エロ漫画家が転生したら人物画が禁止されていたので猫を描いていたら、王太子殿下の溺愛が始まりました

「……私は、公爵令嬢としては、あまり褒められた趣味ではありません」
「猫を描くことが?」
「猫、だけではなく……」
「問題ない。人物画については、法の範囲を調べ直す。頒布が禁じられているのであって、私的な習作まで禁じているわけではないはずだ」

 国王陛下と同じ理屈だった。
 でも、殿下の目は笑っている。

「殿下……それはいささかグレーでは……」
「もちろん、無理に描かせるつもりはない。ただ、君が描きたいものを、すべて罪にしたくない」

 前世で、私はずっと締め切りに追われていた。
 描きたいものを描いているはずなのに、求められるものに合わせて、寝る時間を削って、身体を削って、最後は机の前で力尽きた。

 今世では、描きたいものは禁じられていた。
 だから猫にした。

 冗談みたいな抜け道で、欲を包んで、笑える絵にした。
 それを、この人はちゃんと見つけてしまった。

「ソフィア。あなたを、正式に妃として迎えたいと思っている」

 殿下は、私の前に片膝をついた。
 茶会のざわめきが、一瞬遠くなる。

「……殿下」
「もちろん、今すぐ返事を迫るつもりはない。だが、これだけは先に伝えたい」

 青い瞳が、まっすぐに私を映した。

「僕は、あなたの絵を隠したいのではない。あなたが描くものを、一番近くで見ていたい。あなたが白猫を描くなら、その子がもう雨に濡れなくていいように、何度でも外套を差し出したい」

 そんな言い方をされたら、断れるわけがない。

 ずるい。黒猫よりずっとずるい。

 私は、差し出された手を見つめた。
 指先には、まだ少しだけ赤ワインの色が残っている。殿下が拭いてくれたのに、爪の際に薄く染みが残っていた。
 それすら、今日の証のように思えた。

「……喜んで」

 私は、その手に自分の手を重ねた。

「ただし、殿下にはこれから先、モデルもお願いするかもしれません」
「猫の?」
「いいえ……人物、の方です」

 殿下の目が、わずかに見開かれる。
 それから、彼は嬉しそうに笑った。

「それは、光栄だ」

 こうして、前世は締め切りに追われる漫画家、今世は猫絵で王太子の心を射止めた公爵令嬢の物語は、思いもよらない結末へ向かうことになった。

 カサンドラ・エインズワース侯爵令嬢は、王家主催の茶会での盗みと妨害により、しばらく領地で謹慎することとなった。
 その後、彼女は慈善事業として、保護猫活動の担当になった。
 王妃陛下いわく、「猫を推すなら、まず猫そのものを理解なさい」とのことだった。

 令嬢たちの間では、黒猫派と銀猫派の論争が一時激化したが、最終的に「白猫ちゃんが幸せならよい」という結論に落ち着いた。

 そして私は、正式にアレクシス殿下の婚約者となった。

 人物画の頒布は、今も禁じられている。
 だから「にゃんこ夜会」は、相変わらず猫の物語だ。

 ただし、王太子妃となる私の私室には、鍵付きの画帳が一冊だけある。
 そこに描かれているのは、黒猫ではない。

 雨の日に外套を差し出す手。
 ほどけたリボンを結び直す指。
 私の逃げ道を塞ぐのではなく、私が逃げなくてもいい場所を作ってくれる、美しい人の横顔。

「ソフィア。次の新作はまだか」

 その画帳を見られるのは、世界でただ一人。

「一番の読者として、進捗を確認しに来た」
「締め切りを作らないでくださいませ」
「では、差し入れだけ置いていく」

 机の端に、焼き菓子の皿が置かれる。
 私は筆を置き、思わず笑った。
 前世でも今世でも、私は結局、締め切りからは逃れられないらしい。
 けれど今は、机に突っ伏す前に、私の手から筆をそっと抜き取ってくれる人がいる。

「休憩しよう、ソフィア」
「……あと一枚だけ」
「その台詞は、昨日も聞いた」

 アレクシス殿下は苦笑して、私の肩に外套をかけた。
 紙の上では、白猫が黒猫の隣で丸くなっている。
 私はその横に、小さく新しい線を足した。
 白猫の尻尾が、黒猫の尻尾にそっと触れる。

 されたいことを描いていた私は今、されて嬉しかったことを描いている。
 それは、前世の私が知らなかった、新しい絵だった。