案内されたのは、海が見える小高い丘の上に建つ、老舗温泉旅館だった。
「えっと……部屋は、別々ですよね?」
フロントでそう聞いた俺に、女将さんがにこやかに微笑む。
「お二人様で、海の見える特別室をご用意しております」
「えー! なんで部屋一つなんですか!?」
「満室やねんて。お盆前やからかな?」
とぼけたような先輩が、微かに含み笑いを浮かべているのを俺は見逃さない。
「……絶対、最初から1部屋しか取ってなかったですよね」
「さあ、どうやろなあ」
「はぐらかさないでくださいよ!」
「そんな怖い顔せんといてーや。……何もせーへんって」
「……本当ですか?」
「ほんまやで〜、怖がらんでええから」
先輩のヘラヘラした態度が気に障る。通された部屋には、畳の上に布団が二組くっつけて敷かれていて、それを見ただけで、カッと頭に血が上ってしまう。
耐えられず、そこから離れようとルームツアーをしてみると、信じられないことに専用の露天風呂が完備されていて、木の湯船の向こうには暗くなった海と点々と灯る漁火だけが見える。豪華すぎて言葉が出ない。
「京ちゃん、この露天、入る?」
「ひゃっ、だっ大丈夫です! 俺、大浴場に行ってきます!」
この人一緒に入らせようとしてる! よからぬ妄想が脳内に支配された俺は、浴衣を一組抱えて、逃げるように部屋を飛び出した。
大浴場の露天風呂は、誰もいなくて貸し切りだ。湯に浸かりながら、ぼんやりと星空を見上げると、島だからか、実家よりも星の数が多い気がした。
一人で思考を整えて、ようやく火照った頬が落ちついてくる。先輩のせいで温泉に浸かるより熱くなったなんて予想外だ。先輩は部屋の露天風呂に一人で入っているのだろうか。想像したら、また変な汗が滲んでくる。
湯から上がり、浴衣姿で部屋に戻ると、先輩はもうバルコニーに立っていた。濡れた髪が月明かりに照らされ、凄い色気を放っている。
「……先輩、戻りました」
「 温泉、気持ちよかった?」
「はい……」
「……湯上がりの京ちゃんもかわええな〜。囲いたいわ〜」
ニヤついた先輩が部屋の中に戻ってきて、近づいてくる。濡れ髪からは、俺と同じシャンプーの香りが漂い、そのフェロモン圧に耐えられず、思わず一歩下がり背中が壁にぶつかってしまう。追い詰められた俺は啖呵を切った。
「……先輩はいつも、京ちゃんは可愛い、とか、囲いたい、とか言ってますけど、それって……誰にでも言ってるんじゃないですか」
声が震えるのを抑えられない。
「……え? 急にどしたん?」
「本当は……俺なんて、田舎者で、陽キャのフリも下手で……。先輩は遊びで揶揄ってるだけなのに、ドキドキしてるのがバカみたいで、傷つくのが嫌で……もう無理なんです」
足の力が抜けて、その場に座りこんでしまう。沈黙が落ちてから、先輩も俺の前に膝をつき、下を向いていた俺の顎に手を添えて、顔を上げさせた。
「……遊び? 冗談でこんなところまで連れてくるか」
「……え」
「揶揄ってないし、本心やけどな全部。誤解されるようなことしてきたんは、俺が悪い。……でも、誰にでもゆってへんし……誰とも付き合ってないねんで?」
「……嘘ですよね?」
「嘘やない。高校の時、ちょっとあってん……顔がいいとか、モテるとか、実家太いとかそんな理由だけで寄ってくる奴ばっかりで。結局、俺自身には興味ないし、周りによく見られたいから利用してるだけ、アクセサリーみたいなもんやった……」
その声には、いつものチャラさが全くなくて、言葉が出ない。自信満々に見える先輩にも、そんな過去があったなんて……でも、何も言ってあげられない。俺も先輩を見た目の印象だけで傷つけてしまったから。
「それ以来、誰かを本気で好きになることもないし、ブレーキかけるようになってん。適当に遊んで、本命は作らんって決めてたのに……京ちゃんのせいで全部狂ったんやけど? 俺のこと興味あるんかないか分からんし……必死に陽キャの真似して、空回りしてるとこばっかり見せてくるし」
くすっと笑って、先輩は俺の頬に優しく触れて、空いた手を俺の手に重ねる。
「そういう不器用なとこ、ずっと見てたら……いつの間にか、他の誰も目に入らんくなってた」
俺の手をぎゅっと握る先輩の瞳が、薄暗い部屋の中でも輝いている。
「『囲いたいわ〜』って、いつもふざけてるみたいに言うてたけど、あれ、ずっと気ぃ引きたくて、俺なりにアピールしててん。……ほんまに言いたいことは――」
修先輩が真剣な眼差しで俺を捉えて、数秒見つめ合う。
「……好きやで」
吐き出されたこの言葉で、頭の中が真っ白になり、驚き過ぎて目を丸くしてしまう。
「え……っ…… 本気、ですか?」
俺の表情を見た先輩が、ハッと息を呑んだ。そして、いつもの余裕のある笑顔が完全に消えて、傷ついたように肩を落とした。
「あ……ごめん。迷惑やったかな。……俺の勘違いやったみたいや。忘れてくれてええで」
頬に添えられた手が外され、握られていた手の力がすっと緩み、離れそうになる。
「えっと……部屋は、別々ですよね?」
フロントでそう聞いた俺に、女将さんがにこやかに微笑む。
「お二人様で、海の見える特別室をご用意しております」
「えー! なんで部屋一つなんですか!?」
「満室やねんて。お盆前やからかな?」
とぼけたような先輩が、微かに含み笑いを浮かべているのを俺は見逃さない。
「……絶対、最初から1部屋しか取ってなかったですよね」
「さあ、どうやろなあ」
「はぐらかさないでくださいよ!」
「そんな怖い顔せんといてーや。……何もせーへんって」
「……本当ですか?」
「ほんまやで〜、怖がらんでええから」
先輩のヘラヘラした態度が気に障る。通された部屋には、畳の上に布団が二組くっつけて敷かれていて、それを見ただけで、カッと頭に血が上ってしまう。
耐えられず、そこから離れようとルームツアーをしてみると、信じられないことに専用の露天風呂が完備されていて、木の湯船の向こうには暗くなった海と点々と灯る漁火だけが見える。豪華すぎて言葉が出ない。
「京ちゃん、この露天、入る?」
「ひゃっ、だっ大丈夫です! 俺、大浴場に行ってきます!」
この人一緒に入らせようとしてる! よからぬ妄想が脳内に支配された俺は、浴衣を一組抱えて、逃げるように部屋を飛び出した。
大浴場の露天風呂は、誰もいなくて貸し切りだ。湯に浸かりながら、ぼんやりと星空を見上げると、島だからか、実家よりも星の数が多い気がした。
一人で思考を整えて、ようやく火照った頬が落ちついてくる。先輩のせいで温泉に浸かるより熱くなったなんて予想外だ。先輩は部屋の露天風呂に一人で入っているのだろうか。想像したら、また変な汗が滲んでくる。
湯から上がり、浴衣姿で部屋に戻ると、先輩はもうバルコニーに立っていた。濡れた髪が月明かりに照らされ、凄い色気を放っている。
「……先輩、戻りました」
「 温泉、気持ちよかった?」
「はい……」
「……湯上がりの京ちゃんもかわええな〜。囲いたいわ〜」
ニヤついた先輩が部屋の中に戻ってきて、近づいてくる。濡れ髪からは、俺と同じシャンプーの香りが漂い、そのフェロモン圧に耐えられず、思わず一歩下がり背中が壁にぶつかってしまう。追い詰められた俺は啖呵を切った。
「……先輩はいつも、京ちゃんは可愛い、とか、囲いたい、とか言ってますけど、それって……誰にでも言ってるんじゃないですか」
声が震えるのを抑えられない。
「……え? 急にどしたん?」
「本当は……俺なんて、田舎者で、陽キャのフリも下手で……。先輩は遊びで揶揄ってるだけなのに、ドキドキしてるのがバカみたいで、傷つくのが嫌で……もう無理なんです」
足の力が抜けて、その場に座りこんでしまう。沈黙が落ちてから、先輩も俺の前に膝をつき、下を向いていた俺の顎に手を添えて、顔を上げさせた。
「……遊び? 冗談でこんなところまで連れてくるか」
「……え」
「揶揄ってないし、本心やけどな全部。誤解されるようなことしてきたんは、俺が悪い。……でも、誰にでもゆってへんし……誰とも付き合ってないねんで?」
「……嘘ですよね?」
「嘘やない。高校の時、ちょっとあってん……顔がいいとか、モテるとか、実家太いとかそんな理由だけで寄ってくる奴ばっかりで。結局、俺自身には興味ないし、周りによく見られたいから利用してるだけ、アクセサリーみたいなもんやった……」
その声には、いつものチャラさが全くなくて、言葉が出ない。自信満々に見える先輩にも、そんな過去があったなんて……でも、何も言ってあげられない。俺も先輩を見た目の印象だけで傷つけてしまったから。
「それ以来、誰かを本気で好きになることもないし、ブレーキかけるようになってん。適当に遊んで、本命は作らんって決めてたのに……京ちゃんのせいで全部狂ったんやけど? 俺のこと興味あるんかないか分からんし……必死に陽キャの真似して、空回りしてるとこばっかり見せてくるし」
くすっと笑って、先輩は俺の頬に優しく触れて、空いた手を俺の手に重ねる。
「そういう不器用なとこ、ずっと見てたら……いつの間にか、他の誰も目に入らんくなってた」
俺の手をぎゅっと握る先輩の瞳が、薄暗い部屋の中でも輝いている。
「『囲いたいわ〜』って、いつもふざけてるみたいに言うてたけど、あれ、ずっと気ぃ引きたくて、俺なりにアピールしててん。……ほんまに言いたいことは――」
修先輩が真剣な眼差しで俺を捉えて、数秒見つめ合う。
「……好きやで」
吐き出されたこの言葉で、頭の中が真っ白になり、驚き過ぎて目を丸くしてしまう。
「え……っ…… 本気、ですか?」
俺の表情を見た先輩が、ハッと息を呑んだ。そして、いつもの余裕のある笑顔が完全に消えて、傷ついたように肩を落とした。
「あ……ごめん。迷惑やったかな。……俺の勘違いやったみたいや。忘れてくれてええで」
頬に添えられた手が外され、握られていた手の力がすっと緩み、離れそうになる。



