擬態陽キャの俺、陽キャスパダリ先輩に囲われる

 まだ薄暗い部屋の中で、修に肩を揺すられて目を覚ました。
「京、起きて。見せたいもんあるねん」
 あれから、どれくらい経っただろう。抱き合ったまま、いつの間にか泥のように眠りに落ちていたらしい。
 早朝五時。寝ぼけ眼のまま手を引かれて、露天風呂の方へ連れて行かれる。
「……え、この時間から入るんですか?」
「うん。はよ入ろ」
 白み始める東の空を眺めている間に、修は一瞬で浴衣を脱ぎ捨てて、湯船に浸かっていた。

「あ〜 ええ湯やな……ここ、日の出がきれいやねん。前に家族と来た時、一人で見て、次は誰かと見たいなって思っててん」
 昨夜は頑なに断った露天風呂なのに、今は当たり前のように裸になって湯に浸かる。昨日はあんなに恥ずかしかったのに、もう全部見られてしまったから、すっかり平気になっている。隣に並んだ修と肩が触れ合って、どちらからともなく微笑み合う。
「……熱くないですね」
「ちょうどええな〜」
 しばらく黙って、二人で朝焼けを眺めていると、空が藍色から茜色へとゆっくり色を変えていく。水平線の向こうに広がる海から太陽が生まれた瞬間、思わず息を呑んだ。

「……すごい」
「この景色、京と見れてよかったわ」
 隣を見ると、修が眩しそうに目を細めて、朝陽じゃなくてこっちを見ていた。
 肌と肌が密着する湯の中で、昨夜の甘く熱い記憶が蘇り、体温が無駄に上昇する。
「……ん、そんな赤くなって。かわええな」
 修が耳元に唇を寄せて、ちゅっと軽くキスを落とす。幸せだなと思ったと同時に、ふいに何で俺のことが好きなのか気になって聞いてみる。

「なんで俺なんですか?」
「そうやなぁ。顔もタイプやし、性格も好きやし……運命やろ?」
「チャラ……」
「俺が今まで会うた中で、一番可愛いと思ってん。そっちは? やっぱり、顔やろ?」
「酷いです。顔だけじゃないですよ? 俺のこと心配してくれたからです。陽キャのフリしてんのも止めるように言ってくれたし」
「良かったわ。外見だけやったらどうしよーって思っとった」
 修のほっとした顔が面白い。外見だけで好きになったわけじゃないのに。
「当たり前ですよ? 俺のことなんだと思ってるんですか」
「そやな。でも、陽キャのフリすんのやめとき。普通でええから」
「はい……」
 元の自分に戻っていいのかな。陽キャじゃなくてもみんながっかりしないのかな。バイトと大学のティー軍団とか……ノリの悪い俺と仲良くしてくれるのか不安だ。でも、話してみるしかない。修が大丈夫だって言ってくれる度に強くなれる気がする。

 温泉から上がって着替えを済ませると、ちょうどいいタイミングで、部屋のドアがノックされ、女将さんが朝食を運んできてくれた。窓際のテーブルに、小さなおばんざいが並んでいく。
「……鱧のお粥、あるやん」
 修が嬉しそうに言って、俺の向かいに座る。今回の旅はこのお粥のおかげで、修的に鱧尽くしがコンプリートされたようだ。その満足げな顔がおかしくて頬が緩む。
 湯気の立つお粥に梅肉を落とし、口に運びながら、ふと気づく。そういえば、まだちゃんと「付き合おう」って、言われてないような気がする……。「好きやで」とは言われたけど、それだけだと、正式に付き合ってないのかも……なんて、急に不安が押し寄せてくる。それに――俺より修に似合う人は、他にいくらでもいるはずだし……。
 匙を持つ手が止まった俺に修が気づき、心配そうな瞳で見つめる。
「京? どしたん?」
 このまま、はっきりさせないまま京都に戻るのは嫌だ。自分から言うしかない。

「あの……俺とだけ、付き合ってください」
 一瞬、部屋の空気が止まる。
「……えっ、俺らって、付き合ってるんやんな?」
 修がぽかんとしている。
「……え?」
「それに『だけ』ってなんなん? 京しかおらんで?」
「……でも、ちゃんと付き合いたいって言われてないし、曖昧な関係かもしれないし、身体だけとか……」
 修は一瞬きょとんとして、それから、くしゃっと笑う。

「そんなゲスくないんやけどな〜」
「……じゃあ、俺たちって、付き合ってるんですか?」
「当たり前やん。俺はもう、そのつもりやったのに」
「……そうなんですね」
 心底安堵した。
「まさか、京から言われるとは思わんかったわ」
「……変でしたか?」
「いや。めっちゃ嬉しいで」と言って、修が俺の隣に来てぎゅっとハグしてくれた。
「一人だけですよ?」
「もぅ、当たり前やん」
 しっかり抱きしめてもらえて、幸せでたまらない。こんな素敵な人と付き合うことになるなんて、まだ信じられない。

 朝食をしっかりと平らげ、チェックアウトしてから軽く淡路島観光をして、シトロエンで京都へ戻ることにした。その道中、修はずっと機嫌がいい。ハンドルを握りながら、時々こっちを見ては、にやにやしている。
「……なんですか」
「いや、京が隣に居るの、やっぱええなって」
「……アホみたいです」
「アホでええねん」
 繋いだ手に、また優しく力が込められた。窓の外は、海から山へ、そして京都の街へと変わっていく。俺は下車するまで、修の掌の温もりを感じていた。