園遊会の会場に一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺す空気が一変したのが分かった。
同じ外でも、ここは別の世界だ。息の仕方まで測られている気がする。
広大な庭園にひしめく人の気配。
色とりどりの着物と礼装が初夏の陽光を跳ね返し、万華鏡のようにきらきらと揺れている。
笑い声も、扇子の影も、足元の砂利の音も、すべてが眩しいのに、どこか怖い。
去年と同じ場所。
同じ、華やかな園遊会。
なのに胸の奥で早鐘を打つ鼓動の質は、あのときとは決定的に違っていた。
——私はもう、通りすがりではない。名前を与えられ、値踏みされる立場になってしまった。
「……あの方が、例の五条殿下の……」
「ええ、正式な婚約者だそうですわ」
「本当に……『無華』の娘を、あそこまで……?」
抑えたはずのささやき声が、風に乗って容赦なく耳を打つ。
好奇と疑念、隠しきれない棘が入り混じった無数の視線。
去年の私は、ただ恐怖に震えることしかできなかった。
けれど今の私は、その言葉の意味を正しく理解できてしまう。
理解できるからこそ、別の重りになって胸の深い所へ沈んでいく。
私は暁臣様の腕に、そっと指を添えた。
縋りつくのではなく、ここにいると示すみたいに。
「すみれの前では、この庭園のどの花も霞むな」
「……っ。そんなことを仰るのは、暁臣様だけです……」
その一言だけで、強張っていた背筋の力が、ほんのわずか抜けた。
呼吸が一つ、深くなる。
まずは、五条家の本家の方々への挨拶。
暁臣様のお父上、お母上、そして凛とした佇まいの姉君。
近づくほど、視線の圧が濃くなる気がして、唇が乾いた。
「本日は、よろしくお願いいたします」
言葉は短く、声の震えを完全に隠すことはできなかった。
それでも——新年の祝賀会のときより、彼らの瞳をまっすぐ見つめて口にできた。
足がすくまない。逃げない。そう決めて来た。
「……少し、顔色が良くなったわね。その色も、よく似合っているわ」
姉君からかけられた、思いがけず穏やかな言葉に、私は思わず瞬きを繰り返した。
疑いの混じらない声音。まるでと認めてくれたようで、胸の奥がじんと熱くなる。
たった一言。
けれど、その一言だけで、胸に溜まっていた澱が、すっと和らいでいく。
一年前とは違う。
本当に、ほんの少しずつではあるけれど。
私もこの世界にいてもいいのだと、自分自身に許しを与えられる瞬間が、確かに増えてきた。
挨拶を終え、人々の喧騒から逃れるように暁臣様と歩を進める。
「すみれ。少し、奥へ行こうか。人混みに疲れただろう」
「はい……。暁臣様」
私が小さく頷くと、慈しむように自然な仕草で、肩を抱き寄せられる。
その腕の重みが、今は怖くない。むしろ、頼もしい。
庭園の奥へ向かうにつれ、華やかな話し声は遠のき、木々の影がしっとりと濃くなっていく。
葉擦れの音が近くなり、空気が少し冷える。
そして、曲がり角を抜けた瞬間——
視界いっぱいに、優美に垂れ下がる無数の紫の光が、滝のように降り注いだ。
同じ外でも、ここは別の世界だ。息の仕方まで測られている気がする。
広大な庭園にひしめく人の気配。
色とりどりの着物と礼装が初夏の陽光を跳ね返し、万華鏡のようにきらきらと揺れている。
笑い声も、扇子の影も、足元の砂利の音も、すべてが眩しいのに、どこか怖い。
去年と同じ場所。
同じ、華やかな園遊会。
なのに胸の奥で早鐘を打つ鼓動の質は、あのときとは決定的に違っていた。
——私はもう、通りすがりではない。名前を与えられ、値踏みされる立場になってしまった。
「……あの方が、例の五条殿下の……」
「ええ、正式な婚約者だそうですわ」
「本当に……『無華』の娘を、あそこまで……?」
抑えたはずのささやき声が、風に乗って容赦なく耳を打つ。
好奇と疑念、隠しきれない棘が入り混じった無数の視線。
去年の私は、ただ恐怖に震えることしかできなかった。
けれど今の私は、その言葉の意味を正しく理解できてしまう。
理解できるからこそ、別の重りになって胸の深い所へ沈んでいく。
私は暁臣様の腕に、そっと指を添えた。
縋りつくのではなく、ここにいると示すみたいに。
「すみれの前では、この庭園のどの花も霞むな」
「……っ。そんなことを仰るのは、暁臣様だけです……」
その一言だけで、強張っていた背筋の力が、ほんのわずか抜けた。
呼吸が一つ、深くなる。
まずは、五条家の本家の方々への挨拶。
暁臣様のお父上、お母上、そして凛とした佇まいの姉君。
近づくほど、視線の圧が濃くなる気がして、唇が乾いた。
「本日は、よろしくお願いいたします」
言葉は短く、声の震えを完全に隠すことはできなかった。
それでも——新年の祝賀会のときより、彼らの瞳をまっすぐ見つめて口にできた。
足がすくまない。逃げない。そう決めて来た。
「……少し、顔色が良くなったわね。その色も、よく似合っているわ」
姉君からかけられた、思いがけず穏やかな言葉に、私は思わず瞬きを繰り返した。
疑いの混じらない声音。まるでと認めてくれたようで、胸の奥がじんと熱くなる。
たった一言。
けれど、その一言だけで、胸に溜まっていた澱が、すっと和らいでいく。
一年前とは違う。
本当に、ほんの少しずつではあるけれど。
私もこの世界にいてもいいのだと、自分自身に許しを与えられる瞬間が、確かに増えてきた。
挨拶を終え、人々の喧騒から逃れるように暁臣様と歩を進める。
「すみれ。少し、奥へ行こうか。人混みに疲れただろう」
「はい……。暁臣様」
私が小さく頷くと、慈しむように自然な仕草で、肩を抱き寄せられる。
その腕の重みが、今は怖くない。むしろ、頼もしい。
庭園の奥へ向かうにつれ、華やかな話し声は遠のき、木々の影がしっとりと濃くなっていく。
葉擦れの音が近くなり、空気が少し冷える。
そして、曲がり角を抜けた瞬間——
視界いっぱいに、優美に垂れ下がる無数の紫の光が、滝のように降り注いだ。



