清掃の時間からはじまる推し活物語

先輩がレッスンを終えて帰り支度をしている時に、マネージャーから、
「グループのリーダーは、矢野に決まった」
と告げられたそうだ。

最年長であることに加え、バレーボールの経験から周囲を見る力もあり、チームプレイにも慣れているだろう、という理由で選ばれたらしい。

確かに、先輩にはリーダーの素質があると思う。
年下のメンバーたちに、威圧感を出さずに接することができそうだし、一目置かれるカリスマ性もある。

だけど、先輩はアイドルとしてはまだまだ実力不足なところを自覚していて、自分にリーダーが務まるのかと、不安に思っているようだった。

相談されたわけではなく、事実を淡々と語ってくれただけだが、心身ともに疲弊していることが伝わってきた。

「あの、俺の勝手な想像ですけど、事務所の大人達は、素質を見抜くプロだと思うんです。
だから、もし今先輩が自信がなかったとしても、将来的に立派なリーダーになれると期待しての、人選なんだと思います。」

「期待されるのはありがたいけど、プレッシャーもハンパないよ。」

先輩にしては珍しく、ストレートに弱音を吐いた。
CM決定、グループ選抜、リーダー任命。
デビュー前だから表には出ていない部分もあるが、水面下ではたくさんの大人たちが動き回り、着々と準備を進めている。

俺だったら、怖くて逃げ出したくなるかもしれない。

「でも、俺は、先輩にはたくさんの人を幸せにできる才能があるって信じてるんで、大丈夫です!
俺は先輩の一番のファンですから、超有名になって遠い存在になっても、ずっと推し続けます!」

「…八神はさ、オレのファンなの?
オレのことガチで好きって言ってなかった?
遠い存在になってもって、なに?
オレが有名になったら、今みたいな関係ではなくなるの確定なん?」

「いや、そういう意味じゃなくて…」

「八神は、推し活みたいな感覚でオレと会ってる?」

そんなことはない、と思う。
俺は、先輩に対して特別な感情を持っているという、自覚がある。
でも、先輩は特別過ぎて、好きの気持ちがどうしても、崇拝寄りになってしまうのは確かだ。

推し活している人に、推しに対する熱い想いを語らせたら、きっと、俺と同じようなことを言うんだろう。

「かっこよくて性格も良くて、いつも頑張っていて、ほんとに尊い」って。

だから、俺の想いが先輩には「推しに対する好き」と同じだと捉えられてしまうのも無理はない。

上手く説明することができなくて、もどかしい。

何も言えずに口ごもっていたら、
「ごめん、疲れたから今日は帰るよ。」
と言って先輩は立ち上がった。

駅まで無言で並んで歩き、重たい空気のまま別れた。