擬態陽キャの俺、陽キャスパダリ先輩に囲われる

 俺は夢中で、その手を掴み返した。離れるわけにはいかない。
「違います! 違います先輩!」
「京ちゃん……?」
「迷惑なわけないじゃないですか! 先輩が俺のこと好きなんて……夢みたいで、信じられなかっただけで……」
 喉の奥が詰まり視界が滲んで、先輩の瞳が大きく揺れているように見える。

「夢ちゃうで? めっちゃ……好きやで」
「うわ……ヤバいですそれ。溶けそうです……」
「ふふっ……溶かしたろか?」
 先輩の口元にいつものニヤッとした笑みが戻る。でも俺は逃げずに、先輩の手をさらにぎゅっと握りしめて真っ直ぐに見つめる。
「やめてください……俺の方が、好きなんですから」
「……反則やろそれ」
 次の瞬間、手を解かれたと思ったら、強い力で引き寄せられて、先輩の腕の中に深く抱き締められた。服越しに先輩の心音が早鐘のように打っているのが伝わってくる。
「ほんま……手加減できんくなるわ」
 耳元で囁かれた低く掠れた声に引き寄せられるように、そっと先輩の背中に手を回した。

「……ちなみにな、京」
「はい……?」
 突然の呼び捨てに、心臓が跳ねる。
「あの講義、単位落としたんは嘘やで。京の隣に座りたくて、潜り込んでん」
「え……えっ!?」
「それに、面接の日からずっと目で追っとったし。店長に教育係にしてもらったんもそう」
 声を失う俺の額に、先輩は愛おしそうに唇を寄せる。
「京に最初から興味あってんで?」
 なんか、色々信じられない! でも、これが現実だ。夢じゃないよな?
 額に落とされたキスの余韻に浸っていると、ふと、あの夜のことが頭をよぎった。

「……あの、先輩」
「ん?」
「歓迎会の夜、俺……酔って、先輩にキスしたんですか?」
 先輩が、ふっと目を細める。
「……覚えてへんのやと思っとった」
「ちゃんとは、覚えてないです。でも、多分俺から……?」
「正解。京から来た」
 あっさり肯定されて、顔から火が出そうになる。
「めちゃくちゃ驚いたけど……めっちゃ嬉しかってんで。でも、本当の事言うたらパニックになりそうやし、京が思い出すまでは言わんとこーって思ってん」
「はぁ……」とため息が漏れて顔を先輩の胸に押し付ける。これ、恥ずかしすぎる。
「意識ある京からも、ちゃんともらいたいんやけど」
 顎を持ち上げられて、瞳を捉えられ逃げ場を失くして……頷いた瞬間、先輩がその場で瞼を閉じた。

 俺はゆっくりと先輩の顔に近付いていき、軽く唇を重ねた。触れた瞬間、肩が跳ねる。柔らかくて、少しかさついていて、体温がじんわりと伝わってくる。そして、角度を変えて、二度、三度と食むように唇を重ねられて、そのたびに頭の中が白く霞んでいく。
「……ん」と漏れた声で、先輩がすっと離れて、愛おしそうに見つめてくる。俺は嬉しいけど、やられてばっかりで悔しくて、ちょっと意地悪したくなる。

「……先輩、何もせーへんって、言いましたよね」
「ゆうたな」
「じゃあ、これは何なんですか」
「キス」
「それは分かってます!」
「何もしてへんやろ? 京がしたんやん」
「……屁理屈です」
「せやなぁ~」
 悪びれもせずに、とぼける先輩だけど、今度は後頭部にしっかりと手を回し、逃げ場をなくされる。

 スイッチの入った先輩は獰猛な獣みたいだ。重なる唇は熱く、甘く、息が止まりそうになるほど深い。歯列に割入れられた舌が、焦らすように俺の舌と絡み合う。初めての衝撃に身体ごと溶かされていく。そのまま布団の上へと雪崩れ込み、押し倒されると、帯に触れた指先が一瞬だけ止まった。先輩が小さく息を吐き、額を俺の額にこつんと当てる。
「……めちゃくちゃ大事にしたいのに。京がかわいすぎて、加減出来ひんくなる。どうしてくれんの?」
 困ったように笑うその声に、余裕のなさが滲んでいる。

「……脱がしてもええ?」
 いつになく低い声に一瞬だけ目を伏せて、それから小さく頷いた。
 先輩は俺の帯に手をかけて、俺も同じように手を伸ばすと、ほどけた帯がハラリと落ちて、二人分の帯が重なった。
「京の肌は白くて艶々してて、ほんまに綺麗や……」
 いつもに増して色っぽい先輩にもう抗えない――。

「……触ってもええ?」
「……俺も……いいですか?」
「ええで」そう言うと、先輩の胸に手を触れさせられる。筋肉の張りが綺麗で、俺とは違う生き物みたい……指を引き締まった体躯に滑らせていく。
「すごいです……」
 自分から触れたくせに、指先に伝わる生々しい感触に緊張が走り、先輩の指が俺の肌を伝っていくたびに、そこがジンジンと熱を帯びていく。

「なあ、京……名前で呼んで」
「えっ……でも……」
「ええねん。もう、先輩ちゃうから、ほら呼んでみぃ」
「……修」
「……ええなぁ」

 素肌同士が重なり、触れ合った瞬間、熱い電流が体を走る。修の指が動く度に、知らない感覚が背筋を這い上がってきて、思わず唇を噛んだ。
「我慢せんでええ……」
 耳元に届く囁きに、思わず声が漏れて、二人の境目が分からないくらい溶け合っていく。
「……もう、逃がさへんで?」
 怖いはずなのに、幸せな気持ちが勝り、意識が飛びそうなほど、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

「……好き……」
 心からの言葉がこぼれ落ちる。
「……知ってる……でも、俺の方が、好きや……」
 甘い声に、とろけるように目を閉じる。陽キャじゃない俺のことが好きな修がいる。これ以上に幸せなことはない。
 波の音に二人の吐息が混ざり合って、そして――。