三度目の読書会では、互いに本を貸し合った。
四度目には、読書会の後に図書館の中庭で少し話した。
五度目には、好きな作家を三人挙げて、そのうち一人を容赦なく批判し合った。
会を重ねるごとに、アルは少しずつ表情を緩めるようになった。
最初はどこか張りつめていた背中も、クレアの前ではわずかに力が抜ける。
クレアもまた、肩の力を抜いて笑えるようになっていった。
自分がどれほど、婚約者の機嫌や予定に合わせて生きていたのか、離れてみて初めてわかった。
「最近、顔色がよろしいですね」
侍女にそう言われ、鏡を見た。
頬に、以前より少し血色が戻っている。
目元も重くない。
「そうかしら」
「はい。お嬢様は、笑っている方がずっと素敵です」
返事に迷い、照れ隠しに本を開く。
心地よい時間。
ジョルジュと過ごす時間よりも、ずっと。
そんな変化に、ジョルジュがようやく気づいたのは、三ヶ月後のこと。
「クレアが最近、妙な男と会っているらしいわ」
それを告げたのは、元恋人のイレーヌだった。
最初、意味がわからなかった。
「妙な男?」
「ええ。図書館の読書会で、親しげに話しているそうよ。身分もよくわからない男ですって」
「クレアが?」
「あなたの婚約者でしょう?放っておいてよろしいの?」
イレーヌは白い指先で、紅茶のカップをゆっくりとなぞった。
その仕草に、昔の甘えた気配が残っている。
ジョルジュは一瞬だけ懐かしさを覚えたが、すぐに苛立ちが勝った。
クレアは、自分の婚約者だ。
理解のある女性だ。
わがままを言わず、待つことができる。母も認めている。妹にも優しい。結婚すれば、家をよく支えてくれるだろう。
そのクレアが、別の男と親しげにしている。
そんなことが、あっていいはずがない。
「誤解だろう」
「そうかしら。社交界では、噂になるのは早いわよ」
「場所は」
「王都図書館の読書会。今日もあるはずよ」
その日の午後、ジョルジュは図書館へ向かった。
閲覧室では、ちょうど読書会が終わったところ。
数人の参加者が立ち上がり、本を抱えて談笑している。その中にクレアがいた。
そして、その隣に、見知らぬ男がいた。
クレアは笑っていた。
ジョルジュの前では、いつも控えめに微笑むだけだった彼女が、その男には自然に笑っている。
肩の力を抜き、目元を柔らかくして、楽しそうに言葉を返している。
それを見た瞬間、ジョルジュの中で何かが熱く弾けた。
「クレア!」
大きな声が閲覧室に響いた。
会場に居合わせた人々が、一斉に振り向く。
クレアもこちらを見た。
驚きはあったが、怯えはない。
それもまた、ジョルジュを苛立たせた。
「ジョルジュ様。ここは図書館です。声をお控えください」
「そんなことを言っている場合か!」
クレアの前まで歩み寄る。
「お前、僕という婚約者がいながら、こんな男と――」
周囲が静まり返る。
誰も彼を止めない。
止める間もなく、ジョルジュはアルの方を向き、吐き捨てた。
「お前、何者だ。身分もわからん男が、僕の婚約者に気安く近づくとは……いったいどういう育ちをしているんだ」
その瞬間、クレアの指先が冷えた。
自分に向けられた言葉なら、まだ耐えられたかもしれない。
けれど、アルを侮辱された。
この場所で、彼が守ろうとしていた平穏を、踏みにじられた。
クレアは静かに口を開いた。
「ジョルジュ様」
「なんだ」
「あなたのおっしゃる通り、物事には優先順位があります」
「今さら何を」
「ですから、私も優先順位をつけたまでです」
ジョルジュの顔が歪んだ。
「ふざけるな。僕を優先しないなら、婚約破棄だぞ!」
四度目には、読書会の後に図書館の中庭で少し話した。
五度目には、好きな作家を三人挙げて、そのうち一人を容赦なく批判し合った。
会を重ねるごとに、アルは少しずつ表情を緩めるようになった。
最初はどこか張りつめていた背中も、クレアの前ではわずかに力が抜ける。
クレアもまた、肩の力を抜いて笑えるようになっていった。
自分がどれほど、婚約者の機嫌や予定に合わせて生きていたのか、離れてみて初めてわかった。
「最近、顔色がよろしいですね」
侍女にそう言われ、鏡を見た。
頬に、以前より少し血色が戻っている。
目元も重くない。
「そうかしら」
「はい。お嬢様は、笑っている方がずっと素敵です」
返事に迷い、照れ隠しに本を開く。
心地よい時間。
ジョルジュと過ごす時間よりも、ずっと。
そんな変化に、ジョルジュがようやく気づいたのは、三ヶ月後のこと。
「クレアが最近、妙な男と会っているらしいわ」
それを告げたのは、元恋人のイレーヌだった。
最初、意味がわからなかった。
「妙な男?」
「ええ。図書館の読書会で、親しげに話しているそうよ。身分もよくわからない男ですって」
「クレアが?」
「あなたの婚約者でしょう?放っておいてよろしいの?」
イレーヌは白い指先で、紅茶のカップをゆっくりとなぞった。
その仕草に、昔の甘えた気配が残っている。
ジョルジュは一瞬だけ懐かしさを覚えたが、すぐに苛立ちが勝った。
クレアは、自分の婚約者だ。
理解のある女性だ。
わがままを言わず、待つことができる。母も認めている。妹にも優しい。結婚すれば、家をよく支えてくれるだろう。
そのクレアが、別の男と親しげにしている。
そんなことが、あっていいはずがない。
「誤解だろう」
「そうかしら。社交界では、噂になるのは早いわよ」
「場所は」
「王都図書館の読書会。今日もあるはずよ」
その日の午後、ジョルジュは図書館へ向かった。
閲覧室では、ちょうど読書会が終わったところ。
数人の参加者が立ち上がり、本を抱えて談笑している。その中にクレアがいた。
そして、その隣に、見知らぬ男がいた。
クレアは笑っていた。
ジョルジュの前では、いつも控えめに微笑むだけだった彼女が、その男には自然に笑っている。
肩の力を抜き、目元を柔らかくして、楽しそうに言葉を返している。
それを見た瞬間、ジョルジュの中で何かが熱く弾けた。
「クレア!」
大きな声が閲覧室に響いた。
会場に居合わせた人々が、一斉に振り向く。
クレアもこちらを見た。
驚きはあったが、怯えはない。
それもまた、ジョルジュを苛立たせた。
「ジョルジュ様。ここは図書館です。声をお控えください」
「そんなことを言っている場合か!」
クレアの前まで歩み寄る。
「お前、僕という婚約者がいながら、こんな男と――」
周囲が静まり返る。
誰も彼を止めない。
止める間もなく、ジョルジュはアルの方を向き、吐き捨てた。
「お前、何者だ。身分もわからん男が、僕の婚約者に気安く近づくとは……いったいどういう育ちをしているんだ」
その瞬間、クレアの指先が冷えた。
自分に向けられた言葉なら、まだ耐えられたかもしれない。
けれど、アルを侮辱された。
この場所で、彼が守ろうとしていた平穏を、踏みにじられた。
クレアは静かに口を開いた。
「ジョルジュ様」
「なんだ」
「あなたのおっしゃる通り、物事には優先順位があります」
「今さら何を」
「ですから、私も優先順位をつけたまでです」
ジョルジュの顔が歪んだ。
「ふざけるな。僕を優先しないなら、婚約破棄だぞ!」



