カインドネス・リベンジ

 街路樹のざわめきが心地よい音を耳に運んでくる。暖かい木漏れ日と共にそよ風が頬を撫でていった。

 爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込み、深呼吸する。
 周りからは登校していく生徒たちの声が聞こえてきた。

「雅人、おはよう」

 ふいに後ろから声をかけられた白石(しらいし)雅人(まさと)は振り返った。
 すると、そこには笑顔を向ける蒼井(あおい)空良(そら)の姿があった。

「空良、おはよう」

 二人は肩を並べると、登校する学生たちの群れの中へと紛れていった。

 雅人は隣にいる空良をそっと横目で見つめる。

 雅人にとって、空良は親友であり憧れの象徴だった。
 大人しい性格で引っ込み思案、人に流されやすく、主張ができないタイプの雅人は、いじめられることが多かった。

 そんな雅人をいつも庇い、守ってくれたのが空良だった。

 からかわれていれば、すぐに飛んできて庇ってくれた。
 物を隠されたら、見つかるまで一緒に探してくれた。
 悪口を言われて落ち込んでいたら、いつも優しく励ましてくれた。

 空良は誰よりも強くて優しい心の持ち主だった。自分の意思をしっかり持ち、誰にでも主張ができる。
 面倒見もよく、思いやりがあり、弱い者を放っておけない性格。

 だから、雅人のことも放っておけなかったのかもしれない。

「雅人、もっと自分に自信を持て。君は君が思っている以上に本当は強いんだ」

 いつも励ましてくれる空良。
 とても眩しくて、憧れた。

 でも、君のようにはなれないことが、苦しかった。

 空良はなぜか、「雅人の優しさが好きだ」と言ってくれた。
 その優しさはとても貴重だと。いつかきっと強さに変わるからと。

 彼の言っていることは、よくわからなかった。
 周りから見たら、二人はきっと親友に見えていたんだと思う。

 空良もきっとそう思っていたし、雅人も同じだった。

 それだけで、幸せだった。


 そんなある日、突然それはやってきた。

 市長が新しく就任したのと同時に、空良と雅人のクラスに市長の息子である、森谷(もりたに)俊介(しゅんすけ)が転校してくる。

 それがすべてのはじまりになるなんて、この時は思いもしなかった。

 俊介は父の権力を盾に、クラスを仕切るようになっていった。

 俊介の性格やリーダー的素質もあったのかもしれない。
 いつしか、誰も彼には逆らえない空気ができあがっていた。

 そんな中、雅人が目をつけられた。

 雅人はいじめるのに適していると思われたのだろう。
 いじめればいじめるほど、雅人は怯え、傷つき、相手の望むような反応を返してしまう。
 いじめる側からしたら、こんな格好の餌食はいなかった。

 そんな状況に目を瞑る空良ではない。

 ある日、雅人が俊介の手下たちにボコボコにされているところへ、空良が現れる。

 数人の生徒に囲まれ、怯えたように頭を抱える雅人。

 空良は周りの連中など目に入っていないかのように、雅人の側へ近寄っていく。
 その有無を言わさぬ態度に、周りの連中は少し怖気づき、道を開けていく。

 雅人をいじめる者たちを順番に睨みつけていく空良。
 最後に高みの見物をしている俊介へ視線を向けたところで、その瞳の動きが止まった。

 低い声音で空良が言い放つ。

「雅人に手を出すな」

 はじめて自分に逆らってきた人物に、興味津々な俊介は空良を上から見下ろした。
 格上の者が格下の者を見るような、いや、虫けらを見るような目つきだった。

「こいつがいじめて欲しそうにしてるからだろ」

 俊介はその切れ長の目で空良を睨みつけ、余裕のある笑みを浮かべながら、長く伸びた前髪をかきあげた。

 普通の者なら、この時点で少し怯える。
 そう、普通なら。

 しかし、空良は俊介を馬鹿にするように鼻で笑った。

「おまえ、弱いんだな」

 俊介は思いもしなかった言葉を浴びせられ驚愕する。
 顔がみるみる険しくなっていく。

「どういう意味だ」
「自分より弱そうだと思う者をいじめて、楽しんでるからさ」

 空良が俊介を挑発するような笑みを見せる。

 俊介の眉が片方ぴくりと上がったが、何も言い返してこない。
 ただじっと空良を睨みつけている。その目には、強い怒りと憎しみが滲んでいた。

 空良は雅人の手を取り、立たせると彼に優しく微笑んだ。
 雅人は呆然と、ただ見つめている。

 空良は雅人を連れ、去って行った。

 その後ろ姿を睨みつけていた俊介がつぶやく。

「ふん、面白い……思い知らせてやる」

 俊介は不敵な笑みを浮かべ、小さく笑った。