可愛くない篠原君の不器用な片想い

 気まずくて、部屋に帰りたくない。
 けれど帰らないといけない。
 俺は張れた目を擦りながら、トボトボと寮に歩いた。

「はぁ……」

 情けない溜息が出た。
 こういう時、寮が遠くて良かったと思う。
 明倫高校は同じ敷地内に学校の校舎と寮がある。
 敷地が馬鹿みたいに広いから、どこに行くにも遠い。

(この顔、ツッコまれても何も言えない)

 腫れあがった目の言い訳なんか、思い付かない。

「はぁぁ……」

 さっきより長い溜息が零れた。

「来てくれて、ありがとう」

 女子の声が聞こえた。

(こんな人気のない場所で?)

 俺はキョロキョロとした。

「あのね、実はね……」

 途切れ途切れに聞こえる声は、校舎の裏側のほうからだ。
 声が緊張して聴こえる。
 こんな場所で女子が緊張しながらする話なんて、決まっている。
 
(盗み聞きは良くない。興味もないし)

 静かに立ち去ろうとした俺の耳に、とんでもない名前が聴こえた。

「鷹宮君と二人きりで、話したくて……」

 俺の足がピタリと止まった。
 今、鷹宮って言った?
 鷹宮なんて、俺は一人しか知らない。
 
(そんな……さっきまで、家庭科室にいて)

 出て行ったあとに呼び出されたんだろうか。
 別に珍しくない。
 颯真はモテる。
 よく女子に告白されている。
 その度に断っているのを知っている。

(同じ部屋にいるんだから、それくらい知ってる)

 だから今日もきっと、断るに違いなくて。
 そんなの、いつものことなんだ。
 そう、自分に言い聞かせるのに。

「うん。話って……」

 颯真の声が微かに聞こえた。
 ドクン、と心臓が下がった。
 ドクドクと嫌な鼓動が徐々に速くなっていく。

(盗み聞きなんか、良くない。わかってるけど)

 俺の足は、自然と校舎裏に向かった。
 校舎の壁に隠れて、奥を覗く。
 人気のない場所に、颯真の背中が見えた。

(やっぱり、鷹宮だ)

 声だけなら、もしかしたら違うかもと思ったのに。
 そんな期待はあっさり裏切られた。

「あ、あのね……」

 颯真の奥に立つ女子が、もじもじしている。
 その仕草に、やけにイライラした。

(言うなら、さっさと……いや、告白なんかするな)

 もう一年以上、想いを胸に秘めているのに。
 俺はいまだに颯真に何も言えない。

「一年生の頃から、悩んでいたの。付き合ってもらえないかな」

 女子が思い切った風に想いを打ち明けた。
 やっぱり、告白だった。
 俺の胸が虚しく落胆した。

(でも、鷹宮はきっと断るから)

 颯真が頭を掻いて返事を戸惑っている。

(何ですぐに返事、しないの? すぐに断れよ!)

 ドキドキしながら、颯真の背中を見詰める。
 不意に颯真が後ろを振り返った。
 俺は慌てて校舎の壁に隠れた。

(何で……気付かれた?)

 恐る恐る、覗き込む。
 颯真は女子のほうに向き合っていた。
 俺はほっと息を吐いた。

(まだ安心してる場合じゃない。早く返事しろ!)

 断れ、断れと念を送りながら見詰める。

「そうだな。少し、考えさせてくれる?」

 颯真が、予想だにしない返事をした。
 ドクドクと鼓動が脈打つ。

 目の前が真っ暗になった。

 それから先の声は、何も耳に入って来なかった。
 俺の足は自然と寮に向いた。

(考えるって、何? あの子には、鷹宮の恋人になる可能性があるの?)

 同じ部屋で一年半も一緒に暮らしている俺には、そんな可能性ないのに。
 
(考えたら、鷹宮はあの子を恋人に選ぶかもしれないの?)

 涙が、ポロリと零れた。
 家庭科室で流した涙より、ずっと熱くて、重い。

「……うっ、うっく、うぅ」

 声を噛み殺しながら、泣いた。
 泣きながら歩いているうちに、寮に着いた。
 部屋に入って、茫然と立ち尽くす。

「……そのうち、鷹宮もこの部屋に帰ってくるんだ」

 どんな顔をしていればいいんだろう。
 こんなに腫れた目を、どう隠せばいいんだろう。

 俺は荷物ごとベッドに入って、カーテンを閉めた。
 隙間も開かないように、マジックテープをぎゅうぎゅうに押し付ける。

「これで、顔は見なくて済む、かな」

 告白されていた時、照れたような仕草をしていた颯真を思い出す。
 颯真もあの子を良いと思っていたんだろうか。

(鷹宮も……好き、だったのかな)

 じわりと、涙が滲んだ。
 枕に思いっきり突っ伏した。

「うっく……うぅ」

 泣いているなんて、気付かれたくない。
 声を殺す練習をした。

(何かに集中したら、忘れるかも)

 俺はトートバックをごそごそと漁った。
 出てくるのは、颯真のために作っているネックウォーマーだけだ。

「……作ろ」

 パッチンボタンを縫ってガーゼを留めて、輪っかにしたら完成だ。

「作っても、どうせもう、渡せないけど」

 ボロボロと、涙が流れる。
 
(考えない。何も考えない)

 頭の中でそう唱えながら、パッチンボタンを縫い付けた。