「ついたで。飯食いに行こう。ここ、しらす丼うまいから」
到着したのは、海を見下ろす高台のカフェで、暑さを凌ぐために、旅行者が集まり混雑している。窓際の席に座ると、パノラマのように青い海が見渡せた。
先輩のお勧めの、しらす丼を注文してみる。生しらすのプチプチ感が堪らなくて、テンションが上がる。卵黄を崩しながらいただくのは贅沢だし、今の時期は、生しらすと釜揚げしらすの両方が堪能出来て大満足。
「……美味しいです。生しらすヤバいです」
「せやろ?」と得意気な先輩と笑い合い、二人とも夢中で平らげた。
食事を終えて会計をしようとしたら、「俺が無理やり連れてきたんやから、帰るまで財布出すの禁止な」と言われてしまって、払わせてもらえない。持ち合わせもあまりないから、給料日後に纏めて払わせてもらおう。
食後、「暑いからドライブしよか」と誘われ、海沿いを走る。写真スポットに何度か降りて、久しぶりの海を堪能した。
だいぶ暑さが落ち着いた頃にビーチに行ってみようと、先輩に連れられて小さな駐車場に車を停める。
「着いたで。ここ、穴場やから、あんまり人おらんねん」
得意気な先輩に促され、車から降り立った瞬間、強めな潮風が頬を撫でる。潮の香りが強くて……じわじわと昔の海のことを思い出してしまう。
「ほら、靴脱いで、このビーサン貸したるから」
先輩が持ってきてくれたビーサンに履き替える。確かに靴だと、砂でドロドロになりそうだから、素直に履かせてもらう。
そして、先輩は俺の手を引いて、砂浜へと連れて行く。波打ち際に近づくにつれて、足が竦んだ。潮の匂いと、寄せては返す波の音が、記憶の底に沈んでいたあの日の感覚を引きずり出してくる。
忘れていたのに……ちょっと怖い。手を離して、足が止まった俺に気づいた先輩が振り返る。
「京ちゃん? なんか、あかんくなってきた? もうちょい離れよか?」
「……ちょっと……すみません、変ですよね……」
「変ちゃうよ。前に教えてくれたやん? 溺れかけた時のこと……無理はしたあかんで? 戻ろか? ほら、手貸してみぃ」
そう言って先輩が手を差し伸べてくれて、迷わずその手を掴んだ。でも、首を横に振り「戻りません」と伝える。
「そっか。一人で歩かせへんし、ずっと繋いどくから。それに、無理そうやったら、いつでも引き返せるからな」
先輩に、強く握り返された瞬間、少しだけ息がしやすくなった。ドキドキする気持ちと恐怖心が入り混じる中、一歩ずつ前進していく。ついに波打ち際に辿り着き、足を踏み入れてみる。
冷たい水が足首を包んだ瞬間、体がびくっと竦んだけれど、先輩の手の力強さがあの日の恐怖に打ち勝った。
「……先輩、怖くないです。……先輩が側にいてくれたから……」
言った瞬間、先輩の表情がくしゃっと崩れるように緩んだ。
「そうか……よかったやん」
少しずつ波に慣れていくと、海への苦手意識が不思議と薄れていった。まだ、泳ぐのは怖いけれど、こんな風に普通に足を浸けれるようになったことが驚きだ。心に溜まった感謝の気持ちをこめて「ありがとうございます」と伝えると、先輩はいつものように「気にせんでええ。また海で遊ぼな」と、ニカッと白い歯を見せてくれた。
ビーチでぼーっと波を眺めたり、波打ち際をゆっくり歩いていたら、空が少しずつ茜色に染まってきて、夕陽が水平線に吸い込まれていく。俺たちはただ、海と溶け合う太陽を並んで眺めた。
夕食は、海が見えるお食事処に入った。
「ここ、鱧のコースで予約してあるから」と先輩に言われて、そう言うものなのかと思って、素直に着いていく。席に着くと店員さんがやってきて、「お飲み物はいかがなさいますか?」と聞かれる。
「俺、ビールもらおかな。京ちゃんは?」
「えっ、先輩、運転は?」
「あー、今日泊まりやから」
「……は?」
「部屋取ってるから、気にせんでええで。ビールでええ?」
「いや、お茶で」
即答すると、先輩がくすっと笑った。「泊まりってどう言うことー」って叫びたくなる気持ちを抑える。ここまで長時間運転してきてもらった身だから、我儘は言えない。
お酒もダメだ。また酔って、大変なことになったら怖いし……。
とりあえず、今は食事を楽しむ事だけを考えよう。そう思って、目の前に運ばれてきた鱧の湯引きに箸を伸ばす。梅肉をちょんっとつけて、恐る恐る一口含んだ瞬間――。
ふわっとした食感が舌の上で広がって、独特な旨味がじんわりと染み渡る。これは食べたことのない味だ。淡白なのに濃厚で……癖になりそう。
「何これ、めっちゃくちゃ美味しい!」
「そうやろ? 鱧は淡路島のが一番ええねん」
箸が止まらない俺を、「いっぱい食べーや」と先輩が聖母のような表情で見守ってくれている。
舟盛りが運ばれてきた頃、店員さんが、「お飲み物のおかわりはいかがですか?」と聞いてくれる。
「あ、日本酒もらおかな。刺身に合うやつで」と先輩が注文すると、滋賀の日本酒とお猪口が二つ運ばれてくる。
「京ちゃんも飲んでみる? これ刺身に合うで」
「……じゃあ、一口だけ」
勧められるまま、そっと口をつける。確かに刺身に日本酒の香りがふわっと重なって最高だ。
「……おいしい」
「せやろ? もう一杯どうや?」
「あっ、もういいです……また酔ったら怖いので」
「……ああ、なるほどな」
先輩に、意味ありげに笑われた。これ以上飲むとどうなるか分かってるくせに。先輩は意地悪だ。
天ぷら、しゃぶしゃぶと次々に料理が出てきて、〆の雑炊まで平らげた頃には、お腹いっぱいになっていた。「美味しかったです」と先輩に伝えると、「口におうたなら、良かったわ」と満足げに目を細め、俺も幸せな気持ちで店を後にした。
到着したのは、海を見下ろす高台のカフェで、暑さを凌ぐために、旅行者が集まり混雑している。窓際の席に座ると、パノラマのように青い海が見渡せた。
先輩のお勧めの、しらす丼を注文してみる。生しらすのプチプチ感が堪らなくて、テンションが上がる。卵黄を崩しながらいただくのは贅沢だし、今の時期は、生しらすと釜揚げしらすの両方が堪能出来て大満足。
「……美味しいです。生しらすヤバいです」
「せやろ?」と得意気な先輩と笑い合い、二人とも夢中で平らげた。
食事を終えて会計をしようとしたら、「俺が無理やり連れてきたんやから、帰るまで財布出すの禁止な」と言われてしまって、払わせてもらえない。持ち合わせもあまりないから、給料日後に纏めて払わせてもらおう。
食後、「暑いからドライブしよか」と誘われ、海沿いを走る。写真スポットに何度か降りて、久しぶりの海を堪能した。
だいぶ暑さが落ち着いた頃にビーチに行ってみようと、先輩に連れられて小さな駐車場に車を停める。
「着いたで。ここ、穴場やから、あんまり人おらんねん」
得意気な先輩に促され、車から降り立った瞬間、強めな潮風が頬を撫でる。潮の香りが強くて……じわじわと昔の海のことを思い出してしまう。
「ほら、靴脱いで、このビーサン貸したるから」
先輩が持ってきてくれたビーサンに履き替える。確かに靴だと、砂でドロドロになりそうだから、素直に履かせてもらう。
そして、先輩は俺の手を引いて、砂浜へと連れて行く。波打ち際に近づくにつれて、足が竦んだ。潮の匂いと、寄せては返す波の音が、記憶の底に沈んでいたあの日の感覚を引きずり出してくる。
忘れていたのに……ちょっと怖い。手を離して、足が止まった俺に気づいた先輩が振り返る。
「京ちゃん? なんか、あかんくなってきた? もうちょい離れよか?」
「……ちょっと……すみません、変ですよね……」
「変ちゃうよ。前に教えてくれたやん? 溺れかけた時のこと……無理はしたあかんで? 戻ろか? ほら、手貸してみぃ」
そう言って先輩が手を差し伸べてくれて、迷わずその手を掴んだ。でも、首を横に振り「戻りません」と伝える。
「そっか。一人で歩かせへんし、ずっと繋いどくから。それに、無理そうやったら、いつでも引き返せるからな」
先輩に、強く握り返された瞬間、少しだけ息がしやすくなった。ドキドキする気持ちと恐怖心が入り混じる中、一歩ずつ前進していく。ついに波打ち際に辿り着き、足を踏み入れてみる。
冷たい水が足首を包んだ瞬間、体がびくっと竦んだけれど、先輩の手の力強さがあの日の恐怖に打ち勝った。
「……先輩、怖くないです。……先輩が側にいてくれたから……」
言った瞬間、先輩の表情がくしゃっと崩れるように緩んだ。
「そうか……よかったやん」
少しずつ波に慣れていくと、海への苦手意識が不思議と薄れていった。まだ、泳ぐのは怖いけれど、こんな風に普通に足を浸けれるようになったことが驚きだ。心に溜まった感謝の気持ちをこめて「ありがとうございます」と伝えると、先輩はいつものように「気にせんでええ。また海で遊ぼな」と、ニカッと白い歯を見せてくれた。
ビーチでぼーっと波を眺めたり、波打ち際をゆっくり歩いていたら、空が少しずつ茜色に染まってきて、夕陽が水平線に吸い込まれていく。俺たちはただ、海と溶け合う太陽を並んで眺めた。
夕食は、海が見えるお食事処に入った。
「ここ、鱧のコースで予約してあるから」と先輩に言われて、そう言うものなのかと思って、素直に着いていく。席に着くと店員さんがやってきて、「お飲み物はいかがなさいますか?」と聞かれる。
「俺、ビールもらおかな。京ちゃんは?」
「えっ、先輩、運転は?」
「あー、今日泊まりやから」
「……は?」
「部屋取ってるから、気にせんでええで。ビールでええ?」
「いや、お茶で」
即答すると、先輩がくすっと笑った。「泊まりってどう言うことー」って叫びたくなる気持ちを抑える。ここまで長時間運転してきてもらった身だから、我儘は言えない。
お酒もダメだ。また酔って、大変なことになったら怖いし……。
とりあえず、今は食事を楽しむ事だけを考えよう。そう思って、目の前に運ばれてきた鱧の湯引きに箸を伸ばす。梅肉をちょんっとつけて、恐る恐る一口含んだ瞬間――。
ふわっとした食感が舌の上で広がって、独特な旨味がじんわりと染み渡る。これは食べたことのない味だ。淡白なのに濃厚で……癖になりそう。
「何これ、めっちゃくちゃ美味しい!」
「そうやろ? 鱧は淡路島のが一番ええねん」
箸が止まらない俺を、「いっぱい食べーや」と先輩が聖母のような表情で見守ってくれている。
舟盛りが運ばれてきた頃、店員さんが、「お飲み物のおかわりはいかがですか?」と聞いてくれる。
「あ、日本酒もらおかな。刺身に合うやつで」と先輩が注文すると、滋賀の日本酒とお猪口が二つ運ばれてくる。
「京ちゃんも飲んでみる? これ刺身に合うで」
「……じゃあ、一口だけ」
勧められるまま、そっと口をつける。確かに刺身に日本酒の香りがふわっと重なって最高だ。
「……おいしい」
「せやろ? もう一杯どうや?」
「あっ、もういいです……また酔ったら怖いので」
「……ああ、なるほどな」
先輩に、意味ありげに笑われた。これ以上飲むとどうなるか分かってるくせに。先輩は意地悪だ。
天ぷら、しゃぶしゃぶと次々に料理が出てきて、〆の雑炊まで平らげた頃には、お腹いっぱいになっていた。「美味しかったです」と先輩に伝えると、「口におうたなら、良かったわ」と満足げに目を細め、俺も幸せな気持ちで店を後にした。



