ。
 俺には友達と呼べる存在がいた試しがない。だから、今のこの関係が友達なのかどうかもよく分からなかった。

 ……でも、綿巻と話している時間は、思った以上に悪くない。
 悪くない、どころか――綿巻が来るのを、心待ちにしている自分がいる。
 そこまで考えて、俺はその考えを頭の隅に追いやった。調子に乗るな、俺。相手は親切な学級委員だ。

 だが、そんな生活が二週間近く続いた頃には、俺の脳もすっかり毒されていたらしい。

 ◇

 ……遅いな。

 朝のホームルーム開始五分前。
 まだ姿を見せない綿巻の席に、チラチラと何度も視線を向けてしまっていた。胸の奥がそわそわして落ち着かない。
 事故にでも遭ったのか、それとも体調でも崩したのだろうか。
 ガラッと教室の扉が開き、少し息を切らした綿巻が入ってきた瞬間、ホッ胸をなでおろした自分に気づく。
 なんで? と思う間もなく、予鈴がもうすぐ鳴るというのに綿巻がまっすぐ俺の席へやって来た。

 「おはよう狗神くん。ごめんね。職員室で頼まれごとされてて遅くなっちゃった」
 「……はよ。……別に、謝らなくていい」

 朝の挨拶なんて、わざわざ毎日するものでもないはずなのに。来なきゃ来ないで静かでいいはずなのに。ずっとそう思っていたはずなのに。
 来ないと、こんなにも胸が削られるような気持ちになるなんて知らなかった。