「ヒッ、出た……!」
放課後。背が高いという理由だけで担任に校内の掲示物を貼るのを頼まれ、ようやく作業を終えて教室に戻ると、女子の悲鳴が上がった。
俺のことかと申し訳なくなるが、どうやら今回は違うらしい。
教卓の横で、残っていた女子たちが震えている。視線の先には――黒くて、脚が長くて、カサカサ動く謎の巨大な虫。
うわ、出た。無理無理無理無理!
「きゃー!! 動いた!? 今、めっちゃ動いたよねっ!?」
「ガチキモい!! ほんっと無理だって!!」
俺だって今すぐ走って逃げ出したい。だが、ここで俺が逃げたら女子たちが困る。何よりこのまま放置したら、この虫は明日までにここで死ぬかもしれない。さんざん「キモい」と言われた挙げ句に最期の時をむかえるなんて、かわいそうすぎる。
心臓がバクバクと嫌な音を立てる。表情を必死に殺して平常を装うが、足が凍りついて動かない。
どうする。戦うか?
無理だ、急に飛んだら俺の方が最期の時をむかえることになる。でも、なんとかして助け出さなきゃ……。
「どうしたの?」
いきなりすぐ隣から声がして、それだけで飛び上がりそうになる。見れば、学級委員の集まりを終えたらしい綿巻が、立っていた。
綿巻は一瞬で教室内と、それから俺の状況までも把握したらしく、俺にだけ聞こえる小声で囁いた。
「狗神くん、もしかして虫苦手?」
「……べ、別に」
必死に強がって短く答えると、綿巻は「そっか」と優しく笑った。
綿巻は手に持っていた『前期学級委員会のしおり』と書かれた冊子で素早く虫を掬い、窓の外へ逃がしてくれた。
助かった……まじで神……。
心の中で拝みながら胸を撫で下ろしていると、「綿巻くんすごーい! ありがとう!」と女子たちが一斉に綿巻の元へ駆け寄っていった。
「ううん、ボクは逃がしただけだよ」
女子たちに囲まれながら、完璧な笑顔で応対する綿巻。
……まじで光の住人だな。
俺みたいなヤバいやつ認定された人間がこれ以上ここに居座るのも迷惑だろう。お礼はまた今度言うことにして、カバンを抱えてそっと教室を抜け出そうとした、その時だった。
「狗神くん」
人垣の隙間から、綿巻がすっと俺の元へ歩み寄ってきた。
女子たちの「えっ、なんであいつ……?」という視線とざわめきが一斉に突き刺さり、俺の心臓が嫌な跳ね方をする。
「明日さ、ボクと一緒に昼ごはん食べない?」
「……え?」
思わぬ提案に、固まってしまう。
俺と? クラスで一番浮いている俺と、学級委員の綿巻が?
「あ、無理にとは言わないけど」
「いや……とかじゃない、けど……なんで俺?」
「なんでって、狗神くんと一緒に食べたいからだけど」
爽やかな笑顔で事も無げに言われ、俺は返事に詰ってしまう。
女子たちの「綿巻くんが狗神を昼に誘った……!?」という驚愕の悲鳴を背中に浴びる。
――ああ、そうか。
綿巻は学級委員だ。
ぼっちの俺を見かねて、親切心で声をかけてくれたんだな。女子たちがいる前でも、俺に配慮してくれるなんて、さすが優等生だ。
「……いい、けど」
そう答えると、綿巻の顔がパッと華やいだ。あまりにも嬉しそうな顔をするから、俺の胸が、さっきの嫌な跳ね方とは別の跳ね方で、跳ね上がる。
「よかった。じゃあ明日ね」
「……おう」
なんでそんなに嬉しそうなんだ。
学級委員の仕事って、そんなに楽しいものなのか? 二年連続で自分から立候補するくらいだし、たぶん綿巻にとっては楽しいんだろうな。
いや、だからっていくらなんでも学級委員の仕事にしては、親切すぎる気もするが……それを無下にするのは失礼だ。
放課後。背が高いという理由だけで担任に校内の掲示物を貼るのを頼まれ、ようやく作業を終えて教室に戻ると、女子の悲鳴が上がった。
俺のことかと申し訳なくなるが、どうやら今回は違うらしい。
教卓の横で、残っていた女子たちが震えている。視線の先には――黒くて、脚が長くて、カサカサ動く謎の巨大な虫。
うわ、出た。無理無理無理無理!
「きゃー!! 動いた!? 今、めっちゃ動いたよねっ!?」
「ガチキモい!! ほんっと無理だって!!」
俺だって今すぐ走って逃げ出したい。だが、ここで俺が逃げたら女子たちが困る。何よりこのまま放置したら、この虫は明日までにここで死ぬかもしれない。さんざん「キモい」と言われた挙げ句に最期の時をむかえるなんて、かわいそうすぎる。
心臓がバクバクと嫌な音を立てる。表情を必死に殺して平常を装うが、足が凍りついて動かない。
どうする。戦うか?
無理だ、急に飛んだら俺の方が最期の時をむかえることになる。でも、なんとかして助け出さなきゃ……。
「どうしたの?」
いきなりすぐ隣から声がして、それだけで飛び上がりそうになる。見れば、学級委員の集まりを終えたらしい綿巻が、立っていた。
綿巻は一瞬で教室内と、それから俺の状況までも把握したらしく、俺にだけ聞こえる小声で囁いた。
「狗神くん、もしかして虫苦手?」
「……べ、別に」
必死に強がって短く答えると、綿巻は「そっか」と優しく笑った。
綿巻は手に持っていた『前期学級委員会のしおり』と書かれた冊子で素早く虫を掬い、窓の外へ逃がしてくれた。
助かった……まじで神……。
心の中で拝みながら胸を撫で下ろしていると、「綿巻くんすごーい! ありがとう!」と女子たちが一斉に綿巻の元へ駆け寄っていった。
「ううん、ボクは逃がしただけだよ」
女子たちに囲まれながら、完璧な笑顔で応対する綿巻。
……まじで光の住人だな。
俺みたいなヤバいやつ認定された人間がこれ以上ここに居座るのも迷惑だろう。お礼はまた今度言うことにして、カバンを抱えてそっと教室を抜け出そうとした、その時だった。
「狗神くん」
人垣の隙間から、綿巻がすっと俺の元へ歩み寄ってきた。
女子たちの「えっ、なんであいつ……?」という視線とざわめきが一斉に突き刺さり、俺の心臓が嫌な跳ね方をする。
「明日さ、ボクと一緒に昼ごはん食べない?」
「……え?」
思わぬ提案に、固まってしまう。
俺と? クラスで一番浮いている俺と、学級委員の綿巻が?
「あ、無理にとは言わないけど」
「いや……とかじゃない、けど……なんで俺?」
「なんでって、狗神くんと一緒に食べたいからだけど」
爽やかな笑顔で事も無げに言われ、俺は返事に詰ってしまう。
女子たちの「綿巻くんが狗神を昼に誘った……!?」という驚愕の悲鳴を背中に浴びる。
――ああ、そうか。
綿巻は学級委員だ。
ぼっちの俺を見かねて、親切心で声をかけてくれたんだな。女子たちがいる前でも、俺に配慮してくれるなんて、さすが優等生だ。
「……いい、けど」
そう答えると、綿巻の顔がパッと華やいだ。あまりにも嬉しそうな顔をするから、俺の胸が、さっきの嫌な跳ね方とは別の跳ね方で、跳ね上がる。
「よかった。じゃあ明日ね」
「……おう」
なんでそんなに嬉しそうなんだ。
学級委員の仕事って、そんなに楽しいものなのか? 二年連続で自分から立候補するくらいだし、たぶん綿巻にとっては楽しいんだろうな。
いや、だからっていくらなんでも学級委員の仕事にしては、親切すぎる気もするが……それを無下にするのは失礼だ。



