「……俺、今日先輩の姿見てねぇすけど」
たしかに一日このバイト先で働いていたが先輩を見た瞬間はたしかなかったはず。先輩がいればすぐに気づくはずだし。
「それは内緒♡それより家に帰りたくないなら俺の部屋に来ない?一人暮らしなんだよ」
「はぁ!?嫌っす!」
俺の質問はスルーされた。てか上手く交わされた気がする。それになんだかとんでもない提案をされた。
先輩の誘いにソッコーで断った。今から先輩の部屋に行くとか嫌でしょ、普通。それによく知らない人について行くなって言われてるし。
「そんなすぐ断んないで!……帰りたくない理由、あるんだろ?」
「……っ、は?」
先輩は嫌がる俺の腕を掴むとにこっと微笑む。だけど次の瞬間、俺のことを全てわかっているようなそんなトーンで意味深なことを言った。
……家に帰りたくない理由……?
先輩、あんた何者?
なんでそこまでして何も知らない俺を構うんだ?
「ちょっと聞いちゃった。君のコト。だから放っておけなくて」
「……先輩、なんなんすか?いつもいきなり現れて、俺の事勝手に調べて。気持ち悪いです。……すみません、もう関わらないでください」
ずっと先輩のペースに持っていかれて言えなかったがなんだかふつふつと怒りが込み上げた。
……勝手に他人の心にズカズカ入ってくんな。
「あ、いや……ごめん。そんなつもりじゃ」
俺の返しに戸惑う先輩。この前は何とか振り切ったけど今回ばかりはなにか言わなきゃ気が済まない。
思い切り先輩の腕を振りほどいた。
「先輩は……俺の事からかって楽しいですか?たった一度顔を合わせただけのめんどくさい後輩なのに」
自虐まじりの反発になんだか泣けてくる。俺はただ普通に生きたいだけなのになんでいつもこう面倒事に巻き込まれるのだろう。
あの日……保健室にさえ行かなければ先輩には出会わなかった。探られることもなかった。
「……本当に覚えてないんだね。俺は二年の夜神朔玖。改めて自己紹介するから、これから仲良くして欲しい」
「……」
先輩は俺を悲しそうな目で見つめてくる。なんだろう。この違和感。
先輩はなんで“覚えてない”なんて言ったんだ?
暗闇に光街灯が先輩を照らす。さっきまで行き場のない感情が胸いっぱいに広がっていたのに今ではどこか懐かしい雰囲気に包まれる。
「……少し、考えさせて下さい。失礼します」
気まずい沈黙の後、俺は頭を下げて踵を返す。もう、家に帰ろう。



