可愛くない篠原君の不器用な片想い

 目が覚めたら真っ黒だった。
 何事かと思ったら、目の上にタオルが置いてあった。

「何、これ」

 眠い目を擦りながらタオルを手に取る。
 冷たく湿ったタオルだ。

(そういえば、夢の中でも鷹宮が目の上にタオル、置いてくれた)

「え……まさか、夢じゃなかった?」

 俺は慌ててベッドの上を見回した。
 足元に鞄とトートバックが置きっぱなしだ。
 服も、制服のままだ。
 それよりも、何よりも。

「ネックウォーマーが、ない」

 昨日、眠る前に仕上げたはずのネックウォーマーがない。

(夢の通りなら、鷹宮が持って、いって……)

 さっと血の気が下がった。
 俺は勢いよくベッドのカーテンを開けた。

「あ、おはよう」

 朝練用のジャージに着替えた颯真が、俺を振り返った。

「目、まだ腫れてるな。後でまた冷やしたほうがいいよ」
「鷹宮、それ、それ……」

 俺の顔を覗き込んだ鷹宮の首に、俺が作ったネックウォーマーがある。

「うん、着け心地いいよ。ありがと」

 当然のように笑顔でお礼を言われた。
 確かに、颯真のために作った。
 渡そうと思っていた、昨日までは。
 でも、今はそうじゃない。

「鷹宮にあげるために作ったなんて、言ってない!」
「でも、帽子と同じ色の毛糸だよ」
「それはっ……毛糸、余ってたから」

 颯真が考えるようにネックウォーマーを摘まんだ。

「じゃぁ、欲しい。ちょうだい」
「なっ……なっ」

 言葉が出てこなかった。

「お、おまっ、お前のそういうトコ、不躾! 厚かましい!」

 俺はベッドの上のクッションを颯真に向かって投げ付けた。
 颯真がクッションを軽々受け取る。

「だって、結斗が作った物は全部、俺が欲しいもん」
「はぁ?」

 訳が分からなくて、可愛くない声が出た。

「他の奴のこと考えながら作ってほしくないんだよ」
「だから、何で……」

 そこまで言って、言葉が止まった。
 今のって、まるで告白みたいじゃないか?
 俺の考えすぎかな?

(夢の延長かも知れない。俺の意識、バグッてる)

 俺は自分の頭をポコポコ叩いた。

「だから、そういう可愛い仕草するなって」

 颯真が笑いながら俺の手を掴んだ。

「かわ……俺は可愛くない!」

 可愛くなんかない。
 いつも気持ちと逆のことを言って、ツンとして。
 颯真が俺を可愛いとかいうのも、あり得ない。

「可愛いよ。結斗は可愛い」

 颯真がやんわりと俺の両手を握った。

「ねぇ、そろそろ気付いてよ」
「な、なに、が?」

 ドキドキが早くて、息が浅くて、言葉が続かない。

「俺、結斗が好きなんだよ」
「……うそだ」

 颯真が、最大級に俺に都合のいい言葉を発した。
 これはきっと、夢の延長だ。

「何で嘘なんだよ。本当だって。好きだから、このネックウォーマーは絶対に俺が欲しい。他の誰にも取られたくない」

 颯真が、手を放してくれない。
 俺に都合のいいことばかり言う。
 
 息がかかりそうなほど顔が近くて。
 颯真の手の熱が直に伝わって。
 俺の心臓は爆発しそうで。

 こんなのもう、夢の範囲を超えてる。

「結斗は他に、好きな奴、いるの?」

 俺は反射的に首を振った。

「俺が好きなのは、颯真……あ!」

 うっかり名前を呼んだ。
 いつも気を付けて鷹宮って呼んでたのに。
 しかも、好きって言っちゃった。

「やっと名前、呼んでくれた」

 颯真が嬉しそうに笑った。
 本当に嬉しそうに笑うから、俺の肩の力が抜けた。

「結斗が俺のこと好きで、良かった」

 颯真が安心した顔をした。

「違う、今のは、違くて」
「違うの?」

 颯真が、悲しそうに眉を下げた。

「ちがく……ないけど。でも、颯真、昨日、告白されて」

 俺は口を噤んだ。
 盗み見た告白の話をしていいはずがない。

「告白? もしかして間宮の話、誰かに聞いた?」

 何とも言えなくて、返事ができない。

「女子寮でさ、子猫拾っちゃったんだって。実家で飼える人、探してるんだってさ」
「は? 子猫?」
「先生や管理者の鈴木さんに内緒で、寮で保護してるらしくてさ。こっそり相談されたんだよ」

 俺は、ポカンと口を開けて呆けた。

「うちは犬がいるからさぁ。どうしようかと思って。一応、考えさせてって言ったんだけど。結斗にも相談しようと思ってたんだ」
「猫……」
「そう、猫。結斗の実家、飼える?」
「えっと……聞いてみる」
「うん、ありがとな」

 気が抜けて、力まで抜けた。

「そっか、猫……ふふ、あはは」

 段々おかしくなってきて、笑いが込み上げた。

「なんだ、どした?」

 困惑する颯真を余所に、俺は笑った。
 好きの告白じゃなかった。
 相談だった。
 そうわかったら、急に気持ちが軽くなった。

「結斗、こっち見て」

 颯真が握った手を引いた。
 上半身が引っ張られて、顔が近付いた。

「結斗の気持ち、ちゃんと教えてよ」

 颯真の顔が間近に迫る。
 手も握られているし、逃げられる距離じゃない。
 
「俺も、颯真が、好きだよ」

 きっと俺は狡い。
 颯真が先に好きと言ってくれたから。
 怖くなく告白できた。

「よかったぁ。結斗に嫌われたら、どうしようかと思った」

 颯真が安心した顔で息を吐いた。
 その気持ちは、痛いほどわかる。
 相手が何とも思っていなかったら、この先の寮生活が気まずくなるだけだ。
 気持ちだけで先走れない。

(同じ、だったのかな。颯真も俺と同じように想っていたのかな)

「颯真、先に伝えてくれて、ありがと」

 俺は握られた手を持ち上げて、颯真の手にキスをした。

「嬉しかったから、お礼」

 おずおずと颯真を見上げる。
 頬が赤く染まっていた。

「そういうとこ、本当に可愛いんだよ」

 颯真が手を離した。
 俺の肩を掴んで顔が近付く。
 唇が、ふわりと触れた。

「お礼、もっと欲しい」

 颯真が嬉しそうに笑う。
 相変わらずのイケメンが、いつもより格好良く見える。

「そういうトコ、厚かましい」

 颯真の顔を掴まえて、頬にキスをした。
 颯真が嬉しそうに微笑む。
 こんな顔が見られるなら、いくらだってお礼したい。
 でも、そうは言わない。

「このネックウォーマー、朝練にしていっていい?」
「いいけど、時間大丈夫?」

 結構長いこと話していたが、今が何時なのかわからない。

「まだ五時。全然余裕」
「え? なんでこんなに早く起きてんの?」
「結斗の目のタオル、替えるため」

 颯真が俺の目尻を指でなぞった。
 俺の息が止まった。
 きっと一晩中、替えてくれていたんだ。
 だからタオルが湿っていたんだ。

(颯真がそんな風だから、だから俺は)

「……好き」

 颯真の手をぎゅっと握った。

「俺も。俺の前でだけ可愛い結斗が大好きだよ」

 颯真の口から、好きという言葉が連呼されている。
 現実か疑うレベルだけど。
 握った手が温かいから、信じられる。

「結斗、シャワー室行って来たら? 昨日、風呂入ってないだろ」
「そうだった。帰ってきて寝ちゃったから」
「泣きながら寝ちゃったの? 可愛い」

 颯真が可愛いを連呼する。
 それはちょっとやめてほしい。
 俺に可愛い要素なんかない。

「何で泣いてたの?」
「それは……」

 颯真が他の人と付き合うかもと思ったから、とは言えない。

「内緒」

 これだけは、気持ちを伝え合っても内緒だ。

「ふぅん」

 颯真が鼻を鳴らした。

「そのうち、聞き出す」

 颯真が、がばっと俺を抱きしめた。

「急に、そういうのは!」
「嫌?」
「……嫌じゃない」
「じゃ、する」

 颯真の胸に強く抱かれる。
 いつも隣に感じていた匂いが、いつもよりずっと近い。
 颯真の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
 俺も颯真を抱き返した。