擬態陽キャの俺、陽キャスパダリ先輩に囲われる

 下宿に戻るとすぐに、スマートフォンを開き、検索履歴の整理をすることにした。そこには陽キャになるために調べたノリや話し方が並んでいる。毎日何十回も鏡の前で練習していた日々を振り返ると、胃が痛くなったり恥ずかしくなったり、いろんな感情が蘇ってくる。勇気を出して全ての履歴を削除すると、胸の奥の小さな錘が、一瞬にして消えた気がした。


 1週間後、夏休み中の図書館でティー軍団と課題をしていると、オディーが心配そうな顔で俺を見ている。
「ナッティー、元気ないけど、どしたん?」
「あっ……うん、えっと」と言葉に詰まり、思わずペンを置く。もう誤魔化せないし、正直になろう。

「ごめん……俺、実はずっと隠してて……本当は全然、陽キャとかじゃなくて……」
 精一杯の力を振り絞って告げると、オディーは驚くどころか、ちょっと呆れるみたいに笑う。
「え、それ今更? みんな、うっすら気づいとったで」
「……え?」
「ノリもちょっとズレとるし、関西弁もちょっと変やけど、それが一生懸命でいじらしくて、応援したくなるってウメティーとかもゆうてるで」
「う、嘘……」
 恥ずかしさで顔が熱くなる俺の肩を、オディーが元気に叩く。
「ちょっと不器用なとこも含めて、ナッティーやろ? 今更キャラ変しても誰も驚かへんし、普通にしたらええやん」
 心がふわっと軽くなる。もう、無理に大袈裟に笑ったり、声を張らなくてもいいし、下手な関西弁でも気にしなくていい。俺は俺のままで、ここにいられるんだ!

 ――陽キャ武装解除。擬態陽キャの俺はもういない――

 その夜の『おばんざい花鞠』はとても忙しかった。お盆休みで休暇中のスタッフが多く、普段は厨房に籠もりっぱなしの修まで、急遽フロアに駆り出されている。久しぶりに見る接客姿の修は、相変わらず愛想が良く人気者で、あっという間に常連客に囲まれてしまう。
「西園寺くん、久しぶりやん! また男前になったんちゃう?」
「そんなことないですよ〜、褒めても何も出ませんから」
 客あしらいが上手くて、すごいな〜と洗い場から眺める。しかし、女性客との距離が近くなると、皿を洗う手が止まってしまう。接客だから仕方ないと頭では理解しているのに、胸がチクッと痛む。

 閉店後、修と並んで夜の公園を散歩している時、ぽつりと零す。
「……今日、友達に、陽キャのフリやめるって言いました」
「お〜、言えたんや」と修が意外そうに眉を上げる。
「そしたら、『みんな、うっすら気づいとったで』って言われて。なんか、すごく楽になりました」
「へえ……京、よお頑張ったな~、めっちゃ偉いで」
 修が俺の頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。
「……そんな、大したことじゃ」
「大したことやで? ずーっと必死に演じてたの、見てきたからな」
 心地よさに目を細めていると、修が乱れた髪を指で整えてくれた。

「じゃあ、俺の前でも、もう無理せんでええよな?」
「……もう、とっくに、無理してない気がします」
 正直にそう言うと、修がニカッと笑ってくれて、俺の額に軽く自分の額をこつんと当ててきた。
「……ええな、それ」
「し、修……近いです。誰かに見られたら……」
 付き合ってるけれど、こういうのは心臓が持たない。

「ええやろ、誰もおらんし」
 そのまま頬にチュッとキスされて、固まる。嬉しいけど、まだ恥ずかしくて。修にはずっとドキドキさせられっぱなしだ。
「さっき、常連さんに絡まれとった時、見てたやろ。また、妬いとったん?」
 図星を突かれたけど、「……別に」と答える。俺ばっかり嫉妬してるのがズルいと思って。

「そんなに心配なんやったら、囲ってもええで?」
 いつもの揶揄うような悪戯っぽい笑顔で俺を見つめる。

「……じゃあ、囲います」
 本心をぶつける。俺は修を囲いたいのだ。修の方は、胸を押さえて苦しそうにしている。
「……今の、なんやねん。殺人的や……」
「……だって、囲っていいって、言ったの修じゃないですか」
「ほんまやな。じゃあ、いつでも荷物運んでき〜や。俺の部屋は京のもんや」
「……早すぎます」
 修がぎゅーっと抱きしめてくれる。

「あ〜、今日も、かわええな。囲うてる実感、湧いてきたわ。あっ、囲われてる方か」
「はい。囲ってます」

 俺は満面の笑みを浮かべた。作りものじゃなくて、自然と溢れてしまうものだ。すると、修も同じように返してくれて、安心感に包まれた。俺だけを見てくれるのが嬉しすぎて、幸せを噛み締めずにはいられない。

 了