擬態陽キャの俺、陽キャスパダリ先輩に囲われる

 その週末の営業後、新人バイトの歓迎会が行われた。夏休み中の定休日前夜で、ここ三カ月くらいに入った子たちの会だ。俺も店長に言われて参加することに。
 居酒屋の大きな座敷一室を貸し切って、盛り上がりは加速していく。周りの陽キャなノリについていこうと無理をして酒を煽り、すっかりべろべろになり悪酔いしていた。20歳になって間もないから、自分の適量が分からなかったのもあるけれど、酷い有様だ。
 頭がガンガンと痛み、視界がぐるぐると回っている。トイレに立ち上がるが足元がふらつき、気づけば店の外の暗い路地裏にうずくまっていた。

「危ないで、こんなに酔って。知らん人にお持ち帰りされたらどうするん?」
 聞き覚えのある柔らかい関西弁が頭上から降ってくる。見上げると、私服姿のイケ散らかした修先輩が、心配そうに眉をひそめて、俺を支えて立ち上がらせようとしている。

「……俺なんて誰も連れて帰らないですよ。男だし……」
「囲いたいけどな〜。連れて帰ったろか?」
 ようやく立ち上がり、先輩に両腕を支えられながら、壁に背中を預ける。いつもの揶揄いかと思ったけれど、先輩の瞳は真剣で、なんか怒っているみたいな感じがする。こんなだらしない俺のこと、軽蔑しているのかも。嫌われた方がいい。中途半端に好かれるくらいなら……。

 路地の暗がりの中、先輩と俺は言葉を交わさずに、ただ見つめ合っていた。その後、静寂を破ったのは俺で、溜め込んでいた本音をポロリとこぼしてしまう。
「……いつも、そんなことばっかり言って。俺のことどうしたいんですか?」
 先輩の大きな手が伸びてきて、俺の頬を包み込む。

「……わからせたろか?」
 そのまま親指が、俺の唇をゆっくりとなぞり、熱を持った眼差しに心臓がぶち抜かれた。そこには、見たこともないような濃密な色気が宿っている。

 もう食べられるんだ俺……それなら、俺から食べたい。とかわけのわからないことを考えだす。
 先輩の顔がじわじわ近づいてきて、キスされると思った瞬間、記憶が飛んだ。極度の緊張と酒が一気に回り、頭が朦朧とし、身体の力は抜け、そのまま先輩の腕の中で意識を手放した。


 翌朝、チュンチュンという鳥の鳴き声と、眩しい日差しにより、意識が目覚めさせられる。重い瞼をこじ開けると、見慣れた下宿の天井が視界に入った。
 いつの間にか、自力で部屋に戻っていたようだ。あの状態で? それは無理だろう。普通に歩くことも出来なかったのだから。服は昨夜のまま、乱れはなくてほっとする。
 枕元には水の入ったペットボトルと頭痛薬が置かれている。

 まさか……修先輩が、送ってくれたのかな。でも……どうやって、部屋に入ったのだろう。下宿の鍵、どうやって渡したんだろう……思い出そうと頑張っていたら、脳裏に断片的な映像がちらちら映りだす。

『……鍵、どこなん? ちょっと貸して』
『ふぁい、どうぞっ』
『おおこれか』
 酔ってご機嫌な俺が自分で渡したようだ……最悪……先輩に変なことしてないかな、と頑張って記憶を辿ると――。
 えっ……えっ……嘘……。続きを思い出した。場所はあの路地裏だ。

 先輩の顔が近くにあって――キスしそうになってて、背伸びをして、俺の方から近づいていった気もする……いや、逆に、先輩の方が引き寄せてきたのか。どっちからかはわからない……でも、これはやってしまっている――。
 熱っぽい柔らかいものが、唇に触れた感触だけが、やけに生々しい。
 指先でその熱を確かめると――唇が腫れてる気がする!
 その瞬間、身体の中心がドクンドクンと激しく鼓動し始める。

「……俺って、やっぱりキスしたの……?」
 初めてなのに、お酒の力を借りたみたいになって、かなりショックだ。詳しく思い出そうとしても、記憶は霧の向こうに溶けていくばかりで、全然掴めない。

 陽キャだとこんなことよくあるのかな……それなら、深く考えるのはよそう。
「……夢かもな」
 そう呟いて布団を頭からかぶる。夢であって欲しいような、現実であって欲しいような。先輩はキスしたこと、どう思ったのだろう。
 それに、俺ってやっぱり修先輩のこと――。

 
 翌日、バイト先で先輩と顔を合わせた瞬間、昨夜のことが頭をよぎり、耳まで熱くなる。もう、平常心を保つのは無理だ……とにかく謝罪しよう。

「……昨日は、ご迷惑をおかけしました」
「あ~ ええよ。気にせんときぃ」
「俺……何かしたんでしょうか?」
 恐る恐る尋ねると、先輩は少し考えるように首を傾げて、クスリと笑う。

「えっと……してへんのとちゃうかな」
「……本当ですか? 笑ってるじゃないですかぁ……」
 俺、やらかしてる……先輩の反応いつもと違うし、やっぱり、俺からキスしたんじゃ……。
 そんな考えが脳裏に浮かんで、ぎゅっと目を瞑る。
「違うで?」
「……え?」
「京ちゃんって、酔おたら甘えん坊になるんやな。可愛いかったで」

 一気に頭まで血が上る。この感じ、絶対俺からキスしてる――恥ずかしくて死にそう……。
「かっ、可愛いって……! 可愛くないですからっ!」
 思わず声を荒らげてしまって、先輩がきょとんとする。
「……なんで? 可愛いのはしゃーないやろ」
「うっ……」と言葉に詰まる。この人は、俺のことをどうしたいんだろう。誰にでも「可愛い」と言うに決まってるし、キスしたこともスルーされるし、なんか嫌だ。といっても、自分から、この話するのも恥ずかしいから無理で……。
 こんなに駆け引きみたいなの辛いし、振り回されたくもないし、夢中になりたくない。
 胸の奥が、ジンジン熱くて、苦しい。
 ……俺だけ、こんな気持ちになるなんて、ずるい。

 その日のバイト終わりに、ティー軍団との飲み会に参加した。今日は酒は絶対に、飲まない! 自分の適量が分からなくて、怖いし。
 モクテルを飲んでいる俺に、オディーが心配そうに声をかけてくれる。
「ナッティー、酒飲まへんの? なんか元気ないし、体調悪いん?」
「え、ちゃうで? ぜんぜん元気やで! 最近飲み過ぎやから、今日は飲まへんだけやで!」
 慌てて口角を持ち上げる。声だけが弾まないけれど、上手く誤魔化せているようだ。
「そうなんや、じゃあ、次は飲もうな!」
「うん」と元気に答える。……擬態陽キャ、ちゃんとできてるよな。確認してること自体が惨めだ。素の自分を隠すための擬態のはずが、今は本当の気持ちを隠すための盾になっている。
 いつも通りの陽キャ武装を貫きながらも、心の中では、先輩の顔を何度も思い返していた。