擬態陽キャの俺、陽キャスパダリ先輩に囲われる

 翌朝、大学の正門をくぐると、友達のオディーこと織田(おだ)が手を振ってきた。
「ナッティー、おはよ!」
「オディー、おはよ」
 相変わらず、名字をもじった変なあだ名で呼び合う「ティー軍団」の中での俺は、夏田なのでナッティーと呼ばれている。全員、強制的に語尾に「ティー」をつけて呼び合うのはもう慣れたけど、これが関西のノリらしい。
 少しだけ声を張って相槌を打ち、下手だけど関西弁も頑張っている。陽キャへの近道には必要なアイテムだし、西の言葉を話すだけで陽キャになった気分になれるから。
「ウメティーが今日のランチみんなで集まろうやって~ ナッティーも来る?」
「行く行く」と明るく返す。久しぶりのティー軍団集結だ。ちゃんと馴染めてるのか、関西弁話せてるのかも心配だけど、ここでも上手くやっていきたい。陽キャのフリって本当に難しい……。

 オディーと別れて、選択講義のため、A棟に向かう。大教室には受講者がパラパラいて、外の暑さを忘れさせるくらいしっかりと冷房が効いている。空いた端の席に腰掛けると、「隣、ええかな?」とすっと誰かが滑り込んできたから、「どうぞ」と声をかけて横を向く。
「うわぁ、修先輩!? なんでここに……? これ、2回生の選択科目ですよね? 先輩、去年履修済みですよね?」
「いや〜、去年サボりすぎたみたいで単位落としてん。再履修しなあかんくて。ちょうど京ちゃんおったから、よかったわ~ 知らん子ばっかりやと緊張するやん?」
 私服姿の先輩はバイトの時よりもさらに陽キャだ。
「ははっ、そうですね」と言ってから、ノートに視線を落とす。
 先輩が隣にいると、緊張して講義が右から左へ抜けていく。真面目に講義を受ける俺の横で、先輩はノートすら開かず、ずっと俺の様子を眺めているし……。
 ペンを持つ手が震えている俺に、先輩はフッと鼻で笑い「陽キャのペン回し、指から滑り落ちそうやで」と囁いてくる。無性に恥ずかしくなり、ペン回しを止めて講義を聞くが、内容は半分くらい飛んでしまった。

 講義後に去ろうとする俺を捕まえて、「邪魔したみたいやから、お詫びするわ。テラスの方行かへん?」と誘われたので、仕方なく着いて行く。
 売店でソーダ味のアイスを購入し、「これ食べてな」と渡してくれて、人気のない木陰のベンチに座り、二人でかじり始める。
 先に食べ終わった先輩が、「日陰やと、まあまあ涼しいな」とこちらに身体を向け、食べるのが遅い俺は、「ふぁい」と返事をしつつも急いでアイスをかじる。まじまじと見てくるから、緊張が隠せない。すると、先輩の手がスッと伸びてきて俺の顎を掴んだ。

「ついとるなぁ……子供みたいや……」
 先輩は親指で俺の唇の端に付いたアイスをぬぐうと、そのまま自分の口元に運び、目の前でペロッと舌で舐めとる。
「ん、甘いな~」
「ふぁっっっ!? な、なにやってるんですか!」

 間接キス……!! チャラすぎる――。
「え? どしたん? そんなパニックになることなん? こんなん男同士のノリやん」
 それはない。こんなこと男同士でするわけない。世間知らずの俺でもわかるし。
 すました顔の先輩の瞳の奥には、俺を翻弄して楽しむ濃密な熱が宿っている。こんなにグイグイ来られたら、勘違いしそうだし、陥落させられる前に、やっぱり距離を置かないと。
「ごめんやで……そんな顔されると思わんかった」
「いえ。ちょっとびっくりしてしまって……」
 しょんぼりとしている先輩のことが、ちょっと可哀そうになってしまって、軽く微笑んでみる。心と行動が逆のことをする俺。

 アイスを食べ終わると、先輩が神妙な顔で話し始める。
「なあ、京ちゃん、今週で課題とか終わるん?」
「はい。今週末までに提出して、来週から夏休みに入れそうです」
「それやったら……図々しいのは分かってるんやけど……来週の月曜から三日間、時間開けてくれへんかな?」
「……えっ、なにかあるんですか?」
「実は、設計課題の締め切りが来週末で地獄見てんねん。手伝いが絶望的に足りんくて。頼んでたヤツにドタキャンされてもうてぇ……京ちゃん手先器用そうやし、頼まれてくれへんかな……?」

 即答できずに黙り込んだ。ゲスい先輩の言動と、優しい先輩の顔が交互に脳内でバトルしている。でも、勉強のためだと自分に言い聞かせて「……分かりました。手伝います」と了承する。
「ほんまにぃ? めっちゃ助かるわ! ちゃんとお礼させてもらうな」
 瞳を輝かせる先輩を見て、密かにブレーキをかけていた好意がまた動きそうになって、好感のほうが完全に上回ってしまっている……可愛い笑顔なんて見せないで欲しい。

 その後、先輩は製図室(アトリエ)に向かい、俺はティー軍団ランチの待ち合わせ場所へ移動する。食堂にはオディーとウメティーこと梅田(うめだ)が座って席取りをしていた。
「あっ、ナッティーや、ここ座りぃ」
「うん。ありがと」と腰掛けると、二人が俺に注目し、ウメティーが話し始める。

「あのな、ナッティーさっき、西園寺先輩とアイス食っとったやろ」
 うわぁ、見られてたのか……。「うん」と素直に頷く。
「西園寺先輩って、めっちゃ顔ええしモテるけど、特定の相手とは絶対付き合わへん遊び人やで」
「そんなん、知ってるで」
「しかも男も女もいけるバイらしい……ナッティーが遊ばれたらイヤや俺……」
 オディーも参戦する。普段ふざけている二人が、こんな真面目に話してくれることに驚く。男もいけるのか……と心の中で妙に納得する。今までの先輩の「囲いたいわ~」とか「可愛い」は揶揄いではなく、本気で俺を口説いていたのかもしれない。

 でも、来週からの課題の手伝いをすることは決まっている。あくまで勉強のためだ、そう自分に言い聞かせて、予定通り手伝いに行くことにした。