二年に進級し、新しいクラスになって二週間。
俺の周りだけ、いつも絶妙なディスタンスが保たれている。
右も、左も、前も、後ろも。まるで俺の席を中心に目に見えないバリアでも張られているかのように、誰も近寄ろうとしない。
まあ、いつものことだから別にいいんだけど。
そう思いながら机の横にカバンをかけた時だった。
「おはよう、狗神くん」
すれ違いざま、ごく自然に声をかけられた。
顔を上げると、眩しいくらいの笑顔と目が合う。
学級委員の綿巻だ。
「……おう」
俺が戸惑い混じりに返すと、綿巻は満足そうに微笑んで自分の席へと歩いて行った。
……なんで?
俺は思わずその背中を目で追ってしまう。
綿巻乃亜。
一年の時から同じクラスだが、一度も話したことはなかったはずだ。それなのに、二年になってからこうして毎朝俺に声をかけてくるようになった。
成績が良くて運動もできる。顔も良くて誰にでも愛想がいい。男女問わず人気があって、先生からも頼りにされている。
俺とは正反対の、学校中の光を集めたようなやつだ。
それから――ふわふわと可愛らしい名前をしているくせに、俺より背が高い。
「狗神くんって、身長何センチ?」
以前、プリントを配る時にふと聞かれたことがある。
「一八二」
「やっぱり高いね」
「……お前のほうが高いけどな」
「ふふ、三センチだけだよ」
あの悪意のない眩しすぎる笑顔。
俺だってクラスじゃ十分高いほうだ。それなのに、綿巻は俺より三センチ高いなんて。
…なんか、ちょっと悔しい。
席に着いた綿巻の背中を目で追っていると、一人の男子と目が合った。
ほんの一瞬目が合っただけだが、バッっと音速で逸らされる。
……まただ。
――俺は昔から、人に怖がられる。
原因は分かっている。身長だけじゃない。
目つきが悪いことだ。普通にしているだけなのに「目が合っただけでキレてくる」「三秒以上目を合わせたら殴られる」と噂されている。無口なのも手伝って、周囲からはすっかりヤバいやつ認定されていた。
背が高いのも威圧感を与えてしまうと思い、少しでも縮こまろうと猫背気味に歩くようにしているのだが、それが逆に「オラついてる」と言われているらしい。だったら、どうしろというんだ。
おまけに名前は、狗神獅狼。
犬なのか獅子なのか狼なのか。せめてどれか一つにしてほしかった。この名前だけでも警戒される要素としては満点だ。俺はただの人間なのに。
ちなみに俺は、犬も獅子も狼も、全部怖い。
「おい、狗神だ……」
「目を合わせるな、殺されるぞ……」
俺が何を見るでもなく、少しでも視線を彷徨わせればヒソヒソ声が聞こえてくる。
こうなったのには一応、理由がある。
中学生になり、身長が一気に伸びた途端、俺は不良の格好の餌食となった。「ガン飛ばしてきたから」ならまだマシだが、「俺より背が高いから」という理不尽すぎる理由で喧嘩を吹っ掛けられることもしょっちゅうで、たまったもんじゃない。
同中にとどまらず、近隣の中学、なんなら高校生まで毎日飽きもせず俺に絡みに来て、拳や足蹴りが飛んできた。
だが、正当防衛といえど、人を殴るなんて絶対に無理だ。痛そうだし。俺も、相手も。
小学生の頃に空手を習っていたおかげで、護身程度はできたから、ひたすら相手の攻撃を避けまくっていただけなのだが――それが巡り巡って、『狗神が南中と西高の不良七十人を一人でボコった』という、尾ひれどころか羽まで生えた伝説が爆誕した。
ボコってない。俺は一発も殴ってない。
だが噂は一人歩きし、高校に上がった頃には「最恐の男」として誰も近寄らなくなった。
……いいんだ。静かで楽だし。
それに、怖いと言われても困る。怖いのは俺の方だ。
俺の周りだけ、いつも絶妙なディスタンスが保たれている。
右も、左も、前も、後ろも。まるで俺の席を中心に目に見えないバリアでも張られているかのように、誰も近寄ろうとしない。
まあ、いつものことだから別にいいんだけど。
そう思いながら机の横にカバンをかけた時だった。
「おはよう、狗神くん」
すれ違いざま、ごく自然に声をかけられた。
顔を上げると、眩しいくらいの笑顔と目が合う。
学級委員の綿巻だ。
「……おう」
俺が戸惑い混じりに返すと、綿巻は満足そうに微笑んで自分の席へと歩いて行った。
……なんで?
俺は思わずその背中を目で追ってしまう。
綿巻乃亜。
一年の時から同じクラスだが、一度も話したことはなかったはずだ。それなのに、二年になってからこうして毎朝俺に声をかけてくるようになった。
成績が良くて運動もできる。顔も良くて誰にでも愛想がいい。男女問わず人気があって、先生からも頼りにされている。
俺とは正反対の、学校中の光を集めたようなやつだ。
それから――ふわふわと可愛らしい名前をしているくせに、俺より背が高い。
「狗神くんって、身長何センチ?」
以前、プリントを配る時にふと聞かれたことがある。
「一八二」
「やっぱり高いね」
「……お前のほうが高いけどな」
「ふふ、三センチだけだよ」
あの悪意のない眩しすぎる笑顔。
俺だってクラスじゃ十分高いほうだ。それなのに、綿巻は俺より三センチ高いなんて。
…なんか、ちょっと悔しい。
席に着いた綿巻の背中を目で追っていると、一人の男子と目が合った。
ほんの一瞬目が合っただけだが、バッっと音速で逸らされる。
……まただ。
――俺は昔から、人に怖がられる。
原因は分かっている。身長だけじゃない。
目つきが悪いことだ。普通にしているだけなのに「目が合っただけでキレてくる」「三秒以上目を合わせたら殴られる」と噂されている。無口なのも手伝って、周囲からはすっかりヤバいやつ認定されていた。
背が高いのも威圧感を与えてしまうと思い、少しでも縮こまろうと猫背気味に歩くようにしているのだが、それが逆に「オラついてる」と言われているらしい。だったら、どうしろというんだ。
おまけに名前は、狗神獅狼。
犬なのか獅子なのか狼なのか。せめてどれか一つにしてほしかった。この名前だけでも警戒される要素としては満点だ。俺はただの人間なのに。
ちなみに俺は、犬も獅子も狼も、全部怖い。
「おい、狗神だ……」
「目を合わせるな、殺されるぞ……」
俺が何を見るでもなく、少しでも視線を彷徨わせればヒソヒソ声が聞こえてくる。
こうなったのには一応、理由がある。
中学生になり、身長が一気に伸びた途端、俺は不良の格好の餌食となった。「ガン飛ばしてきたから」ならまだマシだが、「俺より背が高いから」という理不尽すぎる理由で喧嘩を吹っ掛けられることもしょっちゅうで、たまったもんじゃない。
同中にとどまらず、近隣の中学、なんなら高校生まで毎日飽きもせず俺に絡みに来て、拳や足蹴りが飛んできた。
だが、正当防衛といえど、人を殴るなんて絶対に無理だ。痛そうだし。俺も、相手も。
小学生の頃に空手を習っていたおかげで、護身程度はできたから、ひたすら相手の攻撃を避けまくっていただけなのだが――それが巡り巡って、『狗神が南中と西高の不良七十人を一人でボコった』という、尾ひれどころか羽まで生えた伝説が爆誕した。
ボコってない。俺は一発も殴ってない。
だが噂は一人歩きし、高校に上がった頃には「最恐の男」として誰も近寄らなくなった。
……いいんだ。静かで楽だし。
それに、怖いと言われても困る。怖いのは俺の方だ。



